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ケイトリンの1日デート

お待たせしました。

番外編1本目。

500万ビュー突破記念の記念すべき1話目はデート編です。

「デート、行きたいって言っていたけど、どこか行きたい所はある?」


トラル様と呼ぶべきか、まだドミーのままで呼ぶべきか。そんな傍から聞けばどうでもいい事を真剣に悩んでいる私の心境に全く、これっぽっちも気付いてない(当たり前なんだけど)ドミトラル様が、そういえば、といった具合に尋ねて来た。現在はまだ夏期休暇中でこの休暇が明けたらシオン帝国に戻って上学園を目指して必死に勉強する事が決まっている。その、束の間の休息みたいなひととき。今日はレード男爵家に私が遊びに来ている。


あの婚約についての話し合いから5日程経っていて、先触れを出してドキドキと胸を高鳴らせながら訪れた大好きな人の家は……何故か相変わらず、ドミトラル様のお母様とお義姉様に好かれまくっていて歓待された。何だったらドミトラル様に挨拶すらさせてもらえず、応接室に案内されてガールズトークならぬ女性のお茶会に突入寸前だった。別に断る気は無かったんだけど、ドミトラル様が「俺に会いに来てくれたので邪魔しないで!」と怒りながら、私を救出(?)してくれた、のが、先程のこと。今はレード男爵家の庭園です。


そう。今日は一日デートの日なのです。


本当はこういう時って男性が婚約者の家へ迎えに行くものなのだけど。辺境領の本邸へ来てもらうより、私から出向く方が馬車は早いので、私がドミトラル様の家にやって来た。ウチは、侍女や執事は元より料理人だろうと庭師だろうと無論御者だろうと、お父様に鍛えられているわけで。


つまりそれだけ辺境の地って危険も有るのでいざという時は戦えないとマズイんだよね。だからまぁ、御者も「王都? 分かりました! 特訓ですね!」と爽やかに笑顔で引き受けてくれるんです。「いよっしゃあああ! 特訓だぁ!」という雄叫び? 聞こえません、そんなの。空耳です。どれだけ早く王都まで馬車を走らせるか、なんて脳筋な考え方も幻です、幻。


「行きたい所……。王都で流行中のケーキ店でお茶したいし、トラル様とお揃いの何かが欲しい。……わがまま?」


「ケイティ、その上目遣いなに? 可愛い過ぎる。俺以外の男にやったらダメだから!」


上目遣いしてないんだけど。

でも、トラルが壊れた。耳まで真っ赤になりながら私に言う。

だけど、そんなトラルが可愛くて。私は笑いながら頷く。こんな他愛ないやり取りが出来るなんて1度目の人生では考えられなかった。


「何故笑う?」


「トラルが可愛くて」


「可愛いのはケイティだ。俺を骨抜きにしてケイティは何が望みなんだ?」


真っ赤なままなのに真顔でそんな事を尋ねてくるから。


「貴方とずっと一緒にいること」


って素直になってしまった。そう答えたらギュッと抱きしめられた。息苦しくなる程強いその腕の中がこんなにも安心して嬉しくなるなんて、思ってもみなかった。


「あー、可愛い。ケイティが可愛い。可愛過ぎて寝室連れ込みたい」


「えっ、あああああの⁉︎ ドミトラル様⁉︎」


なんか凄いセリフが聞こえてきましたけど⁉︎ 私、日本人の時からそっち方面の経験皆無ですけど⁉︎ その、キスだってドミトラル様が初めてになりますー!!!


「連れ込まないよ。大切に育てられて来たケイティを一生かけて幸せにするんだからさ。いっときの欲に負けてやらかす気はないよ。結婚まできちんと待つ。令嬢としてのケイティの評判を傷つけるのも嫌だし。だけど。まぁこれくらいは許してよ」


凛々しい表情でギュッと抱きしめるくらいは許して欲しいって大好きな人に請われて断れる人っているんですかね⁉︎ 私は断れなかったので「これくらい、なら」と頷きました。


「じゃあ、行こうか」


トラルに手を引かれて庭園から門へ向かい、デートへお出かけです。男爵家なので王都の貴族街(貴族の屋敷が中心で後は公爵家や侯爵家御用達のお店もある)では端に位置するレード家は、逆に下位貴族や裕福な平民御用達のお店が近いので歩いて行ける。明確に線引きはされてないけど、大体この辺りは貴族街との境目。そこを通り越して、今王都で流行中のケーキ店へ足を向ける。


こちらの世界では生クリームを使用したケーキはまだまだ高級品で、ケーキと言えば日本で言うフルーツタルトが主流なんだけど。この店は生クリームを使用したケーキやチョコレートを使用したケーキがある。……人気になるわけよね。イチゴの生クリームケーキも食べたいけどチョコレートケーキも捨てがたい。どうしようかな。


「ケイティ、迷ってる?」


「イチゴとチョコとどっちにしようかなって」


「俺がイチゴにするからケイティはチョコにすれば良い。で、半分ずつ食べればいいだろ?」


トラルに聞かれて答えればそんな事を言われた。どうしよう。キュンとしてしまう。だって、半分こってデートっぽくない? いや、デートでした。何を言ってるんだ、私。でもだってこんな甘い事を言われるなんて思ってなかったし。い、いいのかな? 半分こ。


「いいの?」


「ケイティは嫌?」


「ううん、嬉しいっ」


私が笑顔になったのを見て、トラルが目を細めて柔らかく笑う。また、キュンと胸をつかまれた。心臓の音が聞こえないか、と心配になるほどうるさくて……また彼を好きになる。トラルは大人だから。私ばかり好きみたいで悔しいけど。でも。こうして笑ってくれるからそれで良い。


注文したケーキが運ばれてきてチョコレートが物凄く甘い。えっ、コレ、チョコの美味しさを台無しにするレベルの甘さなんだけどっ⁉︎ とはいえ、文句を言うのもちょっとどうなのかな。きっとコレは完成形なんだし、チョコは貴重だし。生クリームはそこまで甘くないんだけどな。もったいないな。


なんて思いながらも、トラルと半分こしてケーキを食べて……その、あーん。もやって。トラルからもあーん、をされました……。どうしよう。穴があったら入りたい程恥ずかしい。絶対、今の私は顔が真っ赤だ。ふと視線を感じて周囲を見れば生暖かい目を向けられて、うわぁあん、やらかしたー! と思って早々にお店を出ました。恥ずかしくて当分行けない……。


「ケイティ、恥ずかしがってる?」


「は、恥ずかしい……わよ」


トラルに聞かれて強めに反論しつつ、先程の事を思い返して語尾が小さくなる。トラルはくつくつと喉の奥で笑ってから「可愛い」と私の耳元で囁く。私は「ひゃっ」と耳を押さえて(だって息、息が耳にかかったんだもの!)ちょっと飛び上がる。そんな私の耳は凄く熱くて見なくても赤いと解る。トラルは私の反応を楽しそうに見ていて。


「か、揶揄わないで!」


と膨れたら


「そんなケイティも可愛い」


なんて言われて、怒ってもトラルには効果なしだ。悔しい。益々剥れる私の左手を恋人繋ぎで簡単に絡め取って。そんな風に絡め取られた手に意識がいってしまった私は、もう怒る事が出来なくなっていて。


「もう……」


「可愛いね、ケイティ。次は何処に行こうか」


私ばかり拗ねていて子どもみたいだ、と自分が情けなくなるのに、トラルはそんな私も可愛いと言ってくれて。お揃いの何かが欲しい私のお願いと、トラルの色をした宝石を使った装飾品で私を飾りたい、というトラルの願いの結果。


「綺麗……。紫水晶(アメジスト)のブレスレット?」


宝石店兼装飾品店のお店でトラルの目の色の宝石が嵌め込まれたブレスレットを私は身に付け、トラルは私の目の色をした宝石が嵌め込まれたブレスレットを身に付ける。自分の目の色若しくは髪の色をした宝石が入った装飾品を贈り合うのは、恋人同士や婚約者同士には昔から贈り物として最適。


確かにドレスとか、髪飾りとか、首飾りとか婚約者からの贈り物なんです、と言って婚約者の色を身に付けたご令嬢達が多かったわ、前回の人生。シュレンお義姉様もそうだったし、それが当たり前だと私も知ってた。私は……知ってただけだったけれど。


今は……凄く嬉しい。


店主に礼を言って店を出て。さっきよりも自然に繋がれた手に少しだけ力を込めて、大好きな人に呼びかける。


「ドミトラル様」


「ん?」


「ありがとうございます。私、婚約者の色を身に付ける物として贈ってもらったの、初めてです」


「そっか。そう、なんだ」


ヴィジェスト殿下の色をした物を贈られた事がない、と理解してくれた彼は、納得したように頷いた後。


「俺が初めてだって知って嬉しい。ドレスも髪飾りもなんだって俺の色を贈って、ケイティにいつでも身に付けてもらいたい」


そう、輝くように微笑まれた。


「じゃあ私も私の色をたくさんトラルに贈ります」


「あ、それも嬉しいけど、ケイティにはお願いがあるんだ」


「お願い?」


「ケイティの色の物も嬉しいけど。君がくれた初めての贈り物が欲しい」


真剣な目をしてトラルが言葉を紡ぐ。


「私があげた初めての贈り物……?」


何の事かさっぱりの私に、彼は更に言葉を紡ぐ。


「あの日。日本語で刺繍されたハンカチ」


その瞬間、刺繍が苦手な私が精一杯刺繍した好きの二文字のハンカチが、脳裏に浮かび上がる。


「俺ね、あのハンカチは死ぬまで持ってた。寝ても覚めてもあのハンカチを握り締めてた。なのに、2度目の人生が始まった事に混乱して直ぐに思い出せなくて3日目になってから気付いたんだけど。当然、レード家の俺の部屋には無いし、俺が最期に住んでいた家に行ってみたけど……そこは別の人が住んでてさ。その時点で無いんだって理解して現実に打ちのめされた。もう君を思い出す物が俺の手の中に無いと理解して、馬鹿みたいだけどその場から立ち上がれない程の衝撃だった。ただ。君が生きている可能性だけを信じていた。信じていても不安な時は無いはずのハンカチを握り締めている気持ちだった。だから」


ーーあのハンカチをくれ。


私はつくづく罪深い。彼がこんなにも重たく私を好きで居てくれる事に気付かなかった。目の奥を覗き込めば、闇を抱えている彼。その彼にここまで思わせたのは、私が彼に会えずに死んでしまった所為。何も説明せずに命を終えてしまった。きっと今、私が生きて彼の隣に居ても、彼の孤独も絶望も全部を理解出来ない。それはきっと、1度目の人生であげたハンカチだけが、彼の孤独も絶望も癒せるのだろう。


それならば。


「私、刺繍が下手なの。それでもいい?」


「もちろん」


「ハンカチを贈るけど、その前にあなたに誓うわ。ドミトラル様の隣に居て、あなたを看取る」


「……ああ。俺を看取ってくれ、ケイティ」


私が彼を看取って、初めてきっと彼は孤独から解き放たれ絶望も癒せるのだろう。大丈夫。彼の一生は私が引き受けるのだから。辿々しい刺繍が施された「好き」の2文字のハンカチを私が贈るのは、その2日後。クルスに頼んで届けてもらった。クルスに頼んだのは、1度目の人生が有ったから。私が直接贈るのではなく、クルスに届けてもらう事がきっと彼の心を和らげてくれるはずだから。


ーー私の腕には彼の色をしたブレスレットが今日も陽の光を受けて輝いている。

お読み頂きまして、ありがとうございました。

アンケート、皆さん悩まれていたのですが、コレ(デート話)が若干多かった、かな、と。


あまりデートっぽくないと思いましたら、夏月クオリティー(別名恋愛モード残念クオリティー)だと思って下さい……


ちなみにこのデート模様は会長・デボラが余す事なく見届けて後日愛でる会にて報告されます。


そういえば今更ですが。終盤でロズベル一行(ロズベル母娘や魔術師やジュスト達)が襲撃されて、その犯人というか黒幕は判らないままですが、敢えてそこは書きませんでした。謎が1つ2つ残っているのも楽しいかなぁ、と。というか、それを書くと益々恋愛から遠去かるって事に書いてから気づきまして←


襲撃事件の黒幕出すの、やめました←


最早恋愛じゃなくて別ジャンルになるな、と思ったもので(今更)

大体、襲撃事件の黒幕とか長くなる……

続編というか2部というか、そんな感じになりかねないことに書いてから気付いたんですよ……

なので、謎のままにしておきました。


来週は、次に多かったレード男爵家の天手古舞を執筆予定です。

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