続・番外編・3
1000万PV突破、ありがとうございます。
ふと、気になった。
「ねぇ、クルス」
「はい」
現在、いつものお茶会で私にその日最高のお茶を淹れるのが自分の使命とばかりに、天候や気温に合わせてお湯の温度を調整し、私のその日の体調や気分に合わせて茶葉も調整してベストタイミングでお茶を出してくれるデボラをチラリと横目に見つつ、私の真正面を避けて左斜めに座る存在感の薄いクルスに視線を投げた。
「クルスって結婚、しないの?」
そう。
のほほんとお茶を飲んでいて、ふっと思ってしまった。
アレ? クルスもデボラも、ついでにアレジとガリアも結婚、どうするの?
ーーと。
クルスが珍しく両目を丸くして此方を見た。えっ。何よ、何にそんな驚愕しているのよ。そんな驚く事、有る?
デボラもアレジもガリアも同じように驚愕した表情を向けて来た。
えー。4人まとめて同じ表情だと、私が可笑しな発言したみたいじゃない? いやいやいや、そんな変な事は言ってないよね?
「お嬢様……」
「何?」
「私の、いや、俺の、何が気に入らないんですか?」
クルスの返答を待っていたら、驚愕した表情のまま、そんな事を言われた。
いやいやいや、なんで?
なんで、そんな思考に陥ったの?
「気に入らない事なんて何一つ無いよ」
「では、何故、いきなり結婚などと……」
「えっ? いやだって、何も可笑しなことは言ってないでしょ。皆、それなりの年齢じゃない?」
日本人の記憶を引っ張り出すと、若いから別に結婚してなくてもいいけど。日本人だと一生独身の人も居るし、20歳そこそこで結婚する人も居るし。自由だったな。
「それだけ、ですか?」
「えっ? そうだけど?」
「それなら構いませんが……。俺は結婚しませんよ?」
「えっ? いや、なんで?」
「基本的に、影が結婚するって、使えない意味合いが強いんですよ」
「はぁ⁉︎」
クルスの説明に私は素っ頓狂な声が出たけど、デボラもアレジもガリアもウンウンと当たり前のように頷いている。え、私が知らない常識ですか?
「影は主人に忠実な配下です。それは良くご存知ですね?」
「そりゃあね」
クルスの問いにはコクリと頷く。クルスが続ける。
「つまり、主人一筋なんですよ」
「それは、あくまでも仕える相手で、家庭を持つのは違くない?」
「同じなんです。王家の影なんかも同じだと思いますけど、本来、仕える主人以外に“大切にするべき存在”は有ってはいけないもの。本来、俺達は感情を殺す訓練も受けます。どんな事が主人に不利な状況となるか判らないので、感情は持たないよう訓練を受ける。それは家族というもの、友人・恋人なども同じ事で。主人以外に大切にするべき存在が在ると、主人と主人以外を天秤に掛ける時が来る。それは、本来有り得ない事。もしも、主人以外の何かを大切にする気持ちを抱いたなら……そして、その何かと主人を天秤に掛けたなら……そこで、影の役目は終わりなんですよ」
つまり、主人以外に大切な存在を作ることは許されない、と?
「それは」
「いえ、このことについては、いくらお嬢様の言葉でも聞けません。主人と主人以外に存在を分け、主人にのみ仕えるのが影ですからね。この考え方そのものを否定されるというのは、俺達の存在を否定するのと同じです」
クルスにそこまで言われてしまえば、何も言えない。
「で、でも」
「はい」
「影の中には家庭を持つ者もいるわ」
「おりますね。でもそれは、影同士で結婚した場合。もしくは……」
私が言えば、クルスが頷きつつも言葉を濁す。そこで私は思い出した。
「あ」
「思い出されたようで」
「クルスの両親は……影同士だけど、母である彼女は、任務中に負った怪我により引退を余儀なくされていたわね?」
「はい。つまり、そういう事です。母は使えない存在になったから、結婚した。恋愛というよりは。セイスルート家から離れたくなかったから父に頼み込んで結婚してもらったようです。父は母と良く組んで仕事をしていましたからね。怪我で上手く動けなくなった母は、元々表舞台に出るのも得意では無かったから、セイスルート家の表の使用人になる気もなかったので父と結婚し、産まれた俺を影として育てた」
「そう、聞いたわね」
「つまり、家庭を持つことは、影としての自分の役割が果たせない事を表します。だから基本的に俺達は結婚しません」
クルスの言葉には、デボラもアレジもガリアも強く頷く。私が好きな人を作って家庭を作ってもいいよ、と言っても、それは彼らが拒否するのだと思う。彼らの矜持の問題か。
「んー。じゃあさ、擬似体験とか、どう?」
「擬似体験? 結婚生活の?」
「そうそう」
「それも別に不要ですね、俺は」
クルスは即刻断ってきた。デボラもアレジもガリアも頷く。えええー。主人の提案を断るってどういうことよ⁉︎
「でも。デボラは結婚してくれないと、乳母にはなれないよ?」
だって子ども産んでないと母乳出ないから、乳母じゃないし。
「お嬢様は、乳母を雇う気で?」
「いや、自力で育てたい」
そうなのだ。日本人の記憶が有る私。しかも第二次世界大戦以降の人間。自力で子育てしている方々が当然という価値観。乳母? 何処のお大名の家柄だよ。って事で、普通に自分で育てたい。
「それで何故乳母になれない、なんて仰います?」
「それは……なんとなく?」
自力で子育てしたいのに、デボラに乳母になってもらう必要なんて無いな、確かに。
「お嬢様?」
「いや、別に結婚して子どもが居る生活が全てじゃないのは解ってる。実際、日本じゃ、結婚生活が辛い人も居たし。子育てが大変だと言う人も居た。恋人と結婚しないで暮らす人も居れば一生独身の人も居たからね。たださぁ。そういう人達は選択した結果、だけど。クルスもデボラも。アレジもガリアも。
なんていうか。
影って存在だから、選択出来てないのかなって思って。恋人とか結婚相手とか子どもとか。影で在る事で皆の人生を狭めているのかなって思ってね。今、聞いた、家庭を持つことが逆に影として使えない存在と主人や周りに思われるっていうのも納得した。納得したけど、それでも。
私に仕える事で、人生の選択肢を狭めていないかなって」
「それは無いですね。私は、お嬢様が何を言おうと、お嬢様の側を離れる気は無いですし。お嬢様の侍女としてお嬢様の世話をするのが私の幸せですし。お嬢様が結婚して奥様になろうと一番の侍女の座は譲らないですし。そもそも、あなたの世話で手一杯で恋人作るだの結婚するだの、無理です。お嬢様は何しろ、少しでも目を離すと何を仕出かすか解らないので。そういう意味じゃ、お嬢様という1人の人間を私は人生賭けて育ててます!」
デボラが言い切った。
えっ、ねぇ、途中に私が厄介者みたいな発言してなかった⁉︎
「デボラの人生賭けて、私を育ててんのか」
「そうですよ!」
「デボラじゃないですけど、確かにお嬢様は目を離すと何を仕出かすか、本当に解らないですからね。大体、俺は、殆ど記憶が無いですけど。それでも1度目のお嬢様の人生を微かに覚えていたわけですからね。2度目のお嬢様の人生を見届ける、というのが俺の役目です。それなのに。毒は飲むし、敵に突っ込むし、王子を振るし、国外出るし。……本当に何を仕出かすか解らないのに、自分の家庭を持っていたら、自分の家庭を蔑ろにしてしまうでしょうね」
うっ……。珍しくクルスにまでお小言を。しかも、なんだろう。何処かで聞いたお小言……あ、デボラからこの前言われたお小言だわ。えええー。私ってそんなに信用ならないの⁉︎
「あー、確かに。俺とアレジがお嬢の事を“セイスルート辺境伯当主の娘”って目で見るんじゃなくて、“ケイトリンお嬢様”って目で見るようになった切っ掛けって、アレだもん。ドナンテルだっけ? あと、ノクシオ? あの2人の王子の厄介事に自分から首突っ込んでって、なんだっけ。あの2人の王子の父親である国王陛下に、変に拗れた気持ち持ってた公爵のトコ乗り込んで行った時。アレが切っ掛けだったなぁ。
このお嬢様の側に居たら、なんか凄い面白そうって思ってさ。そう考えると、俺、恋人居ても、お嬢が何かやらかさないか、そっちばかり気になって、恋人の事、放って置きそう」
「俺も全くガリアと同じ考えです。だってお嬢って前世の記憶から、面白そうな事言いだすし。こんなに面白い主人が居るのに、家庭持ってもお嬢にばかり意識を持って行かれますからねー。無理無理」
皆の中の私への意識がどういうものか、良く理解出来ました。そして、ガリア。ドナンテルとノクシオの王子達の名前を覚えているなら、一応敵だった、コッネリ公爵の名前も覚えておいてあげて。一緒に乗り込んで行って、色々とコッネリ公爵家を好き勝手しておいて、名前を覚えてないの、なんだか哀れだわ……。
「つまり、あなた達の中の私は、何を仕出かすか解らない、とんでもない主人、という認識で有ってるのかしらぁ?」
あ、いかん。声がだいぶ低くなってしまった。でも、4人はあっさりと「そうですよ」 と肯定してきた。
そうか。つまり、私が大人しくないから恋人作る気もない、家庭持つ気もない、と。
「じゃあ大人しくしてるから」
と言った途端。
「「「「そんなのお嬢(様)じゃないから、無理っ。そんなつまらない主人にならなくて良いです」」」」
って口を揃えて言われた。
で。
本当にこの4人、ずーっと、独身で。私が結婚しようと、子どもを産もうと、本当に独身のまま、恋人も全然作らないまま、私と子ども達の世話と護衛と、時々夫となったドミトラル様の世話に明け暮れた。
後、時々、“セイスルート辺境伯家”を狙った暗殺者とか、そっち系統の者達を嬉々として返り討ちにしてた。
彼等にとって
「「「「やっぱりあなたの側が一番楽しくて幸せです」」」」
だそうで。まぁ、それで良いなら、いっか。
(了)
お読み頂きまして、ありがとうございました。
リクエスト内容からかけ離れて恐縮ですが、どう考えてもデボラ達、影はお嬢様至上主義なので……ロマンス有ったとしてもお嬢様を最優先してしまうだろう、と。故にこうなってしまいました。すみません。
あと、入れ替わりのリクエストですが。上手く話が思い浮かばず、断念しました。ごめんなさい。
次話は、伯父様の話の予定です。




