10-4
キャラバンの後ろにも大きな猪が現れた。
雨に濡れた毛皮が嫌な感じの光を放っている様に見えた。
突進して来て、馬車の横っ腹に頭突きをする。
それなりに荷物が積まれている車体は重く、大きく揺れはするが、倒れることは無い。
しかし、左の車輪が破損した。
中に乗っているリーナ達が悲鳴を上げる。
ぶつかった猪も痛かったのか、一旦走って離れる。
だが、気性の荒い猪はUターンして再び突っ込んでくる。
御者台の上からカレンが矢を放つ。
撃ち下ろす形なので背中に矢が突き刺さる。
猪は悲鳴を上げるが、走る勢いは落ちない。
むしろ怒りでスピードを上げる。
分厚い毛皮には風魔法で威力を上げた矢も少ししか通っていない様だ。
「た、助けてくれ!」
御者の男の人が馬車から転げる様に降りてこちらに助けを求めてくる。
邪魔だ!
私の前を塞ぐ形になった彼を私は邪険に押し退ける。
って言うか、あんた馬を押さえてなさいよ!
前方を別の馬車が塞いでいるので暴走はしていないが、馬はひどく怯えている。
リーナとユキが何とか宥めようとしている様だった。
猪が二度目の頭突きを馬車に入れようとしている。
私達は御者の人が邪魔になって、間に合いそうにない。
カレンが二発目の矢を射るが、魔法の連発が間に合わなく、風魔法の補助なしで放った矢は、毛皮に弾かれてしまった。
「私が何とかする!」
リーナが馬車から下りる。
魔法の杖を振り回して、突っ込んでくる猪の顔面を殴りつける。
彼女は近接用に棒術のスキルを持っているのだ。
顔面を引っ叩かれれば猪も怯む。
しかし、スピードの乗った巨体は直ぐには止まらない。
流石にリーナも突進して来る猪の真正面に居たりはしないので、猪は彼女の横を転がりながら馬車に激突した。
車輪がさらに破壊される。
猪が頭を振りながら立ち上がる。
「ヤバイかも・・・」
目の前に居るリーナが立ち竦む。
馬車の上から見るのと、同じ目線で見るのでは迫力が違うだろう。
人間相手ならともかく、この大きさの猪相手に棒術だけではどうしようもないように思われる。
「俺が相手だ!」
叫びながら、キハラが間に割って入った。
構えた槍はどこにでもある量産品だ。
転生時に槍術スキルを取った彼には初期装備としてかなり良い槍が有ったはずだが、それは例の食い逃げ騒動の時に取り上げられてしまったそうだ。
猪が突進して来る。
キハラが避けると後ろに居るリーナが危ない。
彼は覚悟を決めて姿勢を低くして槍を構えた。
「地縛魔法!」
私が猪の足を止めるために魔法を使うが、レベルが低いのでほんの少し勢いを弱めた程度だった。
猪とキハラが激突する。
頭突きを食らったキハラが吹き飛ばされた。
助走距離が短かかったのでそれ程の威力は無かったが、彼はリーナの横を飛んで行き地面に倒れる。
ユキが何か大きな魔法を使おうとしているが、リーナが近過ぎて撃てないでいる。
ようやく間に合った私が、キハラの代わりに猪の前に立つ。
しかし私は直ぐに手にした棒を降ろした。
猪は口から血を噴き出して倒れる。
喉にキハラの槍が突き刺さっていた。
頭を低くして頭突きの形で突進して来るその更に下に槍を滑り込ませてから突き刺した様だ。
一瞬の間にこれが出来るとは、貰ったスキルを錆びつかせない様にちゃんと鍛錬していたのだろう。
「ふう、流石だね」
私は猪から視線を外し、後ろを振り返る。
地面に倒れている彼を見る。
そこで、私は血の気が引く思いをした。
キハラが倒れたまま動かない。
破れたズボンが赤く染まっていた。
猪の牙で足を切ったらしい。
内腿の太い血管が通っている所に当たったらしく、かなりの出血をしている。
「リーナ!治癒魔法を!」
私の言葉にリーナも彼の状態に気付く。
恐怖から倒れた猪を見ていた彼女だが、慌てて彼の元に駆け寄る。
包帯や縛るものを用意する暇も惜しいので、私は傷口を手で押さえて止血する。
急がなければ失血死しかねない。
「治癒魔法!」
リーナが魔法を使う。
杖に付けられた魔石が光り、彼女の最大のスキルである治癒魔法が発動する。
傷は直ぐに塞がっていく。
流れ出る血も止まる。
「いてて、花畑に死んだ曾婆ちゃんが見えた・・・」
キハラが、そう言いながら上体を起こす。
血を失って貧血気味なのか、頭を押さえている。
彼を気遣ってカレンとユキも馬車から降りてきた。
キハラが御者をする馬車が街道を進んで行く。
キハラの隣にカレンが座り、私達三人は荷台に乗っている。
馬車は一台だけで、他は居ない。
五台編成だったキャラバンの馬車の内二台が走行不能になってしまったので、前の街から馬車職人を呼んで修理してもらう事になったのだ。
無事な三台の馬車で全部の荷物は運べないし、積めない荷物を捨てて行くことも出来ない。
馬車二台の損失の上に、荷物まで失うのは許容できない様だった。
なのでキャラバンの人達は話し合って、時間と費用が掛かっても修理する事に決めた。
馬車職人を呼びに行っている間、荷物を放置しておいて盗まれてもいけないので、見張りに残る人も必要だ。
だが、それには大人数は必要ない。
キャラバンのリーダーさんは私達の事情を知っていたので、無事な馬車の内一台に私達が乗って先行して進むことを提案してくれた。
私達の日程にはそこそこ余裕が有ったが、それでも時間を無駄にするよりは良いので、提案を受けた。
御者兼護衛にはキハラを指名した。
「干し肉食べるか?」
カレンがキハラに食べ物を勧める。
「ああ、ありがとう」
彼がそれを受け取る。
破れて血まみれになったズボンは別のものに履き替えている。
「喉が渇くでしょ、水もどうぞ」
リーナが水筒を差し出す。
「血が足りないなら肝臓とかが良いんだっけ?」
解体した猪から分けてもらった肉や内臓とかを見ながら、ユキがそう言う。
「生はマズいでしょう。夕食に焼いて出そう」
私がそう言った。
急に優しくなった私達に、キハラは少し落ち着かない感じになっている。
「そうだ、これ、俺の治療に魔石を使っただろう、治療費代わりにしてくれ」
キハラが魔石をリーナに差し出す。
彼が仕留めた猪の魔石は彼の取り分となったのだ。
「いいよ、私を助ける為に負傷したんだから、治療するのは当然だし」
リーナは遠慮する。
そう言われて、キハラはすごすごと魔石を引っ込めた。
彼に対する女子達の好感度は少し上がったが、まだまだぎこちない感じだ。
雨上がりの街道を、ゴトゴトと馬車は進んで行った。




