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春日部てんこの異世界器用貧乏  作者: O.K.Applefield
10章
98/215

10-3


「いやあ、うちの若いのが失礼しました」

 その日の午後、立ち寄った街の食堂で昼食をとった後、私たちの乗る馬車の御者が代わった。

 キャラバンの少し年嵩の男の人だった。

 私はまた御者の隣に座っている。

 雨はまだ降っているが、午前よりも少し弱くなった感じだ。

 キハラは昼食後に担当の馬車を代わってくれるよう他の人に言ったらしい。

 後ろに乗っている三人が彼に対してやいのやいの言ったのが、効いたみたいだ。

 好感度のあまり高くない女子の群れに男が一人で挟まるのは想像以上に厳しいらしい。

 なまじ知り合いなのも話をしなければいけなくて大変だったようだ。

 よっぽど上手くやらない限り、現実にはハーレム展開なんて無いもんなんだな。

「いえ、特に問題があった訳ではないんです。同い年の女子四人と一緒だと彼もやりにくかったみたいで・・・」

 馬車の中のリーナがそう答える。

 この状態になって、彼女も少し言い過ぎたと反省しているみたいだ。

 せっかく再会できたクラスメイトに、悪い事をしたなとは思う。

 後で謝っておこうか。

「ところで、お嬢さん、バリス公国の貴族様ですよね?半年前の公国からの造船債から次の債権が発行されてませんが、次は何時ごろ発行されるかご存じありませんかね?」

 御者の人がリーナに聞いてくる。

「え?ええと、うちは所詮男爵家ですので、そう言う話は分かりかねます」

 男爵令嬢に偽装しているリーナがそう答える。

 面倒な質問は大体そう言う感じで誤魔化すようにすると良いと、ベルドナ公国諜報部のクレスさんから言われていた。

「チッ」

 彼が舌打ちした。

 馬車の中のリーナ達には聞こえなかったかもしれないが、隣に座る私にはハッキリと聞こえた。

「それでは、お嬢さんはベリーフィールド家の知り合いでしたよね?」

 今度はそう聞いてくる。

 リーナは今回、バリス公国ラング男爵家の令嬢という事にしている。

 ラング男爵家は本当に存在していて、ベリーフィールド家の知り合いと言うのも本当だ。

 その縁で、今回の事も了承してもらっている。

「は、はい」

 リーナが返事をする。

「それじゃあ、去年あたりに魔法学院で開発された『冷蔵庫』の秘密は知りませんか?あれにはベリーフィールド家と婚姻したファーレン家の令嬢が関わっていると聞いたんですが?今はローゼス商会だけが独占していて、うちでは参入できないとうちの上の人達が言っていて・・・」

 とか、聞いてきた。

 『冷蔵庫』に関しては私達はがっつりかかわっているから、かなりの事を知っていて、教える事も出来るが、簡単に教えていいものやら迷う。

「あれの権利は王立魔法学院が持ってて、権利料を払えば誰でも設計図を見れる筈だよ。ただ実際の製造に関してはそれなりの技術力が要るから、簡単じゃないだろうね。それに関しては自分等で試行錯誤するしかないと言っておくよ」

 リーナに代わってユキが答える。

 この世界、少なくともベルドナ王国では特許と言うものはないし、販売されている冷蔵庫を手に入れて調べれば模倣することは出来るだろうが、部品の精度は職人の腕が良くないと満足なものは出来ないだろう。

 元学長が製作を依頼した職人を探し出して、速攻で押さえに行ったローゼス商会はその点流石である。

「チッ」

 彼はまた舌打ちをする。

 なんか感じ悪いな。

 さっきの話からすると、サムソンさんに造船債を無理に買わせようとしていたのって、この人か?

 まあ、造船債については色んな商人の間で流行っているので、そうとも限らないか。

 少しでも自分の利益になる情報を手に入れる為なら、なりふり構わないのが普通の商人なんだろう。

 一応、貴族の令嬢の振りをしているリーナには気付かれない様にしているけど、その使用人役の私には気を付けないところは詰めが甘いとしか言えない。

 こちらから有益な情報が得られないと分かると、彼は口を開かなくなった。

 その方が鬱陶しくなくて良い。

 この人に御者をしてもらうよりは、キハラに謝って戻って来てもらった方が良いのかも知れない。

 私はそう考えた。


 御者が黙り、馬車の中でリーナ達が他愛の無い話をしながら、しばらく進んだ。

 急に隊列の前の方で、悲鳴が上がった。

「モンスターだ!」

 先頭の馬車の馬が棹立ちになっている様だった。

 御者の人が私達の馬車を停める。

 私は御者台の後ろに横にして置いておいた木の棒を手にして立ち上がった。

 私は護衛役とは言え、キハラとかキャラバンの護衛も居るので、先端に短剣を付けて槍にするような武器化はしていない。

 弓はカレンが持っているので、私の弓は今回は持って来ていない。

 なので、私の武器はこの棒か、リーチの短い短剣しかない。

「カレンはここで馬車を守ってて!」

 弓と矢筒を手に馬車の中から私の隣にやって来た彼女にそう言って、私は一人で地面に降りる。

 先頭の方ではキャラバンの人達がワーワー言っているが、なんとか対処している様に見える。

 モンスターは一匹だけの様だ。

 私自身あんまり危険な事はしたくはないんだが、それ程の脅威は無い相手の様だし、どんなモンスターか確認はしておいた方が良いと思ったのだ。

 前に方に行くと、大きな猪が暴れているのが見えてきた。

 この世界でモンスターと言われるのは、通常の生物の内、長い年月を生きて体内に魔石と呼ばれる魔素の結晶を持つに至った物である。

 普通の野生動物に比べて強力ではあるが、その特性は元の生き物と大きくは異なったりしない。

 猪のモンスターであるそれは、普通の猪より大きく見えたが生態は猪そのままだった。

 猪突猛進の言葉通り護衛の人達に向かって、突進している。

 直線的な動きなので、直前で避けるのは容易い。

 とは言え、避けると後ろに被害が出る。

 馬車を引いていた馬は車から離して避難されているが、残った荷車に猪がぶつかって破壊されている。

 それ程の大きさの猪だ。

「不味いな・・・」

 私が呟く。

 猪は雑食性である。

 狼の様に肉食ではない。

 同じ雑食の熊とも少し違って大型の哺乳類を狩ったりすることは無く、植物以外は昆虫やミミズなどを食べる程度の雑食だ。

 それの何が不味いかと言うと、猪が人間を襲う場合は相手を食べようとしている訳では無く、自分の身や縄張りを守る為に攻撃してくると言う事だ。

 捕食の為の攻撃なら、勝てない、つまり相手を食べられないと悟るとそれ以上は襲ってこない。

 だが、自分の身を守る為の攻撃は、必死であるために勝てる勝てないにかかわらず、引くことが無い。

 猪突猛進とは相手を倒さない限り自分の安全は無いという考えに視野狭窄している状態であるので、対処が難しい。

 それでも、野生動物の襲撃くらいはたまに良く有る事ではあるのだろう、キャラバンの護衛の人達は猪の突進を避けながら槍などで少しずつ傷を与えながら相手の体力を削って行く。

 何度目かの攻撃で、猪のモンスターが倒れる。

 人的被害はなく、私の出番も無かった。

「あーあ、馬車がボロボロだな」

 猪が動かなくなってから、キハラは突進を受けた先頭の馬車を調べる。

 片方の車輪が完全に破壊されている。

「どうするの、これ?」

 同じように覗き込みながら私が聞く。

 車輪もそうだが、車軸まで壊れていてすぐに直せそうには見えない。

「そうだな、この車両は破棄して、荷物は他の馬車に移せば何とか全部運べるか。乗客が乗るスペースは無くなるから、申し訳ないが皆さんには歩いても貰う事になるかな」

 キャラバンのリーダーの人がそう言う。

 まあ、それくらいは仕方ないか。

 私がそう思った時、

「キャー!!」

 隊列の後ろ、私達が乗っていた馬車の方から悲鳴が聞こえてきた。

「もう一匹居たのか!?」

 キハラが叫び、そちらに走って行く。

 私もその後を追った。


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