2度目。ーー何故もっと早く動かなかったのでしょう。・2
ドアをノックする音と共にデボラが入って来た。少し驚いた後でホッとしたように笑う。
「お気付きになられましたか、お嬢様」
「……心配かけたわね」
「お嬢様が気を失うんです。余程の事が有ったと思いますよ。ーーあの坊ちゃん王子に何を言われたんですか、ケイトリン様」
微笑みを浮かべていたのに、ヴィジェスト殿下に何か言われた事を確信して問うて来るデボラの目は真剣で……それ以上に、ヴィジェスト殿下を場合によっては暗殺しそうな目をしている。そんな目をして尋ねて来る事を諫める立場なのに、不覚にも嬉しいと思ってしまう私は……未熟者なのかもしれない。
「……殿下が、ね」
「はい」
「ヴィジェスト殿下が、仰ったの。あの、方が……ドミトラル様が行方不明だ、と」
ポツリと零した言葉が床に当たって砕け散ったような感覚がする。それだけ、私の中では信じられなくて、怖くて、受け入れられない事実。
「……なんだ、そんな事ですか」
「そんな事って……!」
勇気を出して話したのに、デボラがもっと重大なことかと思った、とばかりに気の抜けた返答をして、そんな事扱いして、酷いと言い返そうとしたのに。デボラは不思議そうに私を見て首を捻る。
デボラは彼を知らないし、私がどれだけ彼を支えにしているか知らないから、そんな事が言えるのよ。そう叫びたかったけれど結局私とデボラは他人だもの。誰にもこの気持ちは解らない、と諦めて言葉を失くす。
「お嬢様。言いたいことを我慢するのはやめて下さい。思ったことをはっきり言わないと、いつか抑えきれなくなりますよ。ホラ、何を言いたいんです?」
デボラの揶揄う口調に乗せられるように、私はムッとしながら口を開く。
「どうせ言っても分からないわよ。彼がどれだけ私の支えになってるか、とか。結局皆他人だから私の気持ちは解らないもの!」
「あらまぁ。随分と子どもっぽい考えをしていましたね。お嬢様は大人びていて子どもっぽさが無いから、ある意味で心配でしたけれど、そんな子どもっぽい所が有って安心です」
なんだかデボラがバカにしているのか呆れているのかそんな口調になって私に言い聞かせてくる。……私は何歳の子どもなのか。心の何処かでそう冷静になっている部分が有るのに、それでも、私は子どもじゃない! とムキになって反論しようとして……デボラが柔らかく笑いかけて来て、言い返す気が削がれてしまう。
「まぁそんな子どもっぽい所が有るのは安心ですけどね。お嬢様。行方不明程度じゃないですか。死んでるというわけでも生死不明というわけでもない。ただ行方が分からないだけ。そうでしょう?」
「それは、そう、かも、しれないけど」
デボラの言い方だと大したことないって思えるんだけど。……大したことない話、じゃないのに。
「あらあらまぁまぁ。普段冷静なお嬢様にしては珍しい。まぁそれだけその方はお嬢様にとって大事な方なんでしょうけどね。お嬢様、もう一度言いますよ? ただ行方が分からないだけの話でしょう? 探せば良いだけのこと」
「それは……」
確かに、それだけの話、だ。
「お嬢様。何のために影がいるんですか。しかもケイトリン様に忠誠を誓った影ですよ? 辺境伯当主じゃなくて、お嬢様個人に忠誠を誓ったクルスは、あれでも若手の影の中で随一ですよ?」
「あれでも、は、無いんじゃない?」
デボラの諭すような言い方に、私はようやくクスリと笑って、クルスのために言っておく。
「やっといつものお嬢様らしくなりましたかね。ねぇ、お嬢様。ドミトラル様、でしたか。その方がどう行方不明になったのか、それによって探し方も変わりますけどね。あの坊ちゃん王子が行方不明だと言うならば、タータント国内には居ない事は確定でしょう。でも逆を言えば、国外は分からないわけです。隣国を含めて探してない国ばかりでしょう。その方が自分から国外に出たのか、誘拐されたか何かで国外に出たのか。考えて行動する事は沢山有りますよ。気を失ってる暇があります?」
「無いわ」
そうだ。行方不明と言われてショックだったけれど、国外に居る可能性が大きい。探してないのに悲観的になる理由なんてどこにもない。時間は有限だ。こんな呑気に倒れている場合じゃない。
「元に戻りましたかね。……全く、倒れたお嬢様を見た時は、もしや筆頭婚約者候補者の座を降りるどころか、無理やり婚約者にされたかと思いましたよ。よっぽどあの坊ちゃん王子を暗殺しようかと思いましたね」
デボラの言葉にハッとする。……そういえば、結局筆頭婚約者候補者を辞めたいって宣言しただけで、きちんと了承はもらっていませんでした。……もしや未だ私は筆頭婚約者候補者のまま、なのでしょうか。




