閑話・1度目。ーー男同士の密約・終幕3
「クルス」
呼びかけられて、ハッとした。ここまで自分の意識が失せていたのは初めての事では無いだろうか、とクルスは思う。影の親を持ち、物心ついた時から影として育ったクルスにとって、有り得ないこと。一度唇を噛んでから呼びかけてきた主人を見る。いつの間にか、ケイトリンの元に帰って来ていた。
「お嬢様」
「お帰りなさい。……珍しいわね、クルスが心ここにあらずなんて」
本来なら、そのようなことは気づかせてはいけないというのに、何たる失態、とクルスは自身の不甲斐なさに溜め息を堪えた。
「すみません、お嬢様」
「伯父様に何が有ったの?」
本当に聡い主人だ、と思いながらもクルスは軽く首を振るだけ。それだけで話せない、と理解してしまうケイトリンに感謝をする。
「そう。では質問を変えるわ。伯父様との交流はいつまで続けられるの?」
だいぶ確信めいた口調に、クルスは一瞬だけ答えるのが遅れた。
「……っ。取り敢えず、お嬢様がシオン帝国に居る間、は……大丈夫だそうです」
「そう。その後のことは不明なのね。解った。じゃあ……お茶にしましょう」
シーシオが帝国の中枢部から罰せられる、とは考えていないかもしれないが、手紙での交流が無くなると危惧はしていたらしい主人に「はい」と頭を下げた。
クルスが隠していることに気づきながらも、それを暴く事はしない。命じてしまえば全てを話さなくてはならないから、命じる事もしない。
おそらくクルスがシーシオに口止めされている事すら気付いている主人に、敬意を込めてクルスは頭を下げた。
そのクルスの耳に最後だ、とシーシオから告げられた言葉が蘇る。
「ケイトリンとの交流を断ち切れば、ケイトリンが不審感を持つ。だからケイトリンがこちらに居る間は手紙のやり取りは続ける。いいか? ケイトリンには気付かれるな。気付かれても答えるな。それがケイトリンを守ることになる。ケイトリンが知って、私の罰をどうにかしようと考えるだろうが、それはケイトリンの自由と引き換えになる事を忘れるな」
そうして、ケイトリンを頼むぞ、とシーシオ様は仰った。ならば。私は沈黙を貫くしかない。それがお嬢様の望みに沿わない事だとしても。
これより先、クルスは死ぬまでこの件について、黙秘を貫く。勘のいいお嬢様からそれとなく水を向けられても。自分とシーシオの密約だから。
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