2度目。ーー話が通じないって疲れる以上に怖いです。・3
「はぁ⁉︎ そんなわけないでしょ! アンタは悪役令嬢! ヴィジェストの婚約者で、ヒロインである私を虐めるの! 私とヴィジェストが幼馴染みで仲が良いからって嫉妬する醜い女がアンタなのよ! ヴィジェストに相手をされなくて、私に婚約者がいる殿下に近寄らないで! とか言っちゃう痛い女よ!」
いや〜……こちらの世界ではめちゃくちゃ当たり前のことを言っているだけなのに、痛い女呼ばわりされるとは思ってもみなかったですよ。婚約者がいるという事は、日本でもそうでしたけど、結婚の約束をしているということです。只の恋人同士ではないんですよね。日本ではこちら程、婚約者って一般人には馴染みがないし、こちら程難しい手続きが無いので婚約していても別れるのが簡単ですけど。(あくまでもこちらの世界よりって話ですけどね)
それでも、結婚を約束した間柄。日本でもそれ相応に色々と考えて婚約を取り止めるメリットとデメリットを、比較して決断する人が多かったんじゃないですかね。ましてやこちらの婚約は、王族・貴族は家同士の契約ですからね。結婚する当人同士の気持ちでどうにかなるものじゃないです。お互いに恋情を含めた愛情が入れば良いですけど、それが無くたって互いに家族愛もしくは家族として支え合うための信頼を築き上げるものです。
そうして結婚に至るわけで。こちらの世界では結婚する事が前提なのは日本以上なんですけど。日本でも多分会社の社長みたいな家とかだと、家同士の契約を意味する婚約になるかもしれないですけど、一般人の婚約は当人同士の契約ですからね。そういう感覚のまま、こちらの世界で過ごせば婚約者だからって愛されていないのは可哀想だと見下せるし、愛し合う自分達を引き裂こうとする醜い女が私になりますね、確かに。
という事で、家同士で結ばれた契約なのですから、只の恋人同士よりも婚約者同士の方が関係性は上ですよ。と親切に教えたのですが……。
「ほらやっぱり! そう言っているって事はヴィジェストの婚約者なんじゃない!」
「いえ。ヴィジェスト殿下の婚約者では有りませんし、現在のところヴィジェスト殿下に婚約者はいらっしゃいません」
と、話がループしてしまいました。
「そんな嘘をついても無駄よ! ねぇ、ジュスト! ヴィジェストの婚約者は、この嫉妬深い醜い女でしょ⁉︎」
ジュストに突然噛み付くように尋ねてジュストが逃げ腰になっているのが解ります。でもなんとか留まりましたね。
「い、いえ! ヴィジェスト殿下とケイトリン・セイスルート嬢は婚約していません!」
ジュスト……。噛み付くような勢いだからって噛み付く事は無いと思うよ。そんな震え声で必死に否定されると、なんだか嫌な予感がします。
「そんな嘘は付かなくても良いの! あ、もしかして悪役令嬢が気になるの⁉︎ そうか。そういうことね。ジュストに婚約していないなんて見え透いた嘘を、つかせているのは何故かしら! 何を企んでいるのか知らないけれど、悪役令嬢の思い通りにはさせないわよ! ヴィジェストと結婚するのは、この私! ヒロインであるロズベルよ!」
本当に話が通じません。話が通じないって……疲れる以上に怖いものなのだ、と身に染みて理解しています。何しろ目の前にいらっしゃるロズベルさんは、老け込んでいる所為か、この取り乱し様を見ていると日本人だった頃、昔話で読んだ怖い話に出てくる鬼婆というか山姥というか。そんな存在に見えるんですよ! 怖いっ。それでも……この思い込みの激しいお方をどうしたらいいかな。
「ちょっといいかな、失礼」
私が困っていた所に静かな声掛けで割り込んで来たのは、タニアさんだった。えっ。タニアさん、何を話すおつもりで?
「アンタ、誰よ?」
ロズベルさんが先程までのヒートアップから一転し、警戒心丸出しでタニアさんを見る。ドミーのお兄さんって、ゲームでは登場しないのかな。登場しているならこんな風に警戒しないだろうから……。
「ん? まぁちょっとね。ロズベルに確認したいことがあるんだよね。君の目にはこの世界ってどういう風に見えているの?」
タニアさんは名乗りもせず、ロズベルさんの目の前に座ると、そんなことを突然に尋ねました。タニアさんは目を細めて獲物を狙う獣が如く、ロズベルさんの返答を待っていらっしゃいます。タニアさんのその表情に何かを感じ取ったのか、ロズベルさんが警戒心丸出しでタニアさんの様子を伺いながら、「意味が分からない」と呟いた後に。
「この世界? 私のために存在している世界よ! 私がヴィジェストと幸せになるためにその他は存在している。だから私とヴィジェスト。後は攻略対象と悪役令嬢以外は、モブよモブ! だから皆、同じようにしか見えないわ」
潔いといえば良いのか、何なのか。ロズベルさんの発言は、ある意味では清々しい程の自己中なものでして、私は若干引いてます。




