if〜もしもケイトリンとヴィジェストが結婚したならば〜
お待たせしました。
本日のリクエストは、ケイトリンのお相手はドミーでなくちゃ!という方はオススメしません……。
そしてドミーも出てきません。
「ヴィジー? どうかされました?」
可愛い妻に声を掛けられてヴィジェストは、ハッとする。文官から決裁して欲しいと頼まれていた書類を1枚1枚読み進めていて、目が疲れてしまい少しだけ目を休ませようと目を閉じていた……と思われる。何しろ此処はヴィジェスト専用の執務室だ。
「あ、ああいや、何でもない。目が疲れてしまって閉じていただけだ」
答えながら可愛い妻を見るヴィジェストは、目を何度も瞬かせた。「あれ? えっ? どういうことだ?」などとブツブツ言って周囲をキョロキョロと見回している。
「ヴィジー?」
「あ、いや、えっ? なんで此処にケイトリンが」
……君は俺の求婚を断った、のに。
ヴィジェストは首を傾げる。
「何を言っていらっしゃるのですか、ヴィジェスト殿下。なんで此処にって、今、書類を持ってヴィジーの元を訪れたの。ヴィジーは、入室許可をしてくれたでしょう?」
「あ、うん。いや、えっと、そうじゃなくて。……ケイトリンが何故俺を愛称で呼ぶ?」
「何故って。ヴィジーが私に折角婚約者候補から正式な婚約者になったのだから、殿下じゃなくて愛称を呼んで欲しいってお願いしたんじゃない。だから結婚した今だってそうしているのに。というより、なんで私のことケイトリンなの? いつもみたいに“ケイト”って呼んで欲しい」
ちょっと膨れっ面をしたケイトリンを見てヴィジェストは慌てた。
「ごめんごめんケイト。それで決裁書類だよね」
「そう。私も確認したんだけどこの書類見て。この部分なんだけど、去年まであった項目がなくなってその分の予算が今年から始まるこの項目の予算で見積もりされているの。それは分かるけど、今年から始まるから更に上乗せして予算を見積もって提出されている。どう思う?」
ケイトリンがヴィジェストに顔を寄せて説明していく。結婚して1年は経つというのに、ヴィジェストは妻がこんなに近くにいるというだけでドキドキしてしまう。
「ヴィジー。聞いてるの⁉︎」
「ごめん」
「はー。何を考えているのか分からないけど大切な事なのに聞いていないなんて信じられない。もういいわ。イルヴィル義兄様の所に行って話してくるから!」
つい可愛い妻の顔にデレデレしていたヴィジェストに気付いたケイトリン。
ヴィジェストの執務室とはいえ、ヴィジェストとケイトリンだけでなくヴィジェストの側近であるジュストと護衛であるライルが居るし、他にも2人ヴィジェスト付きの補佐官が居るので、“王子妃”用の仮面を被っていたのだが、頭に来て直ぐに脱ぎ捨てた。
ヴィジェストは慌てて「ケイト」と呼んだが既に執務室のドアをかなり大きな音を立てて閉めて出て行ってしまった所だった。淑女にあるまじき行為だが、長年王子妃教育を受けてきたケイトリンがこのように子どもっぽい仕儀に陥った時点で、ヴィジェストや側近達にそれなりに心を許している表れではあった。
「あーあ。ヴィジェスト様、何をやっているんですか。ケイトリン妃を怒らせて」
ライルが溜め息混じりに窘める。
「いや、ケイトが可愛くてついその顔に見惚れてた」
「惚気ですか。まだ独り身の我らに惚気とは随分と部下思いの主人ですね」
当て擦った発言はジュスト。2人の補佐官はこの3人より5歳以上は年上なので、また始まったな、と呆れ半分で温かく見守っている。この3人はヴィジェストが結婚前からこんな関係なので補佐官2人も慣れっこだった。
「惚気が嫌ならさっさと結婚すれば良い。ケイト、可愛いだろ?」
ドヤっているヴィジェストに「はいはいそうですね」とあしらいながらも、ジュストは先程ケイトリンが指摘していた内容を頭の中で反芻する。新しいことを始めるに辺り、予算が判らないから多く見積もるのも解らないではない。それは王子妃として教育を受けているケイトリンも理解しているはず。
その上でそのような事を言ったのであれば。
「普通はある程度の予算を計算した上で、新しいことを始めますよね」
ジュストが言えばヴィジェストが先程までのドヤ顔を消して真面目な顔つきになった。
「計算して案を出したはずだが、何か修正が必要になって多い見積もりになった、か。或いは水増しか?」
「……ヴィジェスト様。ケイトリン妃が怒るのは無理ない書類だったのでは?」
ジュストの指摘に、ヴィジェストは顔色を変えて慌てて「兄上の所に行ってくる!」と執務室を飛び出した。
ケイトリンは王子妃として一所懸命にこなしている。ヴィジェストはそんなケイトリンに「共に次代の国王陛下夫妻を支えていこう」と告げている。そのために尚更仕事に対して真面目なケイトリンだと言うのに、現状がコレ。
愛想を尽かされてもおかしくない、という事にヴィジェストはようやく気付いて慌ててケイトリンを追って行った。
ヴィジェストとケイトリン。
この夫妻は常日頃からこんな調子である。ケイトリンをニヤニヤしながら見るヴィジェストを、ちょっと引いて対応するケイトリン。
とはいえ、コレはあくまでも仕事中の2人の関係で。
私的になれば2人の関係は少々変わる。
今もイルヴィルの元からヴィジェストの執務室に戻る途中で、ちょっとだけ私的な形で。
「ケイト、先程は済まなかった」
「ヴィジー。私も淑女らしくない態度でごめんなさい」
「うん、そうだね。さっきの態度は良くなかったと思うよ。いつもの仲間だとはいえ」
「……ごめんなさい」
「うん。俺も悪かったし、これで仲直り。もうすぐ休憩時間だ。ケイトの大好きな菓子を食べながらお茶を飲もう。その際は罰として俺にケイトが菓子を食べさせるんだよ?」
休憩時間とはいえ、執務室でお茶をするわけで。当然補佐官達全員がいる。その目の前で所謂「あーん」をさせられる事を罰に与えられたケイトリンは、その状況を想像しただけで顔を真っ赤にさせていて。
結婚して1年も経つというのに未だに初々しいケイトリンに、ヴィジェストも顔を綻ばせた。
私的な関係になれば途端に2人の関係は、ヴィジェストが優位に立つのである。そんなケイトリンの可愛さにやっぱり少しドヤ顔をしながらスルリと当然のように手を繋いでヴィジェストはケイトリンと執務室に入った。
そうしてーー
「……か。……でんか。ヴィジェスト殿下」
身体が揺さぶられる感覚にヴィジェストは、「んん?」と言いつつ目を開けて……間近にジュストの顔が有って驚く。
「うわっ。……ジュストか。なんだ」
「なんだ、とは失礼ですね。執務中に眠ってしまわれた殿下を起こして差し上げたというのに」
「寝てた?」
「ええ、眠っていらっしゃいましたよ」
「すまん」
「本当ですよ。まぁそれはさておき。それで、どうしますか?」
「どう、とは」
「ああ、失礼しました。ヴィジェスト殿下の婚約者探しですよ。ケイトリン・セイスルート嬢に求婚して断られたわけですからね。早急に婚約者を探す必要がありましょう」
「ケイトリンに求婚して断られた……」
「なんですか、そんな事も忘れてしまったんですか」
「いや……。そうか、そうなんだな。そうか、あれは夢、か」
実に都合の良い夢を見ていたと理解したヴィジェストは、現実をジュストに突きつけられて、そのギャップにかなり落ち込んだ。
ーーこれは、ヴィジェストが2回目の人生において、満を侍してケイトリンに求婚したのに、断られてしまったあの日から1ヶ月後くらいのある日の夢のお話。
お読み頂きまして、ありがとうございました。
本当にもしも、この2人が結婚していたら……って話なんですけど。コレはコレでハッピーエンド、なのでしょう。(夢オチだけど)
リクエストとは、やや違うものになりましたが、これでご納得頂けましたら幸いです。
来週月曜日にお届けしますのは
【ケイトリンのほのぼのになったはずの1日】
です。
来週は、ちょっとしたサプライズがあります。詳細は来週の更新の前書きにて。




