2度目。ーー2度目の人生の目標は、長生きです。・7
シュレンお義姉様。1度目の人生において「姉」と呼べる程親しみを持てたのは、この人以外居なかった。何しろ年の近い友人も居なかったし、1度目の人生で私の姉・キャスベルはずっと部屋に閉じ篭もっていたし、10歳で城に上がった私は物理的に離れていたから余計に関わりなどなかった。もちろん8歳からたった2年しか関われなかったデボラを慕っていた気持ちに嘘は無いけれど、同じく城に上がった私にとって距離が出来てしまっていた。
そんな私に寄り添ってくれたのがシュレンお義姉様だった。王妃様に誘われて私的なお茶会で出会ったあの日を私は忘れてなどいない。儚げに微笑みながら可憐で花の精という表現にピッタリな方だった。……笑顔で人の弱点を抉る所もまた、ギャップで魅力的だった。そうか。そういえばシュレンお義姉様ってそういうお方でしたっけ。
うん。イルヴィル殿下と2人、敵に回してはいけない夫婦だったわ。
「はじめまして、ケイトリン・セイスルートと申します。本日はおめでとうございます」
私が挨拶をすると、婚姻式用のドレス(日本のウェディングドレスと形は似ているけど色は白ではなく海の色みたいに綺麗な青のドレス)を着たままのシュレンお義姉様が駆け寄ってきた。
「イルから話を聞いているわ。あなたが2回目の人生を送っているって」
満面の笑みで仰るお義姉様は、とても幸せそうで輝いていて美しい。……まぁイルヴィル殿下なら話すでしょうとも。シュレンお義姉様第一主義ですもんね!
「はい。あの」
「シュレンお義姉様で構わないわ」
「ありがとうございます、シュレンお義姉様」
「あのね、不躾な事は解っているのだけど、ちょっとケイトリンに触っていいかしら」
またシュレンお義姉様と呼べる事を喜ぶ私に、お義姉様は不思議な事を仰った。触る? 何故?
「どうぞ」
それでも断る理由が無いから頷くと、女にしては背の高い私を小柄なお義姉様がギュッと抱きしめてきた。イルヴィル殿下はソファーに座ったまま、私達を見ている。暫しの沈黙。声が聞こえない程度の距離に控えている侍女達が驚いたのだろう、空気が揺れたのも分かった。ややして、お義姉様が深く息を吐き出した。
「ああ……やっぱりあなただったのだわ」
と私からゆっくり離れて泣きそうに笑った。私は意味が解らず目を瞬かせるとシュレンお義姉様がゆっくりとその答えを話し出した。
「ある日、私は泣いていたわ。唐突に。侍女に指摘されて気付いたくらい唐突だった。だけどーー指摘されて気付いたの。私は深い喪失感と悲しみを抱いているたことに」
それからお義姉様はイルヴィル殿下に悟られて色々と話したこと。それを聞いたイルヴィル殿下がヴィジェスト殿下の1度目の人生とやらについて話してくれたこと。その中でその喪失感と悲しみというのは、もしかして“私”の存在が齎らしたのではないか、ということ。
「だからね、会いたかったの。でも。もしあなたに会って、あなたがヴィジェスト殿下と同じように記憶が残っていて辛かったり苦しかったりしていたら? と考えたら怖かった。いいえ、違うわね。もし、私の中のこの喪失感と悲しみが、あなたでは無かったら……と考えたら怖かったのかもしれない。それは考え過ぎだったけど。でもそれに……私の喪失感と悲しみがあなただった場合は、私は何を話せばいいのか分からなかったのかも、しれないわ」
私自身はあの時の自分の行動を悔やんでいないし、同じ事が起これば同じ行動をすると思う。でも。ドミーだけじゃなくて。私が死ぬ事でシュレンお義姉様にも深い悲しみと傷を与えていたのかもしれない、と思うと申し訳ない気持ちも芽生えていた。それにお義姉様は、私が死んだ時近くにいたのだ。ドミーとはまた別なのかもしれない。
「ごめんなさい、お義姉様」
「いいえ。ヴィジェスト殿下から聞いた話では、あなたはきちんと王族の婚約者としての義務を全うしていた。婚約の意味を理解出来ていても、咄嗟にそれが行動出来るのかは別の話。でもあなたはそれが出来ていた。だから謝らないで。ケイトリン? ケイトと呼んでた?」
「ケイト、です」
「なら、ケイト。あなたを私は誇りに思うわよ」
力強い目で笑ったお義姉様に、私は初めて、あの最期が間違っていなかった事を認めてもらえた。今、解った。私、あの時の行動を認めてもらって褒めてもらいたかったんだわ。
「ありがとう、シュレンお義姉様」
「こちらこそ。あなたが今回は義妹にならない選択は残念だけど。特別に義妹だと思って接する事を許して欲しいわ」
「お義姉様が望むならよろしくお願いしますわ」
今度は私からシュレンお義姉様に抱きついて、時間の許す限りそうしていた。
1度目のケイトリンの死をケイトリンは認めて貰いたかった。皆、謝ったり怒ったりはしていたけど、認めてはくれなかった。
でも同じ立場のシュレンだけは認めた。彼女しか、認められなかったのではないかな、と思います。




