閑話・1度目。ーー男同士の密約・終幕1
「シーシオ様」
「なんだ」
「魔術師協会の長から伺いました。シーシオ様はシオン帝国中枢部から裁きが有る、と」
クルスは敬愛するお嬢様ことケイトリンを悲しませない為に、いつもと変わらない笑顔で、ケイトリン達を帰すとシーシオに対しては表情を消した顔でそんな事を切り出した。
「なんだ。協会長とはお喋りな奴なんだな」
直接肯定はしないが否定しなかった。それは肯定と同じで。クルスは、グッと唇を噛んだ。
「その様子では裁きの内容も聞かされたか」
「……お嬢様の、ケイトリン様の身の安全と引き換えだ、と」
シーシオは溜め息をついて呟いた。
「本当にお喋りな協会長だ」
「シーシオ様」
「ケイトリンには言うな。生涯」
それは、死ぬまで黙るように、という意味。
「ですが」
「ケイトリンは聡い。だから気付くかもしれない。だが、決定的な事が無ければ知らぬフリが出来るだろう」
「それは……そうですが」
「今回の件は、ケイトリンを巻き込む気も無ければ、お前達を巻き込む気も無かった。あの襲撃事件をケイトリンが何も言わないのに、お前達が調査をするとは思っていなかった。セイスルート家の影は主人が命じてもいない事を行う事は無かったから」
「……はい。俺もお嬢様が主で無ければ、勝手な行動はしなかったでしょう」
「それはケイトリンがお前達の手綱を操れていない、と見做されるぞ」
「いいえ。お嬢様に命じられるがままの人形では無いという証です」
「……そうか。そうだな。ケイトリンはそういう娘だ。ケイトリンを頼むぞ」
「でしたら、今回の裏を」
ケイトリンを守れ、とのシーシオの言葉で話を終わらせようとしている事に気付いたクルスは、一歩も引かないとばかりに、セイスルート辺境伯に良く似た面差しの男から視線を外さない。
「頑固者が」
「お嬢様の影だとこれくらいでなくては務まらないもので」
シーシオが顔を顰めても、シレッとクルスは聞き流す。それでいて視線を外さないクルスに根負けしたかのように、シーシオが大きく溜め息を吐き出した。
「襲撃事件は、間違いなくロズベルとか言う娘を狙ったものだ。我が魔術師団の者が護衛に付いている事も、魔術師協会は事前に知っていた。魔術師団への恨みなどでは無い。あれはシオン帝国中枢部からのれっきとした依頼だった、と協会長は教えてくれた。私もそうだろうな、と受け入れた」
「何故です?」
「警告、だな。元々シオン帝国中枢部から命じられたのは、あのロズベルとか言う娘を帝国に縛り付けるというもの。それは難しい事は中枢部も理解していたらしく、意見の対立が有った。そこで一部の中枢部は、あの娘を生かすな、と命じて来た。私はその命に逆らった。ケイトリンの提案を受け入れたからな。結果的にあの娘を死なせる命は、中枢部全体の命では無かったため、私が死なせなかった事に咎めは無かった」
クルスは、やはり……と納得していた。
「だが、ケイトリンの提案は中枢部は見逃せないものだった。おまけにケイトリン自身が魔術師では無いのに時を遡っている。それも記憶持ちで、だ。あのロズベルとか言う娘もケイトリンも帝国で飼うという話も出ていた」
クルスは“飼う”という表現に戦慄する。影として生きて来て、時や場合や相手によりそういう事も有るだろうとは思っていたが、それが敬愛するケイトリンに対して使われるとは思ってもみなかった。改めて帝国の恐ろしさを突き付けられた、と思う。
「お嬢様を飼う、ですか……」
「まぁあのケイトリンならば、大人しく飼われるとは思えないが」
シーシオが口元を緩ませる。見ようによっては、それは僅かだが笑みにも見えて、クルスも苦笑する。クルスの主はきっと帝国でさえも理不尽な事ならば大人しくしていられない人だ。
ーーそれはきっと、2度目である人生を悔いなく生きたいから。
とはいえ、出来る事なら飼われないでいられるなら、その方が良い。だが、そのために居るとも思っていなかった伯父を結果的に苦しめる事になるのは、嫌なはず。
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