2度目。ーー帰国命令が出た皆様と見送る私。・2
いつもお読み頂きありがとうございます。
「あの、お嬢様?」
デボラの心配そうな声でようやく我に返りました。
「クルス。伯父様に会えるよう先触れを」
「かしこまりました」
クルスに先触れの手紙を渡すと、デボラにお茶を淹れてもらう。気持ちを落ち着けるようにゆっくりと飲んでから考える。
「ねぇデボラ」
「はい」
「ちょっと聞いてくれる?」
首肯したのを目の端で捉えながら私はポツリポツリと溢していく。
「私……ロズベルさんが羨ましかったのよ。婚約者なのにちっとも私を顧みなかったヴィジェスト殿下の寵愛を受けて。それが1度目の人生の私の想い」
デボラは黙って聞いてくれている。
「それから。ロズベルさんが結果的に私がどうなっても構わないって言った時は怖いとも思ったけれど……憎いとも思ったの。現実を見ないまま暴走して。コッネリ公爵なんかの思惑に乗って私は死んだのに。私の死を現実として受け止めていなかった事が、憎かった」
人を憎む感情はあまり良くないものでも、それでも憎かった。
「ロズベルさんが実はまだまだ子どもなんだって解って、それなら仕方ないのかも。って思うくせに。一方で私が死んだ事すらゲームだと考えていた彼女を憎んだ」
私の複雑な感情。デボラはなにも言わずに聞き続けてくれる。
「でもね。だからこそ。ロズベルさんには罪悪感と共に生きて欲しい、と思ったのよ」
それもまた複雑だけど私の本心だった。憎む感情と諦めの感情。でも彼女に死んで欲しいわけでも苦しんで欲しいわけでもなかった。ただ反省して自分の言動の愚かさを知って今度はきちんと自分の意思で生きて欲しい、とも思っていた。それには彼女から記憶を……私達に関する全てを消しては意味がないと思うの。
「ロズベルさんから私達の記憶を消しては、罪悪感が無いわけで。そうしたらまた同じ事にならないかしら。いえ、違うわね。同じ事になろうとなるまいと構わない。そうじゃなくて私が辛かった事を彼女に理解していて欲しいのよ。……私も大概酷いわね」
ポロポロと溢していくうちに、私は私の隠れた本音に気付く。それは私の醜い部分でもあった。
私はこれだけ嫌な気持ちになったの。死にたくなんてなかったの。偶々2度目の人生を迎えているけれど、本来なら有り得ない事なの。それなのに私が死んだ事すらゲームだと思っていたなんて、悔しくて憎たらしいわ。だからせめて自分がやらかした事で私がそんな目に遭った事くらい、一生抱え込んで生きていきなさいよ!
ーーそれが紛れもなく私の本心だった。自分の醜さに苦いものが込み上げる。
「宜しいんじゃないですか」
醜い本心に胸がギリリと引き絞られたその時。デボラの静かな声が聞こえた。
「……え」
「宜しいんですよ、お嬢様。平民だろうが貴族令嬢だろうがそういう感情は誰にも有るわけですからね。ましてや私はもっと大きな制裁があっても良いとまで思ってますからね」
専属侍女の過激な発言に私は目を瞬かせて、そして笑った。そうだ。何を忘れていたのだろう。人間なのだから楽しいだけの感情ばかりじゃないのだから。憎い気持ちも諦めの感情も私なのだから。
「お嬢様ただいま戻りました」
クルスが戻ってきて伯父様の返答を聞く。
「いつでもお会いになられるそうです」
「ならば直ぐに参ります」
善は急げと言いますからね。そんなわけで私は伯父様の元へ急ぎます。そうしてお会いした伯父様は、疲労の色が濃い顔でした。
「急な事なのにお会いして下さりありがとうございます」
「いや構わない。例の令嬢のことだな?」
「はい」
「ケイトリン達に関する記憶を削除した。失った記憶を復活させたい。復活しようと試みた事があるが、そんな魔法はないのか出来なかった」
「そう、なのですね。でも伯父様」
「なんだ」
「それではロズベルさんの為にならないし、罰にもならないと思うのです。個人的に憎い気持ちも有りますけど。周りがどうしてこんな罰を受けるのか、と話をしてもロズベルさんの中では聞いた話程度にしか思えないでしょう。それではきっと罰にならない。彼女がやらかした事をやった本人が理解出来ないなら、それは彼女にとって罰ではなく理不尽な事だと思うのです」
「確かにその通りだ。だが奪った記憶はそのままだ」
ではどうしたらいいのか。伯父様の魔法は記憶の削除・記憶の改竄……記憶の改竄?
「それだわ! 伯父様!」
「なんだ」
突然大声で叫んだ私を伯父様は驚いて応えた。
「削除した記憶をどうにか出来ないなら。作った記憶なら?」
私の発言に伯父様は目を瞬かせてそれから思案げな表情になる。黙り込んだ伯父様は「それなら出来るかもしれない」とポツリ溢した。
「試してみる価値はありそうですか、伯父様」
「ある。シオン帝国のことを知らない事にしたのなら、中枢部も文句はないだろう。幸い削除した記憶は私の魔法で保存してある。その記憶から不自然のないような記憶を作り植え付けるのなら、改竄魔法で出来る。それならば、自分が何をしたのか罪を抱えて生きていけるだろう。ケイトリンは、そうして彼女が生きていく事を望むのだな」
「……はい。私の我儘でしょう。それでも。それがロズベルさんのためになると私は思っています」
「そうかもしれぬ、な」
伯父様は魔法の構築を急ぎ、完成次第ロズベルさんに魔法を使うそうです。タータント国へ帰る前までが期限だから、と。いつ帰るか解らない以上、確かに急ぐ必要があります。私は「お願いします」と頭を下げて後を伯父様に託しました。
今更ながらですが、本作初期は【魔導士】と表現していたのを最近はずっと【魔術師】と表現しています。拙作の他作品で【魔術師】という名称を使っているため混同していました。統一するため【魔導士】ではなく【魔術師】に変更予定です。どこかで見落としていたら【魔術師】だと思って下さい。明確な使い分けをしておらず、同じ意味合いで使用していたので、話に変わりはありません。




