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「私達のカスカベ村では最近鍛冶師のロレンさんを雇って、草刈り用の大鎌を作ってもらったんた。結構な量の鉄が必要でそれなりにお金がかかったけど、この費用も投資と言えば投資だろ」
カレンが、そう説明する。
「本来投資と言えば、自分達の仕事に必要な物を買ったりする費用の事なんだよね。そこにお金をかける事によってそれ以上に儲けることが出来るお金。サムソンさんだったら、キャラバンの馬や馬車とかの費用とかに成るかな?」
「そ、そうですね・・・」
サムソンさんが頷く。
「自分で商売をやっている人なら、まずは自分の仕事にお金を掛けるのが先でしょ?それでも余るお金があるなら、他所に投資するのも良いし。儲ける方法が分かっているけどもその為の元手が無い人が居るならその人にお金を貸すのも投資だ」
「なるほど」
私はちょっとカレンを見直した。
彼女の説明は凄く分かりやすい。
「ただ、自分で仕事をする訳じゃないから、貸した相手のその商売が成功しそうかを見極める目が必要になる。もちろん詐欺じゃないか見抜く目もね。んで、ここで最初に戻るんだけど、その造船債が信用できるかだけど・・・」
そこでカレンは一呼吸置く。
私達も固唾を飲む。
「分っかんない!」
能天気なカレンの声に、サムソンさんも私達も机に突っ伏す。
「散々引っ張って、それ?」
リーナが非難の声をあげる。
「だってそうじゃない。造船債とか今日初めて聞いたし」
悪びれもせずカレンはそう言った。
だが、確かにその通りで、この世界の経済の事を良く知らない私達に言えることは少ないだろう。
「そうだね、私も初めて聞いたし簡単には判断出来ないな。サムソンさんは前から知っててそれなりに調べてるんでしょう?それなのに判断に迷ってるなら私達には何も言えないかな」
私がそうカレンのフォローをする。
「へい、自分なりに調べてはいるんですが・・・」
サムソンさんが、その調べたことをかいつまんで話してくれる。
「うーん、債権の発行元から買った人が他所に転売も出来て、転売されれる毎に値段が吊り上がってるって、完全にバブルだと思うな」
サムソンさんの話を聞いて、ユキがそう言う。
「それだと、買ったお金に対しての見返りは少なくなって行くよね。今はまだそこそこの利益率が見込めるから買ってる人が居るみたいだけど、その内リスクに対しての利益率が見合わなくなるから、値段は頭打ちになるはず。そこで止まればいいけど、反動で下がる事も有るから見極めは必要だと思う」
私がそう言った。
「そうか、バブルと決めつけるのは簡単だけど、交易による配当が有る訳だから完全に損て訳じゃないんだね、出したお金に対して、それを回収できる期間がどれだけかかるかとか、失敗した場合のリスクも考慮しなければいけない・・・」
「複数の国や商会が発行していて、どれが安全かそうじゃないかは分かり難いみたい。それなのに高値で売買されてるのは危険な兆候かも。でも元値の倍にまではなってないそうだから、まだ安全かも・・・」
ユキと私とで、その造船債に対する考察を言い合う。
それっぽい事を言っているが、これはまだ憶測でしかない。
サムソンさんは何とか私達の言う事に付いて来ようとしている様だったが、そろそろ厳しくなってきた感じがしてきている。
そこに、カレンが割って入って来た。
「だから、そう言うのは良いんだ。難しい事は考えようと思えば幾らでも考えられるけど、それでも、さっき言った基本てやつは変わらない訳だろ?頭の悪い私等は基本だけ抑えていれば良いんだ。それで最悪の事態だけは避けられるはずだろ。それで十分じゃないか?」
カレンのその言葉に、サムソンさんはハタと膝を打つ。
「そうか、俺、色々考え過ぎて基本を忘れていました。まず自分の商売が一番で、他所への投資は余っている金でやるべきだという事ですよね。それで、その投資が上手く行かなくても困らない範囲でやる。そう言う事ですよね?!」
「そう、そう言う事!」
カレンはそう言って笑う。
「あと、自分の商売でも色んな要因で失敗する事も有るでしょ。だから投資先が失敗してもあんまり怒らないで諦めるのも大事ね。一つの投資先に突っ込み過ぎるとそこが失敗した時に損失が大きいから、何箇所かに分散するのも良いよ」
「なるほど、勉強になります」
自分は頭が悪いとか、おどけた感じで言っているが、カレンの言っていることは的確だと思う。
サムソンさんは熱心に聞き入っている。
「実際さ、毎日ご飯食べる事も自分への投資だと言えば投資なんだよ。自分が健康で働けるなら、お金はそれで稼げる訳だし」
うろ覚えの知識から憶測を言う私より、カレンの話は難しい所がなく、分かり易い。
ベティさんも、感心して聞いている。
「分かりやした。そうですね、今までに稼いで貯めた金で馬車の整備をして、キャラバンのメンバー達に飯を奢ってやります。それで残った分を無理のない範囲で投資に回そうと思います」
サムソンさんは十分納得した顔でそう言った。
サムソンさんの相談の後、他にも幾らか歓談した後、ベティさんとサムソンさんは帰って行った。
「でも意外、カレンちゃんがそんなに投資って言うか経済の事に詳しいだなんて」
リーナがベッドに腰掛けて、そう言った。
私達は以前泊めて貰った四人部屋でくつろいでいた。
私が男爵に成った事を聞いたエリシアさんがもっと良い客室に変えようかと聞いてきたが、こっちの方が落ち着くので、この部屋のままにしてもらっている。
「実は昔、叔父さんがFXで全財産溶かした事が有ってね、それで、少しそう言う事を勉強したんだ」
同じく自分のベッドに腰掛けたカレンが答えた。
「え?全財産溶かしたって、大丈夫なのそれ?」
ユキが驚いて聞き返す。
「叔父さんがまだ若い頃の話で、その時の貯金全部で百万無い位だったそうだから、それ程でもないって言ってたけど。暫くは投資を止めて真面目に働いて、その後堅実な投資に切り替えったって話。今も真面目に会社員やってるはず・・・」
少し懐かしそうにカレンがそう言った。
「それより、サムソンさんとあのお嬢さんから沿岸諸国の話を聞けたのは良かったね」
照れ臭くなったのか、カレンが話題を変える。
実はワーリンに潜入する為に経由する第三国が沿岸諸国の内の一つバリス公国だったりする。
私たちが居るベルドナ王国は海の無い内陸国だが、潜入先のワーリン王国には僅かながら海に面する領地がある。
そこへバリス公国から船で向かう手はずになっている。
遠回りの様に思えるが、ワーリンの王都ワーリンブルグはアルマヴァルトの国境からは遠くてその海辺からは近い場所に在るので、風向きさえ良ければ、船を使った場合それ程かかる時間は変わらないそうだ。
敵国内を移動する日数が少なくなるのも良い点だ。
ワーリンに潜入することは伏せて、バリス公国に行くことをベティさん達に言ったら、その国の情報を教えてもらい、更にローゼス商会のキャラバンに便乗させてくれると言う申し出を受けた。
ただ、ローゼス商会はベルドナ王国とバリス公国の間の交易は行っているが、その先のワーリン王国までの販路は持っていない。
なので、それとなく断った。
ベルドナ王国諜報部の紹介で、ワーリン王国とも取引のある別の商会に手引きしてもらう予定だ。
その商会はデリン商会と言うのだが、これがさっきサムソンさんが言っていた造船債を勧めてきた『別の商会の知り合い』の居る商会だという事に気付いた。
「これって偶然?」
リーナが誰にとはなしに聞く。
「多分偶然だとは思うけど・・・」
私がそう答える。
だが、怪しげな投資話をあちこちに話して勧誘するような人が居る商会だと言うのが少し気になる。
まあ、造船債は今人気らしいから、そう言う人は他にもいっぱい居ると思うし、その人もそんな内の一人なのだろう。
取り敢えず、そう思う事にした。




