記念話〜お嬢様を愛でる会〜
記念話です。
時系列はシオン帝国へ向かう前の長期休暇中のとある1日です。
すみません、書きかけをうっかりアップしてしまいました。
「なぁ、アレジ。お前“お嬢様を愛でる会”って知ってる?」
「は?」
それは、ガリアからもたらされた情報だった。なんでもセイスルート辺境伯領にてケイトリンお嬢様を愛でる会なる会が発足しているらしい。ガリアもアレジも初耳だった。領内の事は何でも知っている自負が有ったために、影としての誇りもちょっと……いやかなり傷ついている。
「そもそもそんな会、何故、俺とガリアが知らないんだよ? 俺達はお嬢の側にいるんだぞ?」
アレジの憤慨にはガリアも全面的に同意する。これはちょっと自分達の纏め役であるクルスにも尋ねなくてはならない。急ぎの案件である。
「「クルス。お嬢様を愛でる会って知ってるか?」」
2人が勢い込んで尋ねれば、若干視線に氷の混じったものが入っている気がするクルスから返答がもたらされた。曰く。
ーー知っているのは当然だろう。
である。詳しく聞いてみれば発起人は、デボラとクルスだった。……だから、何故、2人は自分達に話してくれなかったのだろう。という軽い絶望感を2人は味わっている。ちなみに会員は? と問えば、会長はデボラだそうな。そして副会長がクルス。アレジもガリアも開いた口が塞がらなかった。
「ちょっと、なんで俺達は知らされてなかったわけ?」
アレジがちょっと涙目になりながら問う。
「お前達は当主に忠誠を誓う者。俺とデボラはお嬢様に忠誠を誓う者。その差だ。というか、そもそも何故今頃気付いた?」
別に隠し立てなどしていなかった。ケイトリンが学園に入るまでは月に一回は定期報告会も開催されている、かなり長い会である。
「俺とアレジも、主人命令でお嬢様にお仕えしていたけど。そのうちお嬢自身に仕えたいと思ってさ。そうしたらそんな会があるなんて……と思って」
「まぁ我等影は、基本的にセイスルート家に害があるものには敏感だが、無いものには無頓着だからな。気付くのが遅くても仕方ないか」
ガリアの言い訳にクルスも頷く。そう。王家の影とは違い、セイスルート家の影は基本的に誰かの護衛など当主命令でも無い限り行わない。個人ではなく家を守る役目のため、セイスルート“家”に害があれば排除するが、害が無い上にセイスルートの“個人”が対象ならば、興味も湧かない。故に、月に一回集まっていようが、お嬢様やお坊ちゃんに危険が無ければ、興味が無いので放置。
要するに今までは興味が無かったので見過ごしていたのである。ところが、隣国でドナンテル・ノクシオ両殿下に対する態度だったりコッネリ公爵にケンカを売ったりしている姿を見て、ウッカリ惚れ込んだ。影が家を代表する当主以外に仕えたいと思うなんて、クルス1人でさえ前代未聞なのに、アレジとガリアもケイトリンに忠誠を誓おうと最近思いはじめていたのをクルスが知った時には、本当に天地がひっくり返るくらいの出来事であった。
ということで、ケイトリン本人に興味を持った2人の耳に、昔から存在していたケイトリンお嬢様を愛でる会の情報が上がって来た。知らなかったなんて地味にショックではあった。
「ちなみにその会は、次はいつ集まるのさ」
ちょっと不貞腐れ気味にガリアが問えば。
「これからだな」
と、クルスは口にした。えっ⁉︎ 今から⁉︎
もちろん2人は直ぐに入会希望する。入会の条件は“お嬢様をデボラ並みに好き”ということだそうだ。その条件をクリア出来る自信があった2人は、意気揚々と集まりに顔を出した。そして、そこにいた強烈なキャラの面々に若干驚かされた。
「それでは、本日の議題に移らせて頂きます」
と、司会を務めているのは、デボラにも負けない従者愛を持つベルガ。元は農家で小麦を作っていた両親の子である。長身を活かした服装は良く似合いのものであり爽やかさを与えてくる。
議題とはなんぞや?
実はこの会はお嬢様の言動を報告するだけではなく、何かあれば即座に議題として対応策も講じる。そんな会。尚、ルベイオ・キャスベル・ロイスにそんな会は無い。キャスベルは言うに及ばず、ルベイオとロイスは愛でるだけの可愛さが無い。
「本日の議題は猫、です」
司会のベルガが端的に告げた。猫⁉︎
「実は数日前に辺境伯領に迷い込んだようなのですが……」
別に動物が迷い込んでも何の問題もない。それにも関わらず議題として持ち上がるとはどういう了見なのか。
「それには私から説明しましょう」
「「「会長!」」」
黙っていたデボラがここでゆったりとそんなことを言えば、尊敬の眼差しを送る面々。この一言の何処が尊敬に値するのかさっぱり解らないアレジとガリア。場の空気に間違いなく呑まれかけている。ーーこれでもそれなりに腕が立つ影のはずなのに。
ちなみに、この2人が今回の会合に参加出来ているのは、クルスとデボラの後押しが有ったからであり、お嬢様付きの影だ、という事は教えていない。というか、そもそも影の存在は辺境伯家一家と一部の者しか知らないのだから、まぁ影だと言っても通じないだろう。だが、この中にもその影は何人かいて、アレジとガリアは(お前ら何やってんの⁉︎)と内心で叫んでいた。
そんな2人の内心には当然これっぽっちも気付かないデボラが口を開く。
「お嬢様は何処からか迷い込まれたその猫を、とても可愛がっておいでです」
「お嬢様が! なんとそれは尊い! 見たいわ!」
と即座に声を上げたのは、司会者・ベルガ。キャアキャアと華やかな声音で場の空気を静かな物から見事に明るいものへと変えている。だが、誰もベルガのそんな様子を咎める事は無い。寧ろ当たり前のように受け入れている。長身なベルガに初めて会ったとき。ケイトリンがデボラにコソッと伝えたのは「スタイルの良いモデルみたい」である。
そんなベルガはショートの髪と長身の所為なのか、はたまたわりと声が低い所為なのか。れっきとした女性で有るにも関わらず、ケイトリンの前世で言うところの“オネェキャラ”に見えるのである。
昔から長身で髪を伸ばしていても男性か髪を伸ばしているようにしか見られないという過去があり、性別を知らない人からは「男のくせに髪を伸ばしているなんて」等と心無い言葉を浴びせられていた。そんな折である。
ケイトリンがその場に颯爽と現れ、「ケイトリン・セイスルートの名前に誓うわ。人を見た目で判断する者は、自分も見た目で判断されるということを! あなた達の顔は意地悪そうだから意地悪を言うのね!」と一人一人を見回して言い切った。この時、ケイトリンは9歳。だが、自分達を守ってくれる辺境伯の令嬢の名前を知らない者はその場におらず。
居た堪れなくてゴニョゴニョと謝りの言葉を口にしながら波が引くようにサアッと居なくなった。そして残されたケイトリンとベルガ。ケイトリンはベルガが泣いていない事は理解したが、それでも傷ついただろうその心を思いやってポケットに忍ばせておいた包み紙をその手に押しやった。
「じゃあね」
ニコッと笑ったケイトリンの笑顔をベルガはそれ以来忘れていない。ついでに言えばその包み紙の中身は、お菓子だったので。食べるのがもったいなくて1日中悩んで食べた。そしてその包み紙は、彼女の宝箱の中に未だに仕舞われている。で。そんなベルガがデボラの目に止まらないわけがなく……斯くしてベルガはお嬢様を愛でる会の一員となり、今や幹部の1人として活躍している。
というのも。会長・副会長は常にお嬢様の側に居るのでお嬢様が隣国に行っている間や今度はシオン帝国に行くと言うのでその間の会員達を取り纏める役目を、ベルガに託しているのである。これはデボラが直々に任命していた。それだけベルガのお嬢様愛をデボラが認めたということか。とはいえ、自分を超える程、お嬢様を好きな人は居ない、とデボラは自負している。この世でケイトリンお嬢様にお仕えする喜びを感じて一番幸せなのは、自分だとデボラは思っている。
それはさておき。猫の話である。アレジはどんな猫なのか、尋ねてみた。
「それが。お嬢様曰く、まるで人間の言葉を理解しているような賢さだそうです。名前まで名付けてしまわれて」
デボラが若干困ったように笑う。それはそうだ。別に猫を飼う事は悪くないのだが。お嬢様はシオン帝国に留学する事が決まっている。そして、さすがに猫を連れて行く事は出来ない。
「じゃあお嬢様が帰って来るまで我々がお猫様をお預かりします!」
力強く宣言したのは、アレジがお嬢に近づく怪しい女だと思って調べた事のあるスカーレット。何故怪しいと思ったかと言えば、スカーレットは男爵家の令嬢で。辺境の地ではなく王都の貴族街で暮らしていた。たとえ男爵の地位といえど、生粋の王都貴族の一員である。そんな令嬢が隠し切れない貴族らしい所作でケイトリンに近づこうとした。
アレジに目を付けられても仕方ない事だろう。デボラに注意を促してアレジは早速王都の貴族街でスカーレットの評判や目的を探った。結果。何の事はない。スカーレットはケイトリンに惹かれただけであった。10歳直前のとある日。ケイトリンが王都にしか売られていない、お茶を購入するデボラに(無理矢理)くっついて行った事があった。その茶葉を売っている店のちょっと手前で転んだ令嬢をたすけた。
その令嬢がスカーレットである。彼女は石畳のちょっとした段差に躓いて転んでしまい、恥ずかしさから起き上がらなかったのだが、ケイトリンに手を引かれて助けられ、恥ずかしさからお礼も言えなかったスカーレットを気にすることもなく、「ケガがなくて良かったわ」と呆気なく去って行った。その後ろ姿を見送ったスカーレットはそこからケイトリンを探しまくり……
結果的に今はデボラの補佐的な立ち位置にいた。専属侍女とはいえ、デボラもケイトリンの用事で側を離れる事もある。そんな短時間の時にデボラからケイトリンを任される事があった。傅かれる立場から傅く立場になってしまった事に不満は全く無いのだろうか。
アレジはそんな事を考えながら彼女を見ていると当たり前だが、アレジの視線など眼中に無いように無邪気に「お猫様のお名前は?」などと聞いている。
「名前? 確か……リーザ。リーザ、と」
「リーザ様でございますね! リーザ様を必ずや責任持ってお守り致します!」
スカーレットはまた力強く宣言した。
「というか。猫に対してお猫様って……。しかも名前に様付けの猫……」
ガリアがボソッと呟けば、スカーレットがジロリとガリアを睨む。
「私達はお嬢様を愛でる会の一員です。デボラ会長のように毎日朝から晩までお嬢様のお側に居られる事がとても羨ましいのです。ですから、こうしてデボラ会長とクルス副会長からお嬢様のご様子をお伺いする事で、少しでもケイトリンお嬢様に近づきたい、と思っているのです。お分かりです⁉︎ そして、そんなお嬢様が可愛がっておられるのなら、その時点で只の猫では有りません。只の猫ではないならお猫様と呼んでもおかしくないのです!」
「「お、おう」」
この時ガリアとアレジは思った。お嬢様を愛でる会って何気にデボラ並みにお嬢様が好きなのでは⁉︎ と。デボラ1人でも物凄いお嬢様至上主義なのに、それがこの人数……。絶対逆らってはいけない。
でも。彼らに負けないくらい、自分達もケイトリンが大切である。ーーやっぱり愛でる会の会員になれるんじゃん? と彼らは密かに思った。
「ではリーザの件は愛でる会の会員に頼むことにして、次はお嬢様を磨き隊の件ですが」
司会のベルガが締め括り次の議題へと移る。お嬢様を磨きたい? 何それ。と聞いている2人は思ったが、クルスが若干遠い目になっている事に気付いた。
「はいっ」
と勢いよく挙手したのはメラニーである。えっ。メラニーも居たのか! とはガリアであるが、メラニーの方は彼の事を知らない。メラニーは父が騎士爵持ちだが、騎士爵・準男爵は一代限りのもので継承されない。領地も当然無いので父が騎士爵を返上したら平民になるので、10歳の兄と共に8歳から王都周辺の男爵家や子爵家にメイド見習いからスタートし、数年ごとに紹介状を書いてもらってメイドに昇格して、とある子爵家に雇われていた所で11歳を迎えたケイトリンと出会うのである。それには少々彼女にとって辛い出来事が含まれていた。
ケイトリンと出会ったその日は、滅多に辺境領から出てこないケイトリンが王都に来た日で、メラニーは偶然にも王都のとある店近くにいた。そこへメラニーと同じくらいの少女が慌てたように店から出て走って行く。それを目で追ったメラニーが視線を戻すと、その店から出てきた店主に怒りの形相で「返せ!」と怒鳴られた。
何がなんだか分からないメラニー。後から知った事だが、メラニーがすれ違った少女は店の物を盗んでいた。パン屋だったので盗まれたのはパンで。おそらくお腹が空いていたのだろう、と事情を知ったメラニーは思ったものである。だが、その時はいきなり怒鳴られ何がなんだか分からずに怯えていた。
そして警邏隊に連れて行かれてしまうのである。色々と事情を聞かれたメラニーは真実を話したが盗まれた物がパンであっただけに食べてしまった、と結論付けられてしまえば証明のしようがない。子爵家も追い出されてしまうだろう、と絶望仕掛けた所に、警邏隊と店主の前にメラニーと同じ髪色(髪色が同じだったせいで余計にメラニーは疑われていた)の少女を連れたメラニーよりも年下らしき少女が現れた。
この年下らしき少女こそ、ケイトリンである。ケイトリンは偶然本物の盗人と出会い頭にぶつかり、落ちたパンを見て、訝しんだらしい。普通は購入すれば袋に入っているのに剥き出しだったから、と。おまけにぶつかった事に謝りもしないで逃げようとした少女を捕まえて、事情を聞いて少女を説得し警邏隊の所へ連れて来たのである。
こうしてメラニーは冤罪を晴らしてくれたケイトリンに感謝し、素性を知って子爵家を辞して辺境伯家の門を叩いたのである。この時、ケイトリンは王都の別邸に滞在していた事から、メラニーを別邸で雇い入れ……その後ケイトリンが辺境領へ帰る時に、共に連れ帰った。
そんなメラニーは、お嬢様を磨き隊の一員でもある。デボラを筆頭にしていて、お肌のお手入れや髪のお手入れなど、日々「どうしたらお嬢様の美しさを引き出せるか」をモットーにメイド同士のネットワークを駆使して流行を取り入れている。デボラをして「メラニーとスカーレットが居れば、お嬢様のお世話をお願い出来るから私も安心して休めるわ」と言わしめる程である。
尤も「でも、お嬢様の専属侍女は私ですからね」とデボラは専属侍女を誇りに思っているようで、メラニーもスカーレットもまだまだデボラには及ばない事を自覚しているようだ。磨き隊は、メラニーとスカーレットが主なメンバーだが、着飾らせ隊になると、愛でる会幹部のベルガが加わる。ベルガのお嬢様を着飾らせたい! という欲望はデボラもタジタジになるらしく、「今日のお嬢様のドレスはコレ!」とバトルを繰り広げているらしい。尚、そんなバトルが繰り広げられている事は知らないケイトリンが、デボラに「今日のお召し物はどちらが宜しいですか」と尋ねられて10回に3回くらいはベルガが勝利している、らしい。
「お嬢様の髪のお手入れについてですが……」
いつの間にか、肌の手入れに使用している化粧水の新作から髪のお手入れに欠かせない髪の保水液の話になっている。正直なところあまり興味がないアレジとガリアは、クルスが遠い目になった理由がとても良く解った。ちょっと休憩を挟んだ方がいいのではないか、とアレジがクルスに合図をしてその場を中途退席する。
此処は厨房が比較的近いのでそちらへ足を伸ばすとオストがいた。彼はセイスルート家の胃袋をガッツリ掴む料理人である。クルスにしろアレジやガリアにしろセイスルート家の使用人と必要最低限しか接触しない。一応影なので、表舞台にはあまり出るものではないからだ。だが、オストは別である。元々影に在籍していた彼は、任務中にケガを負った。通常の生活は送れても影としては致命的なケガを負ってしまい、生きる目的を失っていた。
死のうとはしなかったものの生きる希望もなかった彼に生きる意味を与えたのは、ケイトリンである。それは些細な一言で始まった。ケイトリンも影と同じような訓練を受けていた頃、オストと同じグループになり、彼が作る野営食が美味しかったのである。故に「オスト。あなた、我が家の料理人になって私に美味しいご飯を作ってくれない?」と何気なく伝えた。この一言で新たな生きる希望を持ったオストは、それからケイトリンのために美味しいご飯、美味しいお菓子、美味しいお茶を淹れる事が生き甲斐なのである。
「オスト」
「なんだアレジか。どうした」
元々影なので、当然アレジの事は知っている。というか、アレジやガリアの教育係であった。なので気兼ねなくお茶を頼んだ。
「そういえば、オストはお嬢様を愛でる会って知ってた?」
「当たり前だろう。俺は隠居だ」
「えっ? 隠居? 何それ」
「要するに会長であるデボラの上だな」
「嘘⁉︎ 俺とガリアは知らなかったのに⁉︎」
「そりゃアレだ。お嬢様を愛でる会は、逆を言えばケイトリンお嬢様に心底惚れた連中ってことだ。俺の雇い主は当主様だが、俺が仕えたいのはケイトリンお嬢様ということだな。お前たちというか、影は、本来当主のみに忠誠を誓う存在だ。実際俺も影だったときは、当主に忠誠を誓ってた。だからお前たちが知らなくても仕方ない。おそらく見聞きしても大切な事ではないから、記憶に残らなかったのだろうし」
「そう、ですね」
「何もおかしくない。影は、当主に忠誠を誓うと教育されているからな。クルスみたいに当主以外に忠誠を誓う事そのものが珍しいんだ。無いわけではないが、殆ど無い。だからお前たちが知らなくても仕方ない。というか寧ろ、何故お前たちの目に止まったのか。そちらの方が疑問だ。当主以外の事なら、敵意や害が無いなら気にしないのに」
オストに言われてアレジは頬を掻いた。それだけでオストは理解したらしい。成る程な、と呟いてそれ以上は何も尋ねて来なかった。お茶を運んで休憩を挟んでいた所。
オシアとライアが仕事に戻る、と退出していく。2人とも元は辺境領地内の平民だったのだが、ケイトリンと幼馴染みで仲が良かった。どちらも子沢山の家の子で貴族とは違い、政略結婚の駒などにはならないが、幼い頃から家計を助けるために働いている。とはいえ、子どもが働いてもらえる給金は当たり前だが少ない。そこでどうしようか、と頭を悩ませていた折にケイトリンに愚痴を溢した所、あれよあれよという間に辺境伯家で雇われていたのである。
メイド見習いから始まったライアと、実は計算が得意だったため、その計算力を使って執務官見習いを始めたオシア。互いに互いを支え合い、今や立派なメイドと執務官である。仕事に戻る2人を見て、「本日の会はここまで」とベルガが締め括った。
さて。愛でる会に初参加したアレジとガリアは、先輩であるクルスの元に向かう。デボラはケイトリンの専属侍女になる少し前までアレジとガリアと同期だったので、実はクルスとデボラの関係よりも余程気心知れた仲である。とはいえ、デボラが元はアウドラ男爵の娘だと解っていたから、適度な距離を保っていたが。
「毎回こんな感じなら楽しいですね」
「毎回こんな感じだ。悪くない」
ガリアがクルスに問えばクルスも真顔で頷いた。そこに現れたのは、ベアーナ・マリー・ロシュである。この3人は3人共クルスが教育係として育てた影見習いである。ベアーナは諜報活動に適した有能な人材だ。
ベアーナは変装が得意なため、そういった諜報活動の場合、クルスから期待されている。任務を恙無く終えて報告をすると、「ベアーナは今回も頑張ったな」と頭をポンポンと撫でるクルス。今回は任務のためにお嬢様を愛でる会に出られなくなる事に気付いていたクルスは、お嬢様大好きな部下を労るつもりで、頭を撫でたのである。
ベアーナ・マリー・ロシュは元々孤児だ。孤児院育ちで3人仲良く育ってきた。ところがある日孤児院にやって来た大人がロシュを連れて行こうとした。それも孤児院の院長が必死で止めているにも関わらず、である。逃げ出した3人が辺境領地の中心部まで来た時に、珍しく兄と弟と3人で外出していたケイトリンと出会し……怯えた3人を宥めつつ、事情を尋ねても答えない3人と、とにかく遊んで。3人の心が緩んでようやく事情を聞いた。
この時、ケイトリンは12歳。兄・ルベイオと共に辺境領の孤児院を調査するよう父に訴えた結果。3人が育った孤児院は判明した。その孤児院の院長をセイスルート辺境伯自ら訪れて、今回の一件について知る事になる。なんでもロシュはとある貴族家の双子の弟で。兄を跡取りに決めたその貴族家は、双子の弟は育てる事を放棄した。跡取りは既にいるし、ロシュには姉が更に2人居て金銭的に厳しかった。そうしてロシュを辺境領の孤児院に託したのだが、この度、ロシュの双子の兄が流行り病に罹り儚くなってしまった。
それ故にロシュを無理やり連れて行こうとしたわけだが、これにはセイスルート辺境伯自らが間に立ち(自らの手で子を手放したくせに、都合が良過ぎる! と一喝して)貴族家に手を引かせて、ロシュを保護するつもりでマリーとベアーナも引き取る事にした。そうして彼らは影の見習いからスタートしたのである。
そんなロシュは、連れ去り事件からトラウマになってしまい、女性の姿を取る事になっていた。とても良く変身するため、女性だと思って声をかける男の多いこと。そんなわけで彼は必然的にハニートラップを仕掛ける諜報活動に駆り出されるようになった。
女性が好きであり、女装したロシュを男性が口説くのは常の世も可愛い子には声をかけろ、ということなのかもしれない。何にせよ、日々の努力は認めるがいかんせん、おっちょこちょいな性格のロシュを見て、ついつい溜め息をこぼすのがクルスである。見込みはあるのに、何故なんだ。と思ってしまうクルス。愚痴を吐き出さない代わりについつい、若干冷ややかな目でロシュを見てしまっていた。
そして最後の一人であるマリーは尋問に向いていた。彼女はその明るい性格と無邪気な性質で形成された雰囲気に男女問わず惹かれっぱなしで、おかげでちょっと水を向ければ、あっという間に情報を渡してくるのである。その日のデートという名の情報収集も見事で「よくやったぞ」と手放しでクルスに褒められたのであった。
そんな3人をアレジとガリアも微笑ましく見守っている。彼らからすれば後輩にあたるので、ついつい、3人の様子を気にしていた。だからその成長を間近で見られてしみじみとしていた。
さて。そんな3人を見送ったアレジとガリアは、無事にデボラとクルスから会員入りを認められて、晴れて愛でる会に入会した。
ーーこれは、お嬢様がシオン帝国に留学する直前のとある日の一コマである。ケイトリンが居る限り、愛でる会の解散は無さそうである。
お嬢様を愛でる会に入会された皆様、ありがとうございました。少しは日頃読んで下さっている皆様への感謝になったでしょうか。お読み頂きありがとうございます。




