2度目。ーー長く長く続いた関係の終わりと新たな始まり。・7
「やはり……その色を着て来たのだな」
侍女がお茶を供してくれ、側近さえも下げた後でヴィジェスト殿下がポツリと呟いた。1度目の時は侍女を下げる事もなかったのに。あの時は恋人が居るから2人っきりにならない配慮かと思ったけれど。もしかしたら私自身が信用されていなかったから、なのかもしれない。
「はい」
私が頷けば、ヴィジェスト殿下は片手で目を覆ってゆっくりと首を振った。それから私を静かに見つめてきた。
「私の中で賭けをしていた」
「賭け?」
「もし、ケイトリンが今日、青いドレスを着て来たら私と過去の決着を付けたいのだろう、と。それ以外のドレスならば私と未来を見たいのだ、と」
そうして着て来たドレスはーー青。
「何故、そのような賭けを?」
「2度目の人生でケイトリンと関わって、私は随分とケイトリンの事を曇った目で見ていたのだと知ったよ。これが別の令嬢だったなら、今日に私の色のドレスを纏ってくれる事はやり直したい事の表れだろう。だが、ケイトリンの性格を考慮するとその考えが違う事が解る。ケイトリンは自分の事を決める時でさえ、なにが最善で誰のためになるのかを考える。となれば、自惚れで無ければ私のために今日は、青を着てくるだろうな、と」
「それならやり直したいって事かもしれないでしょう?」
殿下の色を着ているのだから、普通ならヴィジェスト殿下とやり直したい事の表れだと思うもの。でもヴィジェスト殿下は緩やかに首を振った。
「それは貴族令嬢として貴族令嬢らしく育てられた令嬢の考え方だ。ケイトリンは違う。辺境伯の子育て方針なのか、常に何が最善なのか考える。そうだな。領主や国王など上に立って治める者の考え方だ。そういう思考の者が今まで頑なに婚約者になる事を断っていたのに、急にその相手に媚びるような姿にならない。だったら過去との決別を示す為に敢えて着たとしか思えない。違うか」
ヴィジェスト殿下の推察に私は目を瞬かせ、ゆっくりと笑顔になっていくのが自分で分かる。
「ええ、殿下。その通りです。我がセイスルート家を代表して宣言させて頂きますわ。殿下に媚びないためにこの色を着て来ました。同時に過去と決別し別の関係性を築くために」
このドレスは私の意思。ヴィジェスト殿下の婚約者にならない宣言。もう過去は変えられない。未来は変えられるだろうけれど。私はヴィジェスト殿下と共に歩む未来を作る気はない。
「ケイトリン・セイスルート嬢」
「はい」
「私の婚約者になって欲しい。あなたが隣に居てくれるならこの国はより良い方にいける。一生を、私の伴侶として過ごして欲しい。あなたのその真っ直ぐな目に、私はいつしか恋していた」
ヴィジェスト殿下から紡がれる言葉は、本心でしょうが諦めに似た響きを伴います。
「私、ケイトリン・セイスルートは、謹んでご辞退申し上げます」
「王命でも?」
「我がセイスルート家は王家に忠誠を誓っておりませんので命じられても意味が無いですわ」
「そう、だな」
ヴィジェスト殿下は、ハッとした顔で頷いてから目を瞑って何かを考えているよう。
「もし、あの日。あなたを受け入れていたなら。どんな未来が有ったのだろうな」
やがて殿下からそのような言葉が落ちてくる。さぁどうでしょうね。もう来ない未来ですもの。
「今までありがとう、ケイトリン。不穏な動きを見せていた婚約者候補達の家はそれ相応の対応が終わったし、ロズベルも見つかった。君が筆頭婚約者候補者の座についている意味もなくなった。その座を降りる事を認めよう。……父上も宰相以下、政の中枢部の者達にケイトリンが筆頭婚約者候補者の座にいることに疑問を呈する者達も居て、な。これ以上抑えられない事もある。ここら辺が頃合いだろうな」
「かしこまりました。謹んでお受け致します」
「ありがとう」
「こちらこそ。殿下の友人として接する事で知らなかった殿下の事を知って楽しかったですわ。……きっと前回、殿下が私を受け入れていたなら私は嫉妬からロズベルさんに何をしたか分かりません。だから1度目の殿下の態度もある意味、正しかったのです」
「そうか。きっとあなたと私は恋人ではなく友人として関係性を築く方が合っていたのかもしれないね」
「……そう、でしょうね」
「では、私の友人としてこれからも宜しく頼むよ」
「付かず離れずが良好なのかもしれないですね。……ヴィジェスト殿下の伴侶となられる方がヴィジェスト殿下と同じ方向を見る方であるように願っていますわ」
私達は長く長く続いた関係を終わらせた。
「うん、素直に感謝するよ。ケイトリンのおかげで同じ方向を見ているならば、その未来へ向かう方法が違っても大丈夫だと知ったよ」
「はい」
そうなのだ。同じ方向の未来なら、例えばヴィジェスト殿下が歩いていて、伴侶となる方が自転車に乗っていても大丈夫。自転車で先をいく伴侶の方が途中で躓いた時は後から来たヴィジェスト殿下が手を差し伸べる事が出来る。……そういう事。
「君の幸せを願っているよ」
「私も殿下の幸せを願います」
こうして私達は新たな関係を構築するために、過去と決別した。




