2度目。ーー帰国命令が出た皆様と見送る私。・8
「ケイティを虐めるのはこれくらいにしておこうか」
ドミーがそんな事を言って真面目な顔つきになった。手加減されたのだろうと思う。というか、こんなに女性の扱いが上手いなら絶対に恋人が1人だったわけがない! 凄くモヤモヤとイライラをしつつ、私は話の続きを促す。
「意地悪していたのは、とりあえず不問にします。それで?」
「うん、だからね。国王陛下からの命とは関係なく、自分の意思でシオン帝国に居る。だからそんな寂しそうで不安そうな顔はしなくて良い。折角会えたのにケイティから離れないから」
この人は一体私をどうしたいのか。こんな風に私の内心を暴いてしまうドミーに私が敵うはずもなくて。小さく、はいと頷くので精一杯。それでも嬉しくて仕方なくて。つくづく単純な自分にちょっとだけ自嘲した。そんな私の心境を知ってか知らずか。ドミーは「またね」と頭を撫でて私に帰りを促す。大人しくいう事を聞く私は、かなりドミーが好きなんだろう。
そうしてジュストが順調に帰国の準備を進め、ロズベルさん母娘も準備を終わらせる頃に伯父様から手紙で連絡が来た。
「魔法が完成した」
ジュストとロズベルさん母娘がシオン帝国を出立する2日前の事だった。本当に伯父様は最後の最後まで諦めていなかったようで。後は練習など出来るわけもないからぶっつけ本番だけど。私はただ成功しますように、と願うだけだった。結果は出立の日に見送りに行くから嫌でも解る。仮に失敗しても伯父様はその魔法の副作用が自分にかかるように調整をする、と言っていた。
だからロズベルさんに失敗したときの苦労は無い、はず。頭では理解していても不安は打ち消せない。でも私は伯父様を信じるしかない。その後伯父様から「成功した」の一言が書かれた手紙を貰った。
成功、したんだ。
ホッとしたのも束の間。ここからが正念場。今度は一旦は無くなった記憶が戻ったロズベルさんがその記憶をどう処理するのか。その後私が彼女に会って大丈夫なのかどうか。場合によっては出立の日は混乱状況に陥る可能性も考えなくてはいけない。
でも。
きっと変われたロズベルさんなら大丈夫のはず。
希望的観測ではあるけれど。私はそう信じてその日を迎えた。その日は朝から晴れていて出立するには良い日だ。
「ジュスト。ロズベルさん母娘を頼むわよ」
「ああ、任せておいてくれ」
安請け合いに聞こえるけれど、そうじゃないのはジュストの表情を見れば分かる。元々真面目な男だ。気合い充分で力強く頷く友人を見て、その気合いが空回りしなければ良いけれど……。でもまぁ嫌がっている、とか、面倒くさそう、だとか、そういった事とは正反対の顔つきなのだから多分大丈夫のはず。
「気をつけてね。私も夏期休暇で一度帰国するから会えたら会いましょう」
「そうだな。ライルとヴィジェスト殿下と3人で君に会える日を楽しみにしているよ」
「あらあら。随分と私に好意的ね。でもそうね。私もヴィジェスト殿下ときちんと話し合う必要があるわけだし。向こうで待っていて」
分かった、と頷いたジュストと握手をして別れを告げて。メインであるロズベルさんと向き合った。
「ロズベルさん」
「あ……」
私が声を掛ければ物凄く気まずそうな表情を浮かべるロズベルさん。その背後には娘の成長を見届けようとするマリベルさんの優しい目をしながらも表面上は、全く表情に表さない。さすが第二王子殿下の乳母だった人。完璧な淑女として泰然と微笑んでいる。私もこの人みたいな淑女を目指さなくてはならない。
……王子妃教育をあれほど頑張って受けたのにねぇ。忘れてきちゃったのかしら。いえ、今はそれどころじゃなかったわ。
「どうか無事に帰国出来ますよう願います」
「ありがとう。……ケイトリン・セイスルート様」
私が挨拶をすれば、ロズベルさんが一段と低い声音で私の名を呼びます。
「なんでしょう」
「あの。今まで、すみませんでした。色々迷惑をかけた事。謝ってどうなるものでもないですけど、ごめんなさい」
一度は失った記憶がまた戻ってきて。色々やらかした記憶は多分思い出したくなかったはず。それでも。こうして言えるのであれば。記憶が戻ったことはロズベルさんのためになるみたいで、安心した。




