2度目。ーー恋する私と大人の貴方。・1
その日。私は学園の試験最終日を迎えていた。ジュスト・ロズベルさん母娘・デスタニアさんを見送ってから1ヶ月余りが経過していた。タニアさんも一緒にタータント国へ帰国して、国王陛下に報告をするって言っていた。タニアさんはドミーに呆れたように笑って私に「コイツのことを頼む」と託して行った。見送った後の日常は、穏やかでジュストが居ない事が意外にも寂しくて。尤もあっという間に慣れたけれど。アリシャとサヴィとベタルターと4人で課題を片付けるのも馴染んだ頃、夏期休暇前の試験を迎えていた。当然ながら4人で課題から試験勉強へとシフトチェンジして互いに苦手な部分を補い合う。……4人まとめて苦手な分野が無いだけ有り難い。全員が苦手な分野があったら途方に暮れたか、その分野が得意な人を探す事に苦労したはず。
シオン帝国の歴史はサヴィやベタルターが教えてくれたし、外国語は私とアリシャで教えられた。そんな感じで互いを補い合い、最終日の試験を終えた私達はお疲れ様会と称して4人で昼食を摂りながら話を弾ませる。頭を使うとエネルギーが必要なので、普段の食事の倍くらい食べたと思う。もちろん、デザートは別腹。
「そういえば」
甘さ控えめのドライフルーツを使用したパウンドケーキを食べながら、アリシャが思い出したように切り出した。
「以前お会いしたケイトに求婚した男性とはその後どうなっているの?」
あまりの爆弾ぶりにドライフルーツのパウンドケーキを危うく噴き出すところだった。淑女にあるまじき失態にならずホッとする。
「な、何、急に」
「急というか。本当はずっと前から気になっていたの。でもケイトは課題はきっちり仕上げてくるのに。なんだか忙しそうだったじゃない? ゆっくり話したいと思っても機会が無いし、話す機会が出来てもケイトは前を向いて将来を見据えた話だったから。もちろん、そういった話は私にとって利はあるし有意義で、さすが王子妃に望まれるような人だとは思ったの。思ったけれど、私ばかりドナンテル殿下との恋愛話をしているのはなんだかズルイ、と思ってしまったの」
可愛らしく小首を傾げて言っているけれど。雰囲気は話さないと帰さないわよ、とでも言いたげだ。……怖い。サヴィとベタルターもニヤニヤしながら私を見る。……アンタ達、自分達は他人事だと思ったら大間違いだからね。
「経緯とかは王族も関与する事だから訊ねないでね。結論から言えばお付き合いさせてもらってます」
皆が知りたいのはそこだろう、と判断して告げればやっぱり、と全員がしたり顔で頷いた。まぁそうですよね。あんな道の往来で求婚してきたんですから。私が断れないと思ったのでしょう。まぁ断る気も無かったですけどね。
「ちょっと年上の方ですわね」
「7歳ね」
「まぁ! そんなに年の離れた方とどのように出会われて恋に落ちたの? あ、いえ、王族が関与しているから尋ねてはいけないのでしたわね」
ハッとした表情でアリシャが質問を無しにして欲しいと言うので、私も了承する。その代わり、とばかりに「どんなお付き合いをしているのか」と尋ねられた。どんな……。
「普通、だと思いますわ。お茶をしたり食事に行ったり。試験が終わったから明日はちょっと遠出をしようかって話になっていますけど」
ってうっかりデートします、宣言しちゃったわ。ハッとした私が慌てて3人を見れば、アリシャはキラキラした目で私を見るし、サヴィはニヤニヤニヤニヤしていて目は意地悪。ベタルターは浮かれすぎ、とでも言いたげに冷めた目で私を見ていて恥ずかしさから俯いた。盛大にやらかした。デートします宣言はちょっと惚気過ぎよね。
それに。私はタータント国からまだ『筆頭婚約者候補者』として見られている。あくまでも候補者だから、候補から外れた場合を考えて他の男性と親しくしても問題は無い。婚約出来なかった場合、そこから改めてお相手を探すのは大変だから。……これがきちんと婚約していたら他の男性を探すなんて、とてもじゃないけど許されなかったから、候補者である事は感謝している。
とはいえ筆頭だし、ね。他の候補者達よりも婚約者の座に近いと目されていたわけだから、大っぴらに他の男性と2人きりで会うと宣言は本来ならマズイ。というか、本当に私が婚約者として目されているのならそもそもタータント国外になんて出られやしない。たとえ留学という大義名分があっても。
これがきちんと婚約していたなら、ヴィジェスト殿下のお役に立てるから、という大義名分で留学出来たけれど。逆のように思えるけれど、婚約していたなら留学は簡単に出来た。婚約という契約で縛られたのだから。契約だときちんと理解している者程、多少放置されていても最後は契約を果たす、として目を瞑ってもらえる。
けれど、筆頭であっても候補者でしかない立場なら何の契約もしていないため、留学と称して逃げ出される可能性もある。だから簡単に国外には出られない。でも今の私は留学オッケーでこうして国外にいる。信頼されているだけでなく、他国からタータント国の利益になるものを持ち帰って来る、と期待されているか。最初から婚約者の座に近いと見られていないか。そのどちらか。
ということで、第二王子殿下のご意思があったとしても。国王陛下が了承したとしても。他の臣下達は内心納得していないのだから、私の筆頭婚約者候補者という立場は、あくまでも見せかけだということが判った。まぁそれについて歓迎こそすれ、文句なんて無いけれどね。




