2度目。ーーその人と会うのは、実は初めてでした。・10
「それで、お嬢様。指令の内容は?」
あ、そこまで話してなかったっけ。お兄様がシオン帝国に来るって内容だけで話が終わっていたわ。
「それがねぇ。シオン帝国で一番高い宿で一番高い部屋を取れ、ですって」
「それは確かに面倒な」
本当にあのお兄様が書いたのかしら、この手紙。筆跡はお兄様のものだけど。こんな無茶な事を言うような人ではないはずなのに。お父様が脳筋だから、息子であるお兄様は少しばかり考える癖と冷静になる癖が出来ていたはずなのに。手紙の内容は、筆跡がお兄様のものだけど、いつものお兄様らしくないのよね。違和感有りまくり。
それに妙に手紙の文面に余白が有るというか……。余白? それにカサカサしてる? 紙がこんなにカサカサしてるなんて……。
そこまで考えた私は、ハッとした。2度目の人生の始まりは8歳。前世の記憶すらも持ったまま唐突に始まった。その前世の記憶を活かして、8歳だった私は、炙り出しをお兄様やロイスに教えた事がある。柑橘系の果物の汁で文字を書いてそれを炙り出すと紙に字が浮き上がるアレだ。
この妙な余白といい、変にカサついた紙といい、まるで何か仕掛けがあるように見えた。
「デボラ。火」
「火、でございますか?」
私の単語に首を捻ったデボラも、手紙と私を交互に見て、ハッとした。そう。あの炙り出しの遊びには、デボラもその場で見ていた。直ぐに私の意図に気付いたのだろう。寮内の部屋が燃えないように、お風呂場で火をつけた私達は慎重に紙を炙った。
浮き出た文字にやはり炙り出しだったか、と納得する。数枚に渡る紙を全て炙って火の始末をしてから、お兄様の本当の手紙を読む。
「成る程ね」
「そういうことでしたか」
一緒に覗き込んでいたデボラも、溜め息をついてヤレヤレと首を振った。炙り出しによる本当の手紙の内容は……。
「シオン帝国に行く、と暴走したのはお父様でそれを止めるのが大変だった、と」
「おそらくルベイオ様がこの部分を炙り出しにしたのは、別れの挨拶をせずに出立したお嬢様への嫌がらせでしょうねぇ」
デボラの言う通りだろう。何も言わずに出立した私なので、お父様が暴走してシオン帝国に来ようとした。それを止めるのが大変だった、と炙り出しに書かれている。炙り出しにしたのは、意趣返しとみるしかない。見送りくらいさせろ、という無言の抗議(炙り出さなければ見えなかった真実なのだから無言の抗議なのだと、思う)だという事。
そして。
シオン帝国一の宿と部屋の件だが。
「帝国一の宿と部屋を取るのは、ウチが破産するからやめてくれ、か」
という事が炙り出しによって書かれていた。炙り出しに気付かず指令通り帝国一の宿の部屋を取っていたら。私がどうにかしてお金の都合をつけなさい。という意味の事が書かれていた。
「ルベイオ様は……さすが、あのセイスルート辺境伯様の御子息ですね。割と鬼畜です」
デボラがしみじみと言うけれど、割とじゃなく鬼畜だ。そんなに私が何も言わずに出立したことが腹立たしかったか。セイスルート家が破産するような金のかかる宿の部屋を取らせようとして、私が本気になって本当に部屋を取ったら……その上でその支払いは私自身でなんとかするように、と言うわけだから割とではなくガッツリ鬼畜だと思う。
でも一方で。炙り出しで大事なことを書いてきたということは。私が炙り出しに気付くと思っての事だろう。それは小さい頃の記憶を簡単に引っ張り出してくれるくらい、お兄様は私の事をきちんと考えて見てくれていた証拠のように思えて嬉しかった。思い出が直ぐに出るくらい、私の事を大切にしてくれているみたいで。
なんだかロズベルさんの話やマリベルさんの話などでささくれだっていた気持ちが、癒された。但し。
そんな私の気持ちを嘲笑うかのように、再びマリベルさんとの話し合いの日程が決まり、マリベルさんと会った時に……あのシオン帝国が付けたマリベルさんの監視役と話をして、再び気持ちがささくれ立つとは、この時点での私は知る由もなかった。




