2度目。ーーその人と会うのは、実は初めてでした。・1
最終章に突入しました。
年齢は変わりません。
髪といい、肌といい、ツヤがまるでなくて表情も暗い。ーー失礼なのは百も承知で私が抱いた感想だった。マリベルというのがロズベルさんの母親の名前。
「もう貴族では無いので家名は名乗らない事をお許しくださいね」
名前しか名乗らないから、私は目を瞬かせ。それに気づいたのか薄く微笑みながらそう言う。……貴族ではないことに衝撃を受けた。此処は、向こうから指定された部屋。生活感がまるでない所から、おそらくこのためだけに存在している。
何しろ、私とジュストとドミーとタニアさんとマリベルさんが個別に座れるソファーに、5人の中央に置いてあるテーブル。それと私たちにお茶を給仕する執事見習いが1人。見習いだと思うのは、洗練さが無いからだけど、もしかしたら彼女に付けられた監視役なのかもしれない。だとすると、監視が主だから最低限の事が出来る程度の給仕なのも肯ける。まぁ供されたお茶は美味しいので文句は無いけど。
取り敢えず、私たちも自己紹介をすれば、マリベルさんは名乗った私を驚いたように見てきた。
「何か」
「セイスルート辺境伯様のご令嬢……。失礼ながらヴィジェスト殿下のご婚約者の?」
「いいえ。ヴィジェスト第二王子殿下と婚約はしておりません」
「そう。……やっぱりあの子の妄想なのね」
私が否定すれば、マリベルさんは困った子、とばかりに溜め息をついた。その表情に諦めの感情が浮かんでいる。
「あの、妄想とは」
取り敢えず其処から取っ掛かりを掴むべきで、誰が最初に質問するか私は3人に視線を向ける。すると、大きく頷いたのはジュスト。そういえばなんでだか張り切っていたよね、今朝から。そう思っていたらジュストがそんな風に問いかけていた。
「あの子……ロズベルの妄想癖のことです。あなた方はタータント国の国王陛下の命を帯びていらっしゃるのでしょう?」
私とジュストはヴィジェスト殿下だけど、ドミーとタニアさんはその通り。この人は一体、何をどこまで知っているのか。
「そう、だとしたらどうされるのです?」
ジュストが変わらず質問していく。
「どうもしないわ。陛下から直々に手紙を頂いていたのよ。近いうちに私の命を帯びた者が其方へ向かう。あくまでも密命のため、中枢に関わる使者ではない、と」
つまり如何にも使者らしき人物ではない、と判断出来たのだろう。付けられた監視経由で私たちがシオン帝国に入国してきたことで、私たちの誰かが国王陛下の命を帯びた者だと判断して接触してきた、というところか。となると、ドミーかタニアさんが主導で話を進める方が良いだろう、と考える私。ジュストも2人に視線を向けている所から察するに、譲ろうとしたのだろう。
それを受けて先ずはドミーが口を開いた。
「申し訳ないのですが、話を順序良く聞かせて頂くために、あなたが結婚してからの事を教えて頂いて宜しいですか」
ねぇドミー。其処でそんな風に優しく微笑むの、必要だった? ちょっとさぁサービス精神旺盛じゃないかなって思うの。見てみなよ、マリベルさんってば顔がめっちゃくちゃ綺麗なドミーに微笑まれて頬を染めてるじゃん。なんで他の女にそんな笑顔を向けるかなぁ。……という内心を顔には出さず、私はにこやかにマリベルさんの話を待つ。
腐っても元王子妃候補者。腐っても貴族令嬢なので顔に出していない自信は有るのだが、デボラが見たら速攻で内心を読まれている可能性は高い。そのデボラはお留守番をしてくれている。クルスには影ながらついてきてもらっているので当然この部屋には入れない。おそらくドア向こうで話を聞いているのだとは思うのだけど。
「そう、ですわね。ちょっと恥ずかしいですがお話させて頂きますわね」
なんて言いながら、手で髪をササッと直して頬を染めたままドミーに視線を合わせた。ほぅらぁ。ドミーが自分の顔面偏差値に頓着しないで微笑むからマリベルさんが見惚れちゃったじゃないの。という愚痴も心の中だけに留めておいて。
「私が旦那様……ワイアット子爵・ロゼルタ様に見初められたのは、社交界デビューを果たした年のとある夜会での事でした。まだその頃は子爵令息であり爵位は継がれておられなくて。私は貧乏とまではいかないけれど裕福とも言えないサザール男爵家の私生児でした」
やはり私生児でしたか。まぁそうですよね。隣国の前王弟殿下の娘らしいという推測をしていましたからね。
「母は最後まで私が誰の娘なのか喋りませんでしたが。母からもらった形見であるロケットペンダントの中にあったどなたかの紋章を見て、結ばれる事が叶わないような高貴な方なのだろう、と思いました。今となっては父と母がどのように出会い、交流を重ねて私を身篭る事になったのか。何も聞けませんが」
前王弟殿下はご存命ですが、マリベルさんの年齢から察するにマリベルさんの母親と前王弟殿下が出会った頃は、ご結婚されていたかご結婚される直前だったのではないか、と思います。仮にご結婚前だとしたら、たとえ王家でも不貞を理由に婚約者様からかなり責められるだろうし、結婚後だとしても3年も経たずに側妃を迎えられるわけがない。おそらくはマリベルさんの母親は、身を引いたとみるべきだろう。そして未婚の母となったのだろう。その決意には頭が下がる。
貴族令嬢が結婚もしていない、ましてや婚約もしていないのに子を身篭った。世間から後ろ指を刺される生活を送っていたと思われます。
最終章ですが、最終話では無いのでもう暫くお付き合い願います。
お読み頂きまして、ありがとうございました。




