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色々準備をして、王都から出発する前日、私達はベルフォレスト卿の屋敷に招かれた。
「諸君等へのこの国からの報酬は有ったが、当ベルフォレスト家からの報酬が無いのは私の矜持が許さないのでね」
ベルフォレストさんはそう言って、夕食を振舞ってくれた。
会食のテーブルにはロナルド・ベルフォレストさんとその奥さん、娘さんと息子さんが着いている。
奥さんはサリーさんと言って、腹黒髭子爵には似合わない様な線の細い美人だった。
娘さんはどちらかと言うと父親似のきつめの美人で、歳は私達と同じくらい。
名前はマリーさんと言うらしい。
例のワーリンのスパイを見つけたは良いけど、大声を上げて逃がしてしまった人だ。
息子さんはアンドリューさんと言う名前で、お姉さんのマリーさんよりは大分年下に見える。
上座らしき方にベルフォレスト卿が座り、隣に奥さん、娘さん、息子さんの順で座っている。
その向かい側に、私達が座る。
一応四人の代表である私が、卿の向かいに座った。
出された料理はベリーフィールド家での食事とは少し違う味付けだった。
ワーリン王国を脱出する際に家族だけではなく、料理人を含む家来達も一緒に脱出して来たという話だった。
これはワーリン風の料理みたいだ。
「我が家はベルドナの国王陛下には子爵の地位の保障と、この屋敷を賜ったが、まだ領地の都合が付いていなくてね」
メインディッシュが終わる頃に、ベルフォレストさんが話し出した。
「王宮に出仕して雑務などをして糊口をしのいでいる所でね、大したもてなしも出来なくて申し訳ない」
そう言って、頭を下げる。
それでも、料理はそれなりに美味しかった。
子爵ともなるとその領地は、私達の様に村一つ程度と言う訳にはいかないみたいで、それこそエドガーさんみたいにそこそこ大きな街とそれを含む地方でなければいけない様だ。
王様の直轄領から分ける事になるのだろうけど、それだけの領地となると色々選定とか手続きとか大変みたい。
「それで、今我々の財産と呼べるものは脱出の際に持ち出した分だけしかないのだが、こんな物で良ければ受け取ってほしい。王国とは別に私からの報酬だ」
ベルフォレストさんがそう言って、綺麗なペンダントを一つ出してきた。
金と銀の彫刻に大小様々な宝石が嵌め込まれている。
良く分からないけど、かなりの値打ち物だと分かる。
「お父様っ!それはお母様がお嫁入りの時に持ってきたと言う物じゃないですか!?」
マリーさんが大きな声を出して立ち上がる。
「そうだ。叔父上の救出を依頼するのだ、これ位の対価を払わねばならない」
ベルフォレストさんは冷静にそう言う。
「はしたないですわよ、マリー。席にお着きなさい」
お母さんもそう言う。
どうやら夫人は既に了承している事らしい。
だけど、そんな大事なものを貰うのは気が引ける。
何か思い出の品なのだろう、マリーさんは納得できないと言う顔をしている。
「え、ええと、どうする?」
私は隣に座るユキに聞く。
「そうだねえ・・・」
ユキは私の前に置かれたそのペンダントを横から手を伸ばし取った。
自分の目の前に持って来て、じっくりと見る。
リーナとカレンも席を立って、ユキの椅子の後ろからそのペンダントを見た。
「綺麗ねえ」
「幾ら位するんだろう?」
うっとりとした感じでそれを見つめる。
「うむ、堪能したわ」
十分見たところで、ユキはそれを私の前に戻す。
リーナとカレンも何も言わないで、席に戻った。
つまりこれは、私に一任したという事なのだろう。
なんだろう、今回に限らずだが、名前だけのリーダーのはずなのに、いつの間にか私が最終的な判断をすることになってる気がする。
「・・・受け取れません」
私はそう言って、それをベルフォレストさんの方に、押し返す。
「何故だね?宝飾品には興味が無いかね?」
彼がそう聞いてくる。
「は、はい、見ての通り田舎者なので・・・」
どう答えていいか分からないので、取り敢えずそう言ってみる。
「しかし、それでは私の気が済まない。宝飾品は要らないとしても、売ればそれなりの金額にはなる。知り合いの貴族、ベリーフィールド卿やファーレン卿の奥方にでも買い取って貰えばいいだろう。私はまだこの国の貴族とは親しくないので直接売れる相手が居ないのだ」
ベルフォレストさんがそう言う。
ペンダントはまた私の方に寄越された。
「ええと、もう既に男爵の地位を貰ってますし、今回の旅費も十分貰ってるので、お金には困っていないって言うか・・・」
私は何とか断ろうとする。
「そうですわ、もう十分に報酬は支払われているのでしょう。これ以上我が家から払う必要などありません。大体、お父様は既にこの国の子爵に成ったのですから、格下の田舎男爵など顎で使ってしかるべきです!」
両親から言われて静かにしていたマリーさんが、再び口を開く。
自分で田舎者と言っておいてなんだけど、ちょっとカチンときた。
「マリー、私はそう言う権力をかさにきて他人に言う事を聞かせる前の国のやり方が嫌で、この国に来たのだ。身分の差が有ったとしても、人に何かをさせるにはその見返りが必要なのだ。利益が無いのにただの命令だけで動く者は居ない」
ベルフォレストさんが彼女をたしなめる。
大分打算的な理屈だが、ある意味正論ではある。
つまり彼は利益第一主義なのだ。
それは自分の利益だけではなく、他者の利益も大事にすると言う徹底した主義なのだろう。
「そうですよ。それにまだ領地の無い私達より、小なりと言えど既に領地をお持ちのてんこさん達の方が立場が上とも言えます」
奥さんのサリーさんもそう言った。
さて、これでまたペンダントを返しづらくなる。
私は、両親から窘められてもまだ納得がいっていないと言う顔をしているマリーさんを見た。
周りに気付かれない様に、溜息をつく。
有りがちな解決策だけど、こうするしかないか。
私は、宝石が嵌め込まれたその結構な重さのペンダントを手に取った。
「では、これは有難く頂戴します。それで知り合いの貴族さんに売りつけますね」
私はそう言って席を立ち、テーブルをまわってマリーさんの前まで歩いて行く。
マリーさんの身長はリーナと同じくらいだろうか、女子としては無駄に高い私が前に行くと、ちょっと見下ろす感じになる。
彼女は私を見上げ、少し気圧された感じになった。
「これはマリーさんにお売りしましょう」
私はそう言って、そのペンダントを彼女に手渡す。
「待ってくれ、我が家に今それの代金を払えるだけの現金は無いのだが」
マリーさんの代わりにベルフォレストさんがそう言ってくる。
「私、田舎者なんで、これの価値は良く分かんないです。だから、そちらの言い値で良いですよ。支払いも今すぐじゃなくて、領地が決まって収入が入って来てからで良いです」
私がそう言うと、ベルフォレストさんは溜息を一つつく。
「分かった。その時が来たら、必ず支払う事を約束しよう」
ようやく諦めて納得してくれた様だ。
ペンダントを受け取ったマリーさんはそれをどうして良いか分からず、持て余したようにお母さんの方を見た。
「それは貴女が持って居なさい。本当は貴女が結婚する時に持たせようと思っていたものです」
お母さんのサリーさんがそう言った。
なんとかこれで丸く収まったかな?
メインディッシュが終わり、デザートも頂いた。
明日の朝早くに出発しなければいけないので、早めにお屋敷を辞去する。
玄関ホールまでベルフォレストさん一家が見送りに来てくれる。
「君達に頼んでおいてなんだが、今回の件、あまり無理はしないで欲しい」
別れの挨拶で、ベルフォレストさんがそう言った。
「国王陛下が報酬を先払いにしたのは、やる気を出してもらう意味もあるが、上手く行かなった時に無理をして貴重な人材を失う方が、国にとっての損失だと考えているからだろう。私としても叔父上は重要な人物だが、その為に君達に何かあったら、私がこの国に居辛くなる」
何と言うか、自分本位で打算的な言い方ではあるが、その分本音なんだろう。
「あの、先程は済みませんでした。今回、私に貴女方に仕事が回った原因の一端が有るのに失礼な事を言ってしまいました」
マリーさんがそう謝って来る。
「お気を付けて行ってきてください」
私の手を取って、そう言う。
ちゃんと反省しているのだろう、少し赤い顔で私に真摯なまなざしを向ける。
「はい、無理せず、それでも出来る限り頑張ります」
私はそう答えて、ベルフォレスト邸を後にする。
「あーあ、やっちまったな」
王都の貴族街をベリーフィールド家のお屋敷に向かって歩きながら、カレンがそう言った。
「え?なにが?」
意味が分からず、私が聞く。
「てんこちゃんイケメンだし」
リーナも良く分からない事を言って、笑う。
二人は曖昧な顔をして、それ以上何も言わなくなる。
ユキの方を見ると、彼女は苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
それは、つい先日ベティさんに会った時に見せた顔と同じように見える。
「え?どうゆう事?」
訳が分からず私がそう言うが、誰も答えなかった。




