2度目。ーー長く長く続いた関係の終わりと新たな始まり。・5
さて。そんな風に意気込んではみたものの。結果から言えば襲撃的なものは全く無かった。そりゃあもう蟻一匹も見逃さないくらいの気持ちで日の出と共に出立したし、気を張っていたけれど。まぁあまり気を張り続けても疲れるのであっという間に緩めた。緩みっぱなしにはしないけど、必要以上に気を張るのはやめた。そうして……何事もなくタータント国に入国した。入国してしまった。当然、ウチの領地である辺境伯領だ。凄まじい歓待を受ける羽目になった。どうやら私に恋人が出来た事がウチの使用人達にバレているらしい。
ーー誰だ、バラした奴。
チラリと周囲を見れば私の専属侍女プラス私に忠誠を誓った影3人が一斉に視線を逸らした。ーーオイ。
これはもう抗議してもどうしようもない事を理解して私は笑顔で歓待を受けた。というか、主人一家より先に使用人が私を囲んで歓待するって……他家じゃ有り得ないからね⁉︎ ウチだから通用するからね⁉︎
そんな事を思いつつ、皆の笑顔を見れば帰って来たなぁ……と思ったんだけど。微妙な表情で待っているお父様と苦笑いしまくるお兄様とロイス。そして一歩下がってこっちを窺うように待っているお母様とお姉様を見て、思った。
ーーああ、私って帰って来て家族に迎えられるのって初めてだったな。
と。嬉しいというより、やっと……という感慨より、今更なんだろう? と思ってしまう辺り、私も拗らせているのかもしれない。でもまぁ仕方ない。これまでがこれまでだった。今更都合良く家族だから、と全てが水に流せるわけじゃない。取り敢えず挨拶だけはしておこう。
ちなみに、クルスに頼んでドミーを男爵家まで送って行ってもらった。ウチの家族に会わせるのは私が心構えをしなくてはならない。ドミーが、じゃない。私が、だ。何しろ私の家の事情は話してあるとはいえ、軽くなのだ。軽く。だから、未だにお母様とお姉様とギクシャクしている、とは話してない。だから私が紹介しよう! と決意どころか決死の覚悟で挑まないと紹介出来る気にもなれない。心構え、大事。
「ただいま、帰りました」
「お帰り」
私が頭を下げればお父様が頷く。それ以上はなんで言えば良いのか分からなくて。
「今日は取り敢えずゆっくり休めば良い。明日、報告を」
「はい」
ある程度の報告は手紙でしているけれど、私の口から聞きたい事もあるのだろう。私はお父様に頷いてデボラと共に自室へ向かおうとした。お兄様とロイスにお帰り、と挨拶されながら、お母様とお姉様が目の前に立つまでは。
「お帰りなさい、ケイト」
「ただいま帰りました」
お母様から言われて私も返す。
「お、お帰り」
「ただいま帰りました」
お姉様にぎこちなく言われても同じように返した。緊張も嘆きも怒りもない私は、少しだけ“普通”になれた気がした。まぁだからといって、それだけなのだ。何か話したいかと言ったら何もないし、気不味いのは変わらない。だからそれ以上は関わりたくなくて、今度こそ自室へと足を向けた。
「はぁ」
「お嬢様、お疲れですね」
「たった今ので、ね」
「旅よりもご家族にお会いする方が疲れますか」
デボラが苦笑する。
「知っているくせに」
「ええ。だから、それで良いと思ってますよ。私はお嬢様の専属侍女。お嬢様の望み通りに動く事が一番なのですから。無理に仲良くなって下さい、なんて言いませんよ」
「そう、よね。ありがとう」
そうだ。デボラの言う通り、無理に仲良くなろうとしなくていい。……2回、いつ死ぬか解らない経験をした。だからいつ2度と会えるか分からなくなるから、仲良くなりたい時に死んでしまったら意味がないから、と思い込んでいた。それでも中々気持ちが複雑で。
でも。いつ会えるか分からないから後悔したくない気持ちで自分を追い込むより、今の感情を抑え込む方が辛いのだ、とデボラは気付いていたらしい。正直な事を言ってしまえば。もし、今、私が死ぬ寸前だったと仮定して。何を考えるかと言ったらお母様とお姉様とに素直じゃなくてごめんなさい、とか言いたいなんてこれっぽっちも思わない。多分、思い出しもしない。ーー前回の死の間際のように。
逆にお母様とお姉様が死の間際だとして、私に謝られてきても許せるとも思えない。結構私は狭量で根に持つタイプらしい。でもそれが私の本心なら、時間に身を委ねるしかない。それで有限が来てしまったらそれはそれで仕方ないと思うべきかもしれない。私は聖人君子なんかじゃないのだから。
「お嬢様、お夕食はどうされます?」
家族揃って食べたいのか、それを避けたいのか。そういうことだろう。
「一緒に食堂で食べるわ。でも話しかけないように伝えておいて」
「かしこまりました」
デボラが頭を下げた。それから直ぐに私を着替えさせて来る辺り、本当によく出来た侍女だ。自室でゆったりとしてデボラのお茶を飲んで。今までの日々を振り返る。そうしてヴィジェスト殿下に先触れのお手紙を認めて執事に出しておく事を命じた。
ようやく決着をつける時を迎えるーー。




