10-2
「礼尾太郎か、そう言えばそんな人もいたね」
「インパクトは有るから名前だけは覚えてるんだけど、顔が思い出せん」
リーナとカレンがそう話している。
私達は王都の南方にあるとある村で夕食の準備をしている。
ここは小さな村で、一軒だけある宿屋は食堂が無くて、自分達で自炊するタイプの宿だった。
一つ手前の街には大きな宿も有ったのだが、全員馬車に乗っているので移動速度が速かったのでそこは通り過ぎて、この村まで進んだのだ。
私の鍋に自分達で持ってきた干し肉、キャラバンから分けてもらった豆、村で買った葉物野菜を入れて煮ている。
他は王都で事前に買ってきた堅パンのメニューだ。
「緑川君か、私もよく覚えてないな」
竈に掛けた鍋をかき回しながらそう言う。
竈の使用料は宿代に込みだが、薪は別料金なので、最低限の煮炊きにしている。
アレな名前に関しては私も同じだが、その名前ををからかわれない様に気配を消していたのも同じなのだろうか。
「そうだな、俺も初め分からなくて、向こうから声を掛けられて気付いたんだ」
キハラがそう言う。
他のキャラバンのメンバーは別の竈で料理をしているけど、知り合いのよしみでキハラとは一緒に食事をすることにした。
具材に火が通ったところで、バターといつものスパイスミックスを入れる。
「これから行くバリス公国のある男爵に軍師として仕えているらしい。行ったら会ってみるか?」
彼は自分の食器を持ち、早く料理を食べたそうにしている。
「軍師?王様とかもっと上の貴族じゃなくて、男爵程度に軍師とかって要る?」
私は彼の器に肉と豆と野菜のスープをよそってあげながら、そう聞いた。
「さあ、そう言う事は俺には分からないから・・・」
そう言いながら、キハラは待ちきれなかったと言う感じで器を受け取り、スープを掻き込む。
私達もそう言うのは良く分からないけど、一度戦争に参加した経験から言うと男爵って十数人から多くて三十人程度の小さな部隊を率いている感じだった。
多分、村程度の大きさの自分の領地から徴兵して来た兵士なんだろう。
その上の将軍クラスの貴族の命令で動いていたし、その規模で軍師が居るとは思えない。
「あいつね、三○志とか信○の野望とかの戦略ゲームが好きで、諸葛亮とか司馬懿とかに憧れてたんだ。それで多分、この世界に来たのを機に軍師に成ろうとしたけど、王様とかには相手にされないで、って言うか、そんなコネなんかなくて、男爵程度にしか売り込めなかったって事だろう」
保存性の為に水分が少なくなる様に焼いた堅パンをスープに漬けて柔らかくしながら、ユキがそう言った。
「へえ、頭良かったんだ」
リーナがそう聞く。
「いや、成績は中の上くらいだった。ゲームをやってるとこは見た事ないけど、中学のクラスメイトに自慢気に話しているのを聞いた事が有るから上手いんだろうけど、ゲームと実際の戦争は違うから、どの程度この世界で役に立つかは分かんないな」
ユキがそう言った。
「まあ、上手くやれてるかは会ってみれば分かるか・・・」
ベイクド・ビーンズ風になった豆をスプーンで掬いながら、カレンがそう言う。
「いや、仕事を片付けるのが先だから、わざわざ会いに行く必要も無いでしょ」
スープを吸って柔らかくなったパンを食べながら、ユキはそう言った。
それもそうだ、ベルフォレストさんの叔父さんを連れてくる仕事が上手く行ったら、帰りにでも寄ってみれば良いか。
「もし会うなら、レオ太郎呼びはしない方が良いぞ、怒るから。今はレオンとか名乗ってたな」
キハラは私達が作ったスープと堅パンを交互に食べながらそう言った。
「それにしても、これ美味いな。肉とスパイスの組み合わせが良い・・・」
私達は竈が在る炊事場の小さなテーブルで、そのまま食事を取っている。
キャラバンの人達は自分達で作った分を外に持って行って、馬車の中や、野外で食べている様だ。
宿の部屋数も少ないので、彼等の内の大半は馬車の荷台で寝る事になる。
私達はお客さんなので中のベッドで寝るが、キハラは荷台の方に行くことになる様だ。
流石に男子と同室は出来ない。
夏だから寒い事も無いし大丈夫だろう。
「ちょっと寒いかな」
馬車の御者をしているキハラの隣に座り私はそう言った。
雨が降っている。
今日はカレンに代わって私がこの位置だ。
雨具代わりに革のマントを羽織っているが、夏でも濡れると少し冷たいかもしれない。
「大丈夫?代ろうか?」
幌馬車の中のカレンがそう言ってくるが、
「大丈夫だよ。護衛役は交代でって事にしたじゃない」
私はそう答えた。
「取り敢えず危険もなさそうだし、御者だけ居ればいいんだから、春日部さんも中に入れば良いんじゃないか?」
隣で馬の手綱を握るキハラがそう言う。
彼も雨具を着込んで、二頭立ての馬車を操っている。
御者のスキルはこの仕事に就いてから覚えたと言っていた。
「そんなに強くない雨だし、こういうのも悪くはないかな」
私はそう答える。
確かに少し寒いかもしれないが、夏の暑さに慣れたからそう感じるだけで、凍える程ではない。
道の脇の麦畑とその向こうの針葉樹の林、降り注ぐ雨が弱い風に吹かれレースのカーテン様ににたなびくのが見える。
麦藁の帽子と皮のマントで雨を弾きながら見るこういう景色も私は好きだ。
雨に打たれながらも十分な装備で完全に濡れることは無い、それでいて顔の下あたりは少し濡れる、でもそんなに不快ではない感じ。
自然の驚異とギリギリのところに居る感覚だ。
少しぬかるむ道をゆっくりと進む馬車の上から私は風景を見る。
そんな自分の横顔をキハラがじっと見ているのに私は気付いた。
やばい、変な奴と思われたか?
私が彼の方を向くと、彼は慌てて視線を逸らした。
なんだろう?
「ちょっとキハラ、てんこちゃんを変な目で見ないで!」
リーナが彼に注意する。
「い、いや、き、昨日作ってもらった料理が美味しかったなって、思ってただけだよ」
なんか、どもりながら、キハラは言った。
「いいや、その目は下心がある目だ」
カレンもそう言う。
なんだろう、みんな私をキハラからガードしようとしているみたいだけど。
「旅先で材料も調理器具も限られてるから、大したものは作れなかったけど、あれくらいで良いなら、目的地に着くまで作ってあげるよ」
私がそう言うと、
「ああ、他の奴らと違って、女神だ・・・」
彼は大げさに喜んでくれた。
リーナとカレンは険しい顔になる。
そんなに彼の事、毛嫌いしなくても良いと思うけどな。
そこで、ユキが口を開いた。
「あのね、てんこちゃんがあんたに優しいように見えるのはね、ただ興味がないだけだからだ。どうでもいい対象だから、社交辞令で言ってるだけだって気付け」
その言葉に、キハラは凄く落ち込んだ顔になった。
ユキもそこまで言わなくても良いと思うな。
確かにそれ程興味はないし、彼には元クラスメイトくらいの感情しかないけど。




