2度目。ーー新たな留学先は通称魔法学園と呼ばれています。・15
遅くなりました。すみません。
「ドミトラル様……」
呟くように溢れた名前が地面に落ちて砕けただろうか。それとも砕ける前に散ってしまっただろうか。それくらい自分の声なのに弱々しく聞こえて。自分の耳に届いた途端に私は来た道を走り出した。
「お、おいっ!」
ジュストの焦った声と「えっ、えっ⁉︎」と戸惑うバレンザさんの声は耳に届いたけれど、私の足を止める事など出来ない。来た道を走って途中で宿から来た道と合流したところで宿まで駆けていく。歩く人がこちらに驚いた表情で顔を向けて来るのを交わしながら、とにかく部屋に駆け戻った。
「お嬢様っ⁉︎」
驚いた表情のデボラを見てようやく私はーー安堵と悲しみとよく解らない怒りと戸惑いと苦しさと……何よりもその姿が見られた嬉しさが一遍に胸中に吹き荒れて、どうしようもなくデボラに泣き喚いて縋り付いた。
「お嬢様?」
戸惑って遠慮がちなデボラの呼びかけに応えなくちゃ。とは思う。でもどうしても今の私には出来なくて。背中をさすりながら何も聞かないで泣かせてくれるデボラは、やっぱり実の姉より姉らしい。
どれほどそうしていたのか分からないまま、多分私は幼子のように泣き疲れて寝てしまったのだと思う。いつの間にかベッドの上で……微かな話し声に起こされた、と思う。
「お嬢様は今、お休み中でしてお引き取りを」
デボラの固い声に相手はジュストかもしれない、と察する。いきなりあんな風に走り出した私だ。迷惑をかけただろう。声の聞こえ方からしてドア向こうだ。ゆっくりと身体を起こして「デボラ」と呼びかける。慌ててドアを開け中へ入って来たのが聞こえた。昼前に出かけ太陽が出ている所からそんなに時間は経っていないはず。
「お嬢様っ。お目覚めですか⁉︎」
「ごめんなさい、心配かけて。ジュストが?」
「はい。それと女子寮の寮長さんが」
「そう。入ってもらって」
私が部屋に通すように言えば、何やら言いたげな顔をしたけれど、私の姿を見苦しくない程度に整えて2人を通してくれた。
「すみません。急に駆け出して」
「いいえ、ケイトリンさん気にしなくて良いわ」
「ケイトリン、具合が悪かったのか?」
「ええ、ごめんなさい。急に気持ち悪くなって。バレンザさん、また後で案内をお願い出来ますか?」
「もちろんよ! 体調が整ったらで構わないわ。私も直ぐに戻るわけではないし、魔法学園もまだ始まらないもの。旅の疲れが出たのかもしれないわね。数日はゆっくりしてね」
「ケイトリンも一応人間なんだから」
「ちょっとジュスト、人を人外みたいに言わないでよ」
バレンザさんの優しい気遣いの言葉にじんわりと心が暖かくなったところで、ジュストがそんな軽口を叩く。私はきちんと人ですが!
「人外みたいだからな。まぁでも、人間なんだからさ、きちんと休め」
揶揄うような口調の中に響く案じる声音に言い返す事も出来ず、私は素直に頷いておく。そんな私を見て2人が安堵の顔を浮かべたから「ご心配をおかけしました」と頭を下げれば、よく休むように言われて部屋を出て行った。デボラが私を窺うけれど、問い質して来ないのは、多分、私が幼子のように泣いたからだと思う。
「デボラ」
「はい」
「あなたのお茶が飲みたい」
「直ぐにお淹れしますね」
デボラが淹れてくれたお茶を飲んであの光景を思い出す。ツッと涙が溢れていく事を止められないまま、傍らのデボラに聞かせるというよりも自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「彼をーーあの、方を先程見かけたの。距離が離れていたけれど。彼の顔を見分けられる距離。私には気付いていなくて……彼と同年代くらいの女性と腕を組んで、笑顔で歩いてた」
「それ、は……」
何故シオン帝国にいたのだろう。
何故画家ではないの?
何故女性と一緒なの。
その人は誰?恋人?
私を……覚えてない?
あなたは今何をしているの。
幸せ、ですか?
その女性があなたを幸せにしてくれるのですか?
私ではあなたを幸せに出来ませんか?
いくつもいくつも質問が胸に浮かぶ。でもどれもドミトラル様に会っても尋ねられないと思う。ーー怖くて。
ああ、だけど。それでも。
私は2度目の人生でもドミトラル様が居てくれた事に感謝してしまう。1度目の人生で過ごした私との記憶が無かったとしても。嫌だけど、今も胸がジクジクして斬られたように痛むけど、それでも。あなたをこの目で見られて2度目の人生でもあなたが存在していた事が、何よりも嬉しいなんて。
私らしくない。逃げ出すなんて。
それは解っているのに、考えるより先に身体が動いた。逃げる事を選んだ。まるで恐怖から逃げ出す者のように。本能的な行動だった。会えて嬉しいのに恐れていた事態が、私以外の女性と共に居る彼の姿が、思いの外ショックだったみたい。あれほどそんな事もあるかもしれないと、想像してシミュレーションしてそんな事が起きても大丈夫だ、と自分に言い聞かせて来た事を無かった事にさせられた。
私は、私が自分で認識している以上にドミトラル様をお慕いしていた、みたい。
「今だけ……」
「お嬢様?」
「今だけ、恋を失くしたどこにでもいる女の子で居させて。明日からは、きちんとセイスルート家の令嬢・ケイトリンに戻るから」
辺境伯家の、武勇を誇り民と国を想うセイスルート家の令嬢に戻ってみせるから。
ーー今だけは、失恋した女の子で居させて下さい。
私はデボラに震える声でそう頼むしか、無かった。
昨夜から頭痛が断続的に続いてまして、頭痛薬は飲んだのですが、執筆に集中出来ずすみません。夜の更新はお休みさせて頂きます。偏頭痛持ちで良くある事なのですが、ご迷惑をおかけします。
また、前話の更新でモヤモヤした方用に、と活動報告コメントを開けておりましたが、後程(今日中には)コメント欄を閉じさせて頂きます。




