続・番外編・4-2
この時、シーシオの力を目の当たりにした父は恐怖で体が震え、我が子ながらシーシオを化け物を見るような目で見てしまった。
「そんな、バカな。もう、長い間、このセイスルート家に魔力持ちなど現れなかったというのに……。何故、今更……それも、我が子なんだ……」
開かずの扉は、代々当主になれば受け継がれる話だったが、開かないというより、鍵に詰まり物でも有って壊れたか何かだろう、と信じてもいなかったのに。魔力持ちなんてお伽噺にもならない、と鼻で笑っていたというのに。何故、今更、この扉が開くのだ、と。それを開けたのが我が子・シーシオなのだ、と。憂い、嘆き、あまりのことに絶望した。
そして、扉を開けたシーシオが父を振り返った瞬間、嫌悪と恐怖と得体の知れないモノとして、父は息子を拒絶した。
「お前など、我が子ではない! シーシオに似た何かめ! 我が子をどこにやった!」
……もう、長い事現れなかった魔力持ちをその目で見てしまい、信じていなかったモノが現実だ、と突き付けられた事に拒否反応を起こしたのだろう。それが可愛い我が子であっても信じられなかったに違いない。
父とはいえ、セイスルート家の当主とはいえ、信じて来なかった現実が真実だと知って混乱もしたのだろう。だから受け入れられずに拒絶した。それは、彼の心を守るために必要だったのかもしれない。
だが、それは父の心情でしかなく。
シーシオの心情ではない。
シーシオからすれば、順風だった自分の人生が、自分でも抑えられない不安な力に振り回され、挙句に良好だと思っていた婚約者との婚約が解消されてシーシオ自身も混乱の一途にあった。
その上、自分でも解らない未知の力が暴走し、開かずの扉と言われていた扉が開き、更なる混乱状態の精神で頼れる父に縋ろうとすれば、自分を恐れ、我が子ではない、と疎まれ拒まれた。
シーシオもまた、絶望したのである。
そうしてシーシオは、婚約者どころか父にも捨てられた、と判断し、亡き母の元に行く方が良いのか、と自棄になりながらもその身に宿る魔力がシーシオの身体を開かずの扉の向こうへと引き寄せられて。シーシオは相変わらず自分の身体なのに思う通りにいかない自分の身体を押さえ付けようともせずに身を任せた。
後々、帝国へ赴き、魔術師や魔力について学ぶうちに、自分の身体なのに自分では制御不能というのが、魔力持ちで有っても特別な事、と知るが、今のシーシオには解らない。ただただ、引き寄せられる身体をその引き寄せる方へ任せただけ。その中に足を踏み入れた途端に、勉強が苦手だった彼は嫌厭していた書物を貪るように読み始める事となる。乾いた土に水をやるように。シーシオは書物から魔力持ちや魔術師についての知識を吸収していく。一心不乱とはこの事か、とばかりに次から次へと貪り尽くし。
シーシオの事を一度は拒絶してしまった父でさえも心配するほどに開かずの扉から出てこず。寝食を忘れて没頭したが、どういうわけか眠気も空腹も覚えずなかった。その理由はセイスルート家に有った魔術に関する書物を全て読み切った後で、シーシオは理解する。読む本もまるで決まっているかのように、先ずは魔力持ちに関する基本的な書物から読み始め、魔術の基本、魔術師とは何か等次々と読み終え、最後に残ったのが、開かずの扉の部屋を作った人物の日記だった。
この人物、遥か遠い昔のセイスルート家の当主の弟で、かなり力の強い魔術師だった。自分が指定した物質限定で時を止める魔術師で。その物質に魔力持ちだけが影響を受けるというもの。つまり、開かずの扉の室内は、時の干渉を全く受けない作りになっていた。その中にずっといたシーシオもその影響を受けており。入った日で止まっていたシーシオの時は、室内から出ることで再び動き出す事になっていた。
シーシオは、この時、室外の時間にして1年間、籠りっぱなしだったので、年齢は15歳を過ぎていた。
久しぶりに開かずの扉から出て来たシーシオを見て、父も弟達も使用人達も喜びと安堵の表情を作り声を上げたが、シーシオにすれば先程、厭われた父。また今までと同じように接して来られても、この僅かな間に何が有ったのだ、と訝しむだけでしかなく。
1年以上の時が経過していると聞いても、到底信じられず。シーシオは掌を返したような父の態度に気色悪さを覚えて、直ぐ下の弟である、後のセイスルート辺境伯・ケイトリンの父に、後を託す事になって済まない、と心の内で後悔しながら、そっとその夜に旅立つつもりだった。
今となっては、可愛い弟達だけが家族のシーシオは、2人の顔をそっと見る。
「兄上」
暗闇の中から呼びかけるしっかりとした声に驚くシーシオ。
「起こしたか」
「いえ。兄上、俺はまだまだ兄上には及びません。ですが、セイスルート家の事は、辺境の地の事は、心配しなくていいです。俺が、当主になって守ります。だから、安心して下さい」
「行くな、とは言わないのか」
止められると思い、寂しい気持ちになる。
「兄上なら、帰って来たくなったらいつでも帰って来て下さい。どれだけ遠く離れても、俺は兄上の弟です。兄上は俺の兄上です」
シーシオは知らず涙を零し……いつの間にか逞しくなった弟の頭を撫でて「後を頼む」 と一言。
その日、シーシオ・セイスルートは、15歳で家を出た。行く先は、帝国である。その後、シーシオは帝国に飼われる事を理解しながらも、帝国の魔術師団長として活躍していく。
そして現在。
彼は、もう生きている間には会えないだろう、と思っていた血縁者にどんな運命か、出会い……帝国の監視を物ともせずに影を使って手紙を出してくる可愛い姪と文通中である。
「思えば、一生孤独で死を迎えると思っていたが。こんな事も有るのだから我が人生、不思議なものだったな……」
姪の手紙を読みながら、ふと、己の人生を振り返る。
大きな挫折もなく、婚約者と結婚してセイスルート家の当主を継いでいたとして。
これほどまでに、血縁者の、家族の良さを自分が理解出来ただろうか、と。あまりにも順風だった子ども時代。そのまま大人になっていたならば、真にセイスルート家の家族や使用人や領民達の心に寄り添った当主になれただろうか。
いや、それよりも、当主として大切な芯の強さを見せつけられず、当主に選ばれる事も無かったかもしれない。
そんな事を考えれば、人生の転換になった魔力持ちの開花は、きっと必要な事だったのだろう。
姪の手紙に無聊を慰められながら、シーシオは二度と会えない弟達を想い、目を閉じた。
(了)
お読み頂きまして、ありがとうございました。
伯父様の過去話で完結を迎えていいものか悩みましたが、こんな過去を背負ったシーシオが、ケイトリンに出会い、魔術師としての自分を厭わない事を知る未来がどれだけシーシオにとって救いになるか。
という事が少しでもお解り頂ければ、それで良いか、と伯父様の過去話で完結にします。
長い長い付き合いとなった本作ですが、これにて完結です。リクエストを下さった方、お読み頂いた方、本編完結等でコメントをお寄せ下さった方等、皆さまに感謝を申し上げます。全てのリクエストにお応え出来ずに申し訳ない事をしましたが、本当にありがとうございました。お付き合い頂いた方、楽しみにして下さった方、ありがとうございました。




