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私達はデリン商会のキャラバンに同行して王都から出発した。
行く先は沿岸諸国の内の一つ、バリス公国だ。
もちろん対外的に私達の正体は隠しておくことにしている。
偽装する身分はバリス公国の某男爵の令嬢とその友人、それと護衛や身の回りの世話係という事にした。
令嬢役はリーナ、その友人がユキで、護衛がカレン、私はお世話係と言う役だ。
単純に見た目からそう言う事になった。
お嬢様っぽいのはリーナかユキだし、弓を持っているカレンは護衛っぽい、そして、鍋とか背負っている私はご飯係と言うか雑用係と言うか、そんな感じに見えるだろう。
そりゃそうさ、無駄に背が高くて、鍋なんか背負ってるお嬢様とか普通居ないだろ。
ともかく、そう言う一行という事にして、各国を観光で回っていると言う設定にした。
ベルドナの王都に在った大聖堂みたいなのは各地にあるみたいで、それらを見て回るのは少し上流の庶民から貴族の間での娯楽になっているそうだ。
もちろんワーリン王国にもそう言った宗教施設が在るそうで、今回ベルドナの大聖堂を見て一度バリス公国に戻り、そこからワーリン王国の方にも観光に行くと言うシナリオだ。
バリス公国の偉い人達には根回しは済んでいると言う話だった。
数台の馬車が連なるキャラバンの最後尾の一台に私達は便乗させてもらっている。
もっと上の貴族なら自前の馬車で旅をするが、男爵クラスならこう言った商会のキャラバンについて行くこともあるらしい。
「なあ、これはどういう事だ?」
御者台に座る男の人が、私達に聞いてくる。
「それは、私達も聞きたいわね」
護衛役として御者台の隣に座るカレンが彼に聞き返す。
実は彼、私達の知っている人だった。
キャラバンに紹介された時、メンバーの中に彼を見付けて驚いてしまった。
知り合いだったという事にして(実際知り合いなんだが)、私達の乗る馬車の御者にしてもらった。
黄原駿、元クラスメイトであり、私達と同じように地球からこの世界に転生して来た一人である。
「俺か?リーナは知ってるだろうけど、こっちに来てすぐは赤城と青山とツルんでたんだけど、金が無くなってしまって食い逃げしたら、赤城は街の衛兵に殺されてしまって、俺と青山は捕まってしまった」
キハラがこれまでのいきさつを話し出す。
ここまではリーナからも聞いている。
「で、一週間の強制労働の後、解放されたんだが、その時働いていた倉庫の伝手でここの商会のキャラバンの護衛兼荷物の積み下ろし役として雇ってもらってるんだ」
「青山君は?」
リーナが聞く。
カレン以外は幌馬車の荷台に、荷物の木箱なんかを椅子代わりにして乗っている。
もちろん乗り心地はあまり良くない。
「暫くは一緒にやっていたんだが、なんかこの仕事は合わないとか言って、何処かに行っちまったな」
キハラがそう答える。
「俺の話はこんなもんだ。で、そっちは?男爵のご令嬢一行ってのはどういう事なんだ?」
その問いに、私達はどう答えたらいいか迷う。
正直に全部話す訳にはいかないけど、だからと言って、同じ転生者である彼に男爵令嬢一行と言う嘘は通じようがない。
いや、今の私は男爵ではあるんだが、キャラバンの人達に話したバリス公国のではなくて、ベルドナ王国ので、令嬢ではなく男爵本人であるので、ややこしい。
「まあ、私達も色々有ったのよ。闇医者やったり、猟師をしたり、傭兵だったり、王都でうどん屋やったり」
リーナがそう答える。
「うどん屋?あの王都で最近人気の店か?俺も何度か食ったぞ。スープパスタとか言ってたが、完全にうどんだったな。そうか、お前らが関わってたのか」
「そう、それ。ユキちゃんが勤めていた食堂で、そこのご主人に教えたの。で、私達はその食堂で再会して、今はみんなある貴族のお屋敷でメイドをしてるわ」
「へえ、それが何で男爵令嬢?」
「そこの奥様が病弱で、余り出歩くことが出来ないの、キハラ君達に挨拶した時に言った様な観光旅行は無理なんだって。それで、私達が代わりにあちこちの大聖堂とかに行って、スタンプを集めて持って行ってあげようって事になったの。あと私達がお屋敷で良く働いたから、慰安旅行ってのも兼ねてる」
リーナはペラペラと嘘を並べ立てた。
だが、なかなか良く出来た嘘だ。
大聖堂のスタンプって言うのは本当にある。
この世界の宗教は熱心な信者が少ない代わりに、観光とかに力を入れているみたいで、各施設で相互に協力して、そう言ったスタンプラリーみたいなのをやって、お布施を得ているらしい。
「でもそれ、お前らが身分を騙る必要が有るのか?」
キハラが鋭い突っ込みをする。
「そこはアレよ。この国とワーリン王国って今仲が悪いじゃない。だから、両方と国交が有って中立のバリス公国の人間に成りすました方が便利って事。ワーリンの施設のスタンプは今この国では入手が難しいから貴重なんだって」
リーナがそう返す。
「へえ、そうなんだ」
手綱で馬を操りながら、キハラがそう言う。
「この話は他の人に言っちゃだめだぞ、デリン商会の上の方には話は通してるけど、本当はあんたみたいな下っ端にはオフレコなんだからな」
ユキが念押しでそう言う。
「へいへい、了解しました、お嬢様」
キハラが投げやりに返事をする。
「それはそうと、あんた、リーナに言う事があるんじゃない?」
カレンが、隣に座る彼にそう言う。
明らかに険のある言い方だった。
「え?なんだっけ?」
キハラが聞き返す。
本当に気付いてないみたいだ。
「あんたらが食い逃げとかしたお陰で、リーナは街を出なきゃいけなくなったの!」
「治癒魔法師は要らないって、仲間外れにしたのも有るだろ」
カレンとユキがキハラを責め立てる。
「あ、ああ、そうか、悪かった」
二人の剣幕に彼はタジタジになる。
「いいよ、そのお陰で、てんこちゃんに会えたし」
リーナはそう言って、許した。
「いや、本当に悪かった」
キハラはもう一度謝る。
一応ちゃんと反省はした様だった。
「ところで・・・」
彼が続けて口を開く。
「リーナと、秋元、冬野は分かるんだが・・・、そこの背の高い美人は誰だったっけ?」
私を指してそう聞いてきた。
はあ、やっぱり分かってなかったか。
確かに高校入学後一月しか一緒に居なかったし、前はかけてた眼鏡は今はしていないから分からないのも無理はない。
私が背が高くて目立つのが嫌で地味眼鏡を装っていたのもある。
だが、美人ってのはなんだ?今でも地味だと思うんだが?
「春日部天呼です」
今更名前を名乗る。
「ああ、そんな名前の奴も居たか。こんな美人だったっけ?」
馬車の中を覗き込むようにする。
また美人とか言った。
こっち見るな。
自動車とかと違って、馬が自分で道なりに走ってくれるからと言って、よそ見運転していい訳じゃないだろ。
「てんこちゃんは前から美人だろ!」
カレンがキハラの足を蹴る。
フォローのつもりでカレンはそう言ったのだろうが、やっぱり美人とか言われるのは慣れない。
そりゃ、不細工とか言われるよりは良いけど、自分としては普通位だと思うのだが。
ブスではないが平均的?
目立たないモブ顔だと自負していたんだけど・・・
「今更、気付いておべっか使ってもダメだからね」
「そんなだから、モテないんだよ、キハラは」
リーナとユキがキハラにダメ出しをする。
女子に散々言われて彼は意気消沈して、前を向く。
「そう言えば、他のクラスメイトには会った?」
キハラが話題を変えてくる。
今ここに居るのが五人で、他には死亡一名、行方不明になったのが一名か。
「黒井君と白鳥さんは知ってるよ」
リーナが答える。
今居る場所も教える。
彼が二人に会いに行ったら、さっき言った嘘もバレるだろうけど、その時には私達の仕事も終わってるだろうから良いか。
「俺の方は、緑川に会ったことがあるぞ」
キハラがそう言った。
「緑川?緑川礼尾太郎か?」
ユキが聞き返した。
そう言えば、ユキは緑川礼尾太郎君とは同じ中学だったかな。




