2度目。ーー婚約者候補者達とのバトル・9(ヴィジェスト編)
「素敵なブローチですね。見事な細工から見るにメーブ領の職人の物ですか?」
取り敢えず取っ掛かりとしてブローチに水を向ければ、侯爵令嬢さんは虚を突かれたような顔をしながらも「ええ」と頷いた。メーブ領は小さいながらも一点ものの細工を取り扱う装飾品で成り立つ子爵家の領地である。先程脳裏に浮かべた例のお金持ち令嬢さんが、正しくメーブ家のご令嬢。
一点ものしか取り扱わないので、数こそ限りが有るものの、その代わり他の誰も持ち得ないという謳い文句で貴族達の心を擽るので、結果的に桁外れのお金持ちの出来上がりになった。メーブ子爵の手腕よね。貴族達の大半は“他の誰とも同じではない”という所に惹かれる。だから価格も高めでも気にならない。だから多少吹っ掛けられても支払う。だからといって相手が支払えない金額を提示することもない。その辺の見極めが上手い。
「まぁ田舎育ちのあなたでは手の届かない代物ですわね! メーブ領の物だと見受けられただけ、教養があると思ってあげるわ」
それはどうもありがとうございますー。心の中でお礼を言って私は話を続ける。
「メーブ領の細工物は隣国でも人気で、持っていらっしゃる方を何人も見かけたもので」
これは嘘じゃない。メーブ領の物は隣国でも人気で、私はクラスメイトからメーブ領の細工物の素晴らしさを聞かされた上で、お土産を強請られた。一点ものの高価な細工物を土産に渡せるわけないでしょ! と口から出かかったのを辛うじて止めた私は、「メーブ子爵様と関わりがないから」とあしらった。4.5人程そう言って断った。
「そういえば、あなた隣国に留学していたわね」
さすが、情報をきちんと把握していますね。大事なことですよ。
「ええ」
「あれかしら。やはり姉君との噂通りという事かしら?」
「噂、ですか?」
あー。キャス姉様、噂になっているそうですよぉ。
「あなたがお父上に泣きついて姉君を貶めて病弱の姉君を無理やり学園に放り込んだ、とか? 姉君がそう仰っている事を聞いている人が多いわよ? 嫌ねぇ。姉を苛めるなんて」
はぁー。お姉様、素晴らしく自分本位な噂しか流していませんね。
「それが真実だとしたら、お兄様がお姉様を叱っているという噂はご存知ない、と?」
「それはあなたがルベイオ様にも泣きついて姉君を虐げていらっしゃるのでしょう? 可哀想に。ルベイオ様も騙すなんて悪女ですこと」
「……それ、本心で言ってらっしゃるなら噂をきちんと聞いていないのと同じですわよ。お兄様がお姉様を叱っていらっしゃるのは、私が泣きついたから、ではなくて、お兄様と同学年のイルヴィル殿下のお耳に入って不興を買わないため、ですわ。お兄様自身が私を含めた家族にイルヴィル殿下を含めた御学友にそう伝えている、と申しておりました」
私が淡々と噂集め不足を指摘すれば、侯爵令嬢さんは頬を真っ赤に染めて声を荒げた。
「嘘仰い! あなたが姉君を苛めているのは周知の事実ですわよ! 意地の悪い性格を何とかなさいな!」
そこまで言われるとねぇ……。私はお茶会に参加していて同席の他のご令嬢達に視線を向ける。ヴィジェスト殿下と同い年の方もいれば、ヴィジェスト殿下より年下の方もいるけれど、私や侯爵令嬢さんのように学園に通っている年齢の方もいる。という事でその方に水を向けてみた。
「失礼ながら、そのような噂が学園に蔓延しておりますの?」
家格は当然ながら侯爵令嬢さんより下だが、私と同じ伯爵位のご令嬢さんは、静かに首を振った。
「いえ。私が耳にしているのは、辺境伯令息様が令嬢である妹君の言動に頭を悩ませている、というものですが」
やっぱりこの方に狙いを定めて正解でしたわね。彼女の家は法に詳しい家柄で、嘘偽りを好まないのです。お父様は法の番人と噂されていらっしゃる方ですし、この家の方が口を開いたならば、その言に嘘偽りは無い、ということ。だからこそ、曖昧なことは仰らずに口を閉じている。
つまり、この方が口を開いて仰った事は真実と言っていい。きっとお兄様がボヤいた事を直接耳にしたか、相当お兄様に近しい方から聞いたのでしょう。曖昧な噂ではなく、信用出来る方の言なればこそ、彼女は口を開いたに違いない。この方が黙っていたならば、私に不利でした。そしてこの方が口を開くのは半々でした。
一か八かの賭けに勝ちましたわ、私。




