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春日部てんこの異世界器用貧乏  作者: O.K.Applefield
9章
93/215

9-7


「皆様、お久しぶりでございます。ご機嫌如何でしょう」

 断る理由も無いので通してもらったエリザベート・ローズさんが優雅に挨拶をする。

 その後ろにはスキンヘッドの巨漢サムソンさんが大きな箱を抱えて居る。

 ベティさんの付き人からは卒業したはずじゃなかったっけ?

「皆様の御助力で完成した『冷蔵庫』のお陰で、当商会は利益を上げておりますわ。私も王都の目抜き通りにかき氷とアイスクリームのお店を出して、この夏大繁盛しております。そのお礼に当店自慢のアイスクリームを持ってまいりましたわ」

 ベティさんがそう言うと、サムソンさんが断熱材付きの大きな箱からアイスクリームを取り出す。

「お友達がいらしたのなら、年寄りは席を外しますわね」

 エリシアさんはそう言って、席を立つ。

 ベティさんとはなんやかんや有って最終的には和解したけど、別に友達って訳でもないんだけど。

 と言うか、なんか私はこの人が苦手だ。

「まあ、小母様もぜひアイスクリームを召し上がってくださいな」

 ベティさんが引き留める。

 ロリアーネさんの件があって、エドガーさんとその関係者には思う所のあった彼女だが、今はそんなことは無くなったみたいだ。

「お茶を頂いたばかりですので、後で頂きますわ」

 エリシアさんはそう言ってやんわり断る。

 エリシアさんの分はメイドさんがこのお屋敷の冷蔵庫に仕舞う為に持って行った。

 今は亡き魔法学院の元学院長が開発し、ローゼス商会が生産して売り出している『冷蔵庫』は貴族の間で大人気らしく、ベリーフィールド家でも買ったそうだ。

 私達もお茶とお菓子を頂いたばかりだが、アイスクリーム位なら食べられない事も無い。

「さあさあ、ユキさん溶けないうちにどうぞ」

 エリシアさんが退席するとすぐにユキの隣に座ったベティさんは、スプーン片手に彼女に甲斐甲斐しく食べさせようとする。

 どうやらベティさんの目的は彼女だけの様だった。

 ユキはあからさまに迷惑そうな顔をする。

 別に顔を隠して王都に来た訳ではないが、私達がこのお屋敷に居ることを誰かに言った訳ではない。

 それなのに私達を見付けて押し掛けて来るとは、ベティさんの方がスパイの素質があるんじゃないだろうか。

 それとも商会の情報網だろうか。

「ベティさんまだ学生なのにお店を出して、しかも繁盛させるなんて凄いなあ」

「まさに商売人の娘って感じだな」

 アイスクリームを食べながら、リーナとカレンが二人から少し離れて、そう言う。

 私も配られたアイスクリームを一口食べる。

 小さめの陶器の器に入ったそれは、シンプルに牛乳と砂糖、タマゴの味がした。

 味のアクセントに少しだけラムレーズンが入っている。

 元の世界のアイスに比べ物足りない気もするが、人工的な香料が入っていない分、こっちの方が素朴で良い感じもする。

 元の世界の知識で色々アイスのバリエーションを教えようかと思ったが、やっぱり止めた。

 この世界の普通のお菓子を食べてみた感触として、元の世界のものと比べてもそれほど劣ってはいないと思える。

 その技術を応用していけば、私達が何か言わなくてもアイスクリームのバリエーションは増えていくだろう。

 ふと、ベティさんの後ろに佇む巨大な影に改めて気付いた。

「サムソンさんも座ったらどうですか?」

 所在無さげに立っていた彼に声を掛ける。

「いえ、俺は別に・・・」

 サムソンさんは遠慮するが、

「まあまあ、そう言わずに」

 リーナとカレンが余っていた椅子に少し強引に彼を座らせる。

 この部屋には給仕の為に控えているメイドさんも居るが、彼女達もずっと立って居る訳ではなくて、用の無いときは壁際の椅子に座って休んでいる。

「サムソンさんもアイス食べる?」

「いえ、俺は冷たいものは苦手で・・・」

「じゃあ、温かい飲み物が良いかな」

 ベティさんがユキに掛かり切りになっているので、私達がサムソンさんに構う形になる。

 控えていたメイドさんが彼にホットコーヒーを淹れてくれる。

 なんか、メイド喫茶にやって来た場違いなお客さんみたいになっている。

「そう言えば、今はもうベティさんのボディガードじゃないんですよね?」

 女の子に囲まれて居づらそうにしているサムソンさんに私は聞く。

 今は商会のキャラバンの隊長をしていたはずだ。

「へい。たまたま王都に戻っていた時に皆さんを見かけたんで、お嬢様にお知らせしたら、荷物持ちに連れて来られました」

 彼がそう答える。

 どうやら私達を見つけたのは彼の様だ。

「大変だね・・・」

 リーナがそう言う。

「いや、まあ。ただ、俺としても皆さんに相談したいことが有ったんで、丁度良かったんですが・・・」

「相談?」

「へい。以前、皆さんの村でりんごの売り時の話をして、早売りし過ぎてしまう問題の解決策を示して、村の人達から尊敬されていたでしょう」

 サムソンさんが話し出す。

「ああ、品種ごとの食べ頃の情報をポップにして、売るお店に配るってやつ」

「てんこちゃんのアイディアだ」

 リーナとカレンがそう言う。

「へい。りんごの時期にはまだ早いですが、先にサクランボで試しにやってみたんです。王都近くの産地でサクランボの品所ごとの旬を調べて、小売商にそのポップってやつを配って・・・、そしたら結構評判が良かったんです。売り上げも前の年より少しばかり増えたそうです」

 それを聞いて、私は安心した。

 偉そうに講釈垂れたが、上手く行くかは自信なかったんだ。

 少なくとも大失敗していない様で良かった。

 後は、これがりんごでも同じ様に行き、何年か先まで価格が安定してくれればいい。

「それで、俺、今別の事で少し悩んでることが有るんで、皆さんの素晴らしいお知恵を借りれればと思いまして・・・」

 サムソンさんがそう言う。

 ちょっと持ち上げられ過ぎている気もする。

「ふむ、話してみ」

「何でも解決するよ・・・てんこちゃんが」

 リーナとカレンがそう言う。

 おいおい、全部私頼みか?

 りんごの件は元の世界でそう言う話を聞いていたからアドバイス出来たけど、他の事は分からない事も有り得るんだぞ。

「実は、他の商会の知り合いから『投資』って奴を勧められてまして・・・」

 サムソンさんがそう切り出す。

投資かあ、元の世界の知識があるからこの世界の一般人よりは詳しいと思うけど、それでも専門的な事は分からないしなあ。

「このベルドナ王国の南にある沿岸諸国がこぞって造船債を発行していまして、造船債ってのは海の向こうの諸国と交易するための船を作るための資金を一般から集って船が出来たら交易の利益の一部を貰えるって奴なんですが、今これが商人の間で人気でして、その知り合いは『これを買わない商人は馬鹿だ』とまで言ってまして、どうするか悩んでいる所なんです」

 そこまで聞いて、私達は顔を見合わせる。

「バブルってやつだ」

 ベティさんに構われていたユキが口を挿んでくる。

「やっぱりそう思う?」

 私はリーナとカレンにも聞いた。

「絶対そうだ、買わない方が良いよ」

 リーナがそう言った。

 昔聞いた『南海泡沫事件』って奴に似ている気がする。

 まあ、うろ覚えだから、あまり確かなことは言えないんだが・・・

「ええ、お父様も胡散臭いから関わらない方が良いと言ってましたわ」

 ベティさんがそう言う。

「ただ、商会外の取引を個人の資金と才覚でするのは禁じたりしないから、好きにすれば良いとも言ってましたわ」

「そうなんです。商会の先輩方も損をするのも得をするのも自分で考えてやってみる事が大事だと言って、具体的な助言はくれませんでした」

「私達からアドバイスを貰うのは良いの?」

 カレンがそう聞く。

「それはそうなんですけど、自分で考えた上で、自分のコネクションを活用するのも才覚の内だと考えたんです」

 なるほど、何も考えずに人の意見を求めているって訳ではないんだ。

 とすると、ちゃんとしたアドバイスをしなきゃいけないけど、うろ覚えの知識でどうやって納得してもらえる話が出来るか・・・

 私が考え込んでいると、

「まず、投資の基本から考えてみよう」

 私より先に、カレンがそう話し始めた。


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