家族から見た2人〜後編〜
後編はご想像通りケイトリンの家族視点でお届けします。長いです。ケイトリンの両親とキャスベルのみでお送りします。
sideキャスベル(ケイトリン姉)
悔しい。
一言で言うとそれが素直な気持ち。
なんで、ケイトリンにはあんなに大事にしてくれる婚約者がいて。私にはいないんだろう。
ずっとずっと好きだった。男爵家の跡取りだから爵位は下だけど、幼馴染みだったし、身体の弱い私のためにいつだって言う事を聞いてくれてた。それは私を好きだからだって思っていたのに。バートンはなんで私の側に居てくれないんだろう。それだけじゃない。彼は私の事なんて、好きでもなかった。
ただ幼い頃に結ばれてしまった婚約者だったから義務で側に居ただけ……そんな風に言われてしまった。彼から言われたのは、我儘でバカな私の面倒を見なくて済む事が嬉しい。って言葉。なんで、私がそんな事を言われたのに。
ケイトリンは、あんなに美しい顔をした大人の男性と婚約なんてしたの?
身分を笠にきて無理やり結んだ関係じゃないの? 私はバートンにそう言われたのに、同じ男爵位のケイトリンの婚約者は、全然そんな態度を見せない。挨拶に来た時に私の値踏みする視線も気付いたはずなのに。その後も何度か顔を合わせても、私をケイトリンの姉として見ているだけ。
なんで?
この男は同じ男爵位の子息なのに、ケイトリンのことを身分違いで遠慮することなく大事にしている。
美しい顔と柔らかな印象で最初は騙された。こんな男がケイトリンの婚約者より、私の婚約者になってもいいじゃないって。だって辺境伯の地位か何かが目当てなんでしょ? だったら私でもいいじゃないって本気で思ったのに。
美しい顔と柔らかな印象の男は、会話をしていくうちにおかしい事に気付いた。
ドミトラル・レードという男にとって、少なくとも女性は『ケイトリン』と『それ以外』のようで。お母様だろうと私だろうと侍女だろうとメイドだろうと、『ケイトリン』ではない時点で、徹底的に態度を変えない。まるで『ケイトリン』以外の女は全員同じに見えるのでは? と思う程。
ケイトリンの母や姉という家族にも態度を変えないなんて、おかしい。
そこに気付いた時、私は背中に悪寒が走った。それって彼の目に映る女は、どんなふうに見えているのだろうって。同時に『ケイトリン』だけが違うなら彼の目に『ケイトリン』はどんな女として映っているのだろうって。なんだか見てはいけない物を見た気持ちと言うのだろうか。
どうしてか、美しい顔と柔らかな印象のドミトラル・レードという男を恐ろしい、と思った。同時にそんな男と結婚して一生を過ごしたいって思うケイトリンをおかしいって思ったし、哀れにも思った。
でも、忠告なんてしない。
ドミトラルって男が怖いのもある。
ケイトリンが幸せそうなのも苛々する。
だけどそれ以上に。
ドミトラルって男に逆らう気にならないのもそうだけど、ちょっとだけ。
本当にちょっとだけ。
妹という他にない存在が、幸せならそれでいいかなって。……私は絶対結婚したくないタイプだけど。最低限だけ関わって、自分から関わりたくないけど。
でもケイトリンがドミトラル・レードって男の本性を知っていても知らなくても、その男と一緒なら幸せになれるって言うのなら。
私は余計なことをしないから、幸せになれば良いんじゃない?
幸せそうに笑うケイトリンを見て、物凄く妬ましく思いながら、ちょっとだけ幸せを願ってあげてもいい、と思ったわ。
sideケイトリン母
何から間違っていたのか。どこから間違っていたのか。私にはもう分からない。
ただ気付いた時には私とルベイオ・ロイスそしてケイトリンとの距離が開いてしまっていて。……特にケイトリンとの距離はどうしようもなかった。
多分、キャスベルばかりに感けてしまっていたから、気付いた時にはもう距離を縮める事も出来ない関係になってしまっていた。
夫からもなるべくキャスばかりに力を注がないように、と言われていたのに。だからケイトリンに色々指摘されたりアウドラ家の問題が噴出したりして、このままではいけない事にようやく気付いたわ。
でも歩み寄ろうとした時には、ルベイオやロイスよりもケイトが一番、私から遠ざかっていた。キャスが学園に通い、後からケイトが学園に通ったら一番風当たりが強くなるだろうからって。冷静に話すケイトを見て、私がこの子をこんなにも大人にさせてしまった……と申し訳なくなった。
ケイトはもう、私の手を望んでなどいなくて。
自分の身は自分で守るとばかりに、隣国への留学を決めてしまった。留学の件はもう決まっていて、反対なんてされるとも思っていない状態で。何も相談されなかった事にショックを受けた。相談される程の関係も築いていなかった事に気付かされた。
それから帰国するたびに距離を縮めようとはするのだけど、どうしても最初はぎこちなくて。なんとかケイトと距離が縮まったと思ってもどこかで踏み込めない部分を感じてしまう。それはケイトが踏み込ませないのか、それとも私が踏み込む事が怖いのか。或いは両方なのかもしれない。
辺境伯家の野外訓練の大変さを知って、ちょっとは強くなったと思うのに、子ども達との距離を縮める事は怖いまま時ばかりが過ぎて。いつの間にかケイトはヴィジェスト殿下の婚約者候補者を辞退していた。それさえも私は相談されなくて。夫には話していたようだけど、私が聞いたのは、辞退する話し合いがあるという事だけ。その話し合いの結果は当然のように、婚約者候補者を辞退しましたという報告。殿下も陛下も認めてくれた、と報告だけ。
何故もっと早く相談してくれなかったのか、問い詰めた私に淡々と「私にそこまで興味があるとは思っていませんでした」と言われてしまった。こんな事を子どもに言わせている時点で私は母として失格ではないかしら、と落ち込んだわ。夫は気にするな、と言ったけれど。これだけ距離が離れてしまった原因が私に有るのは確かだ、と静かに告げられて尚更落ち込んだ。
でも、そう言われても仕方なかった。確かに私はキャスばかりに目を向けていたのだもの。だから相談もされない母になってしまったの。きちんとそれを理解しないときっと拗れたままなのだわ。そんな私の気持ちに気付いたように救ってくれたのは、ケイトが望んで婚約したレード男爵家のドミトラルという方だった。
彼はケイトより7歳年上で、出会いやケイトとの付き合い方を聞いてなんだか不思議だった。いえ、出会ってからお付き合いまで短い期間なのに、ケイトのことを良く理解していて。それに一応ヴィジェスト殿下の婚約者候補者だったケイトだったから、醜聞に塗れるような言動もしていなかったようなのだけど。
彼は昔からケイトを知っているような雰囲気だし、ケイトも彼を心から信頼しているようだった。ヴィジェスト殿下との付き合いや隣国のドナンテル・ノクシオ殿下との付き合いの方が長かったはずなのに。
見えない絆を2人から感じていた。
この時にふと思ったわ。もしかしたらケイトの精神が大人びているのは、彼と出会うためだったのかもしれない、と。何故かそう感じた。これでも一応ケイトの母だもの。少しは解る事もあるわ。ドミトラル・レードというこの男性とケイトは引き離してはいけない、と。
いつも間違ってばかりいた情けない母だけど。これは間違わないわ。ケイトを幸せにしてくれるのは、王子達じゃない。彼、なのだと。それが解ってからかしら。彼はケイトに会いに来る度に、私とケイトの関係やキャスとケイトの関係を修復するように、そっとケイトの背中を押す。でもケイトに決して無理はさせない。ケイトを良く見ていなくては出来ない程度に彼は、ケイトを支えて促している。私達の関係が完璧に修復されるとは思わない。ただ、彼が居れば少しは改善される可能性もあるのだ、と私は知ったの。
sideケイトリン父
ケイトリンが2度目の人生を歩んでいる、と発言したとき。
受け入れられたのは、兄であるシーシオの存在が有ったからだ。兄は最後まで話してくれなかったし、自分も最後まで知らないふりを通したから結局予想でしかないけれど。
おそらく兄は祖先と同じ、魔法を扱える『魔術師』になってしまったのだと思う。
セイスルート家は現王家・タータントより古い家柄で、その時代の頃の書物もある。ただその時代の頃の書物は、当主になった者しか目を通せない。例外は祖先と同じように魔術師の素質を持つ者が、当主しか入れない書庫に入って歴史を知ること。
兄が何かに苦しんでいたのは解っていた。
その頃当主だった父は、兄のその苦しみに気づいていたはずなのに「まさか、そんなはずはない! こんな事はあるわけがない!」と兄を否定、拒絶してしまったから。兄はその苦しみを吐き出す先を失ってしまっていた。
多分、兄の悲劇は聡明なことと“長男”だったことだと思う。もう少し愚かだったなら、例えば兄の上に兄か姉が居たならば、兄は父に拒絶されても誰かに相談していただろう。けれど、シーシオは父に拒絶された事から、受け入れられないことだと直ぐに理解してしまい、また自分が1番目の子であることから、弟や妹に情けない姿を見せる事も出来なくて。結果、1人で抱え込み苦しみ続けた。
自分が気付いた時には、兄はもう人に頼る気持ちが起きず。自分に出来たのは、セイスルート家は自分に任せてくれれば良いから、楽になって欲しい、と言うだけ。そして自分のその言葉に「頼んだ」とだけ言って消えてしまった兄。父は兄が消えた事で自分の愚かさを悔やんだのか、自分を当主に決めた後、セイスルート家の歴史について語り……兄の苦痛の意味を教えてくれた。
祖父や父の代に、セイスルート家の者から魔術師の素質を持つ者は居なかった。多分父いわくその上の代にも居なかったと思う、と。だから兄は100年以上ぶりに現れた存在、らしい。父はあまりのことに動揺して兄を否定してしまった、と嘆いていた。きっともう現れないと思い込んでいたのだろう。父の気持ちも解らないわけじゃない。それでも、苦しんでいた兄を否定したことは事実なのだ。
自分は父の話、兄の苦しみ、当主しか読めない歴史書を苦手ながら読み漁って。セイスルート家がどういった存在なのか理解した。だが、自分の後を継ぐ者にしか、この事を話すつもりはなかった。背負うのはちょっとばかり自分では重かったけれど。多分、意思が1番強くてぶれない者を当主に選ぶというのは、この歴史の重さを背負うからだ、と思う。
いつか我が子か親族からこの重さを背負う者を自分が見つけて預ける必要がある。だから見極めは大事だ。
そうして何年も経ち、結婚し、4人の子に恵まれ……ちょっと拗れてしまったけれど何とか家族を形作っていた時。ケイトリンが2度目の人生を歩んでいると話して、疑いつつも、兄の存在を思えばそういうこともあるか、と納得した。そこから語られるケイトリンの1度目の人生は、自分は父だというのに、娘に何を背負わせてしまったのだろう、と落ち込んだ。だからこそ、ケイトリンが今度はヴィジェスト殿下と婚約しない事を決めた事に、反対などしなかった。
だが、それが不味かったのか、ケイトリンはドナンテル・ノクシオ両殿下とヴィジェスト殿下に気に入られてしまい……辺境伯の爵位は戴いても王家に忠誠を誓っていない事だけの我が家に、ケイトリンを守る術などなくて。ケイトリンは多少自らとはいえ、王家のアレコレに巻き込まれ、家でもシュシュとキャスとの確執に翻弄されて。
自分に出来るのは、国から出して逃げ場を与える事だけだった。何とも情けない父親だと思う。けれど。帰国する度に強い目をするケイトリンは、セイスルート家から出ない人生には向かなかったのだろう。ケイトリンは辺境の地を守るのが目標だと笑っていたが、広い世界を少しでも見ることで、ケイトリンを成長させていた。ケイトリンにとっては、セイスルート家から出ることが成長に繋がったのかもしれない。
そうしてケイトリンは、シオン帝国で、自分では出来なかった事をアッサリとしてくれた。
兄を見つけてくれた。いや、見つけてくれたのではなく、関わる事になった、のだろう。だが、それは多分、セイスルートの血の為せる術ではないか、と思う。どういったわけか2度目の人生を歩んでいるケイトリンだから、きっと兄と出会えた。
そして自分の人生を自分で歩むケイトリンだから、今度は愛した男を捕らえた。
ヴィジェスト殿下との決着もあっさりとつけてきて、早速、愛した男から婚約を申し込まれるケイトリンは、自分の娘ながら自分以上に生きる力がある。そしておそらく、自分以上にセイスルート家の当主としての力も。
だが。ケイトリンに婚約を申し込んだケイトリン最愛の男であるドミトラル・レードという者を見て思った。
確かにケイトリンを愛し、愛される存在だろうし、守り、守られる存在だろう。幸せになれる2人だ。
けれど、この男は危ない。
危ういと言う方がいいのか。
この男と結婚したケイトリンにセイスルート家を託すのは、ケイトリンかセイスルート家のどちらかが潰れる未来が見えた。
ドミトラル・レードは、愛が重い男だ。ケイトリンが他所を見る事を許しているつもりで、いつの間にか見ていた他所を見えなくさせる、そんな存在。
自分とセイスルート家のどちらかを選ぶ事になった時、両方を選ぼうとするケイトリンから自分を選ばせようとするような危うさがある。そんな男と結婚したケイトリンにセイスルート家を任せるわけには、いかない。だが現在のところ、ケイトリン以上にセイスルート家を背負える者が居ない。
その危険を理解しながらも、それでもケイトリンが幸せだと笑うなら、とドミトラル・レードとの婚約を認めた。どうかケイトリン以上にセイスルート家を託せる意思の強さを持つ者が出ることを願いつつ。
結果から言えば、現れた。
本当に僅かながら、ではあるけれど。
ルベイオである。
どうやらケイトリンの強さに気付いて妹に負けるのは悔しかったようだ。どうしたら意思の強さを示せるか、ずっと考えながら強さを求めていたらしい。部下を守り、婚約者と結婚して家庭を守る事の大事さを知って、自分の妹達と母との関係もルベイオなりに考えてきたことが、意思の強さを自分に示せるくらいになっていた。
自分の息子ながら驚きの成長を遂げた。
これでセイスルート家はルベイオに任せられる。ケイトリンには、元アウドラ男爵家の領地を任せることにしよう。セイスルート家と領地と領民と国民を守る事より、自分の領地と領民だけを守るだけの方が、ケイトリンが他所を見る事が少なくなる。少なくなればその分だけ、あの男の狭量さも少しは緩むだろう。
あの男は、確かにケイトリンを愛して幸せにしてくれるだろうが、狭量なのが残念だな。まぁ、ケイトリンが幸せだと笑うなら、多少のことには目を瞑ろうではないか。
お読み頂きまして、ありがとうございました。
まだまだリクエストを更新しますので、リクエストがある方は今のうちですよ!(なんて言ってみる)
来週の月曜日にお届けしますのは、ifストーリーで(本当にifストーリー)
【もしも、ケイトリンとヴィジェストが結婚したならば】をお送りします。




