2度目。ーー招待状という名の腹黒からの召喚状。・7
「1つは君が本当に人生をやり直しているのか。つまりケイトリン・セイスルート嬢の記憶の有無を確認。これはまぁ信じられないが私とシュレンしか知らない事を知っている以上、信じよう。そしてもう1つ。これは兄として聞きたい。ケイト。ヴィジェストの婚約者にはなりたくないのか?」
「はい」
その事ですか。
それがこの召喚の本題。それならはっきり言わなくてはならないでしょう。私は即答してからイルヴィル様に微笑みかけた。
「私はヴィジェスト殿下に初対面で愛する者が居るから婚約破棄を、と告げられました。それでもヴィジェスト殿下のお顔に一目惚れでございました。だから国王陛下もご存知なのか。慰謝料は支払ってもらえるのか。尋ねたところ、婚約継続と相成り……。他に好きな方が居ても“婚約者”である私をそれなりに大切にして頂けると思っておりました。ですが」
「蔑ろにされていた」
「はい。それに私はある日ヴィジェスト殿下が甘やかな笑みを女性に向けている姿を目撃しました。あれは初顔合わせから1年半くらいでしたかしら? いえ、もっと早かったでしょうか。もう忘れてしまいましたが。あの時は殆ど会う事もない上にあんな笑みを浮かべた殿下を見た事が無かったので。……ああ私ではダメなのだ、と知りました。衝撃は受けましたが納得も出来て。あのような笑みを浮かべる程、お相手がお好きならば私は諦めるべき。だからそこから先は王家とセイスルート家のために婚約を維持していこう、と」
「それは……その時の事は私も知っていたのか?」
「いいえ。シュレン様には私の恋心が消えた経緯はお話しておきました。簡単に破棄も解消も出来ない王族の婚約ですから、維持はしますが想いは消します、と。もし殿下が望まれるなら側室としてお相手をお迎えすれば良いとも思っている、ともお話しましたが、イルヴィル様にはシュレン様が黙っている、と」
イルヴィル様が無表情で何か言おうとされて、結局諦められました。
「それから私は18歳を迎えた年にあの方にお会いしました。あのお方と他愛ない話をする日々が、私の心を慰めて下さいました。ヴィジェスト殿下の婚約者でありながら、別の方をお慕いしてしまった私は、浮気者でございましょう。たとえヴィジェスト殿下に恋人がいるからと言って、私まで別の方をお慕いするのは、拙いことでした。解っていても惹かれる心は止まりませんでした。もちろん、想うだけ。私の口から伝える事はしませんでした」
イルヴィル様が嘆息し、トントンと頬杖をつきながら人差し指のご自分の頬を突かれています。ああ、これはどうにもならない話を聞いてもどかしい、と苛立つ際のクセでした。
「イルヴィル様、お腹立ちなお話を聞かせてしまい、申し訳ない事を」
「……ああ、そうか。私のクセも知っていたんだね? だがケイトに苛立ったわけではないよ。あまりにもヴィジェストが幼稚で苛立っていた。秘めた想いまではとやかく言う気は無いよ。寧ろそんな扱いをされていたんだ。心くらい自由で構わない。それでも君は最後までヴィジェストの婚約者だった。そうだろう?」
イルヴィル様は私の最期について、ヴィジェスト殿下からお聞きしていると仰います。
「私も咄嗟の事でしたから。ヴィジェスト殿下を庇い落命するとは思いもよりませんでした。……刃物に毒が塗られていたようで、刺された痛み以上に全身に……」
あの時の事を思い出すと、息が苦しくなります。恐怖も思い出しますし、毒の苦しみも思い出して呼吸が出来なくなります。
「無理して話さなくていい」
私の取り乱し具合に焦った声でイルヴィル様が仰います。私は頷いてそれ以上は黙りました。ずっと執務室の片隅で気配を消して存在しないものとして振る舞っていたデボラとクルスの気配が揺れているのにも気付きました。でも今は2人に配慮出来ません。
これでも、再びケイトリンの人生を送っている事に気付いた8歳から、何度も何度も最期を夢に見ました。その度に目覚めて眠れなくて。でも眠ろうと暗示をかけて強制的に目を閉じてきました。それだけでも身体の負担は違いますから。そうしてやって来れたのです。これくらい大したことじゃありません。
「もう下がって良い。ケイトが再びヴィジェストの婚約者の座に着く事はない、と言うことは理解した。それさえ解ればヴィジェストを説得するのは私の役目だ」
意識が少し朦朧としながらも、イルヴィル様のその言で私はデボラとクルスに支えられながら退室しました。だから意味を把握し損ねていました。ヴィジェスト殿下を説得するという意味について……。
今夜また更新します。




