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私達は数日掛けて、王都に着いた。
以前と同じように、エドガーさんの実家のベリーフィールド家の王都邸に泊めて貰っている。
独立した貴族になったエドガーさんだが、王都に自分用の屋敷を構えるにはまだ至っていない。
なので、ここを使う様に言われて来たのだ。
そこに、ベルフォレスト卿と王国諜報部のスージー・クレス事務官、王宮執事長のバラモンド・ルーリ氏がやって来た。
ベルフォレストさんは私達より先に王都に戻っていたらしかった。
「本来、王宮にお招きして、陛下よりお言葉を賜るのですが、なにぶん極秘の作戦ですので、ご容赦願いたい」
ベリーフィールド邸の奥まった一室に私達が集まったところで、バラモンドさんがそう言って頭を下げる。
王様に直接仕えている執事さんのはずだが、私達の様なつい最近準男爵になった程度の者に対しても腰が低い。
逆に恐縮してしまう。
この部屋には私達四人と、前述の三人しかいない。
エリシアさん達ベリーフィールド家の人にも作戦の詳細は伝えないで、あくまで場所だけ貸してもらうだけの様だ。
「我々からも謝罪いたします、本来諜報部の仕事なのですが、人員不足で、あなた方にお願いすることになりました」
クレスさんも謝って来た。
人員不足とはどういう事だろう?
私達は顔を見合わす。
「それなんだが、叔父上以外の私の家族、妻子をこちらに連れてくる際に数名の諜報員が顔バレしてしまったようなのだ」
ベルフォレストさんがそう説明する。
どうやら、その顔バレした人達はワーリン王国担当の腕利きの諜報員だったらしく、彼等が使えなくなると、そのベルフォレストさんの叔父さん救出に使える人材が居なくなるそうだ。
それ故、新たな人材を探していたところ、ベルフォレストさんが二度も自分の作戦を邪魔した私達の事を思い出し、この国の上層部に進言したらしい。
意趣返しのつもりは無いとか言ってたけど、十分な嫌がらせになってないか?
ちなみに顔バレした人達は表の仕事だったり別の国の担当だったりに配置転換させられているそうだ。
「実は私の娘がワーリン王国の諜報部員の顔を覚えていてな、隣国に脱出してこの国の諜報部員に保護される時に、その場を監視していたらしいそいつを見付けて大声を上げてしまったそうだ」
ベルフォレストさんが苦い顔でそう言う。
「その男は逃げてしまったそうで、どの程度こちらの人員の素性が知られたのかは分かりませんが、大事を取ってその場に居た者は今回の作戦からは外さざるを得なくなりました」
クレスさんがそう言う。
クレスさんは貴族の出身だそうだが、一見どこにでもいる中年女性、おばちゃんに見える。
「ベルフォレスト卿のお嬢さんにはそのワーリンの諜報員に気付いても騒がずにこちらの者に知らせてもらい、隙をついて捕まえるなり始末するなり出来れば良かったのですが・・・」
「申し訳ない」
「いえ、気付いてもらったおかげで、顔バレした諜報員をそれを知らないまま今回の作戦に使わずに済むのは僥倖です」
クレスさんとベルフォレストさんの間で、そう言ったやり取りがあった。
その後、今回の作戦の説明が始まる。
「それで、今回の件の報酬ですが」
作戦の説明がクレスさんとベルフォレストさんから行われた後、それまで口を挿まなかったバラモンドさんが言い出した。
「現在アルマヴァルト子爵付きの準男爵である身分を、正式な男爵として取り立てると陛下から言付けを預かっております」
その言葉に私達は驚く。
「え、ええと、それって・・・」
つまり、庶民じゃなくて完全に貴族に成るって事だろうか?
「領地は今のアルマヴァルトにある村のまま、独立した徴税権を持ちますので、アルマヴァルト卿に上納せず直接王国に上納していただきます。その分上納率は低くなります。もちろんアルマヴァルト領に対する今年分の免税も適用されます」
具体的な税率を聞いて、頭の中で試算する。
「来年から徴収する村の人への税金を予定の七割くらいにできるよ!」
私より早く計算できたユキがそう言ってくる。
自分達の儲けを増やすんじゃなくて、村の人から取る分を減らすところが流石だ。
とは言え、あんまり他の村より少なくすると、色々言われるかもしれないので、普通に徴収して何かの形で還元する方が良いかもしれない。
「こちらが、陛下より下賜された男爵の身分を示す剣でございます」
今まで布に包んで持っていた剣を取り出して見せてくる。
柄や鞘に豪華な装飾が施されている。
アルマヴァルトでの結婚式でエドガーさんが腰に差していたのと似ているが、あれより少し短いようだ。
「てんこ殿を男爵、他三名を準男爵とのことです。あと、この剣は今回の作戦では目立って邪魔でしょうから、先に男爵殿の領地である村に送っておきましょう」
そう言って、バラモンドさんは再び剣を仕舞う。
「え?あの~、まだ、作戦は成功してませんけど、先に剣と言うか男爵の地位を貰っちゃって良いんですか?」
私が聞く。
「報酬は成功の如何に関わらず先払いでございます」
バラモンドさんは当たり前の事のようにそう言った。
作戦会議が終わって、私達はエリシアさんからお茶に誘われた。
王都から出発するのは数日後なので、まだ余裕はある。
「なんか大変なことになったなあ」
テーブルに突っ伏してリーナがそう言う。
「てんこちゃんが男爵かあ、一番下って言っても貴族だよ。去年まで山奥で猟師をしてたなんて信じられないね」
夏場で昼下がりで暑いので、応接室の日の光が当たらないところの席で、アイスコーヒーを飲みながらカレンもそう言う。
溶け残るギリギリまで砂糖を入れていたのを私は見ている。
「あのね、基本的に四人は同列だからね。私に何かあったら、男爵の位はみんなの内の誰かにやって貰うから」
ホットの紅茶にマーマレードを入れたロシアンティーと言うか、変則オレンジティーを飲みながら私は言う。
柑橘類はもっと南の方の国で栽培されていて、この国には主に加工品として輸入されてくる。
もちろん貴重品だ。
それはともかく、本当になんでこんな事になったんだろう。
世界を救ったわけでもないし、戦争の時も、結婚式の時も、私達は目立つところでちょこっと仕事をしたに過ぎない。
謙遜とかではなくて、ほとんどは他の兵隊さん達の働きの成果だったはずだ。
「『何かあったら』とか不吉なこと言わないでよ」
クリームの乗ったスコーンを食べながら、ユキがそう言う。
「そうですわ。これから行くお仕事も、十分気を付けてくださいね」
私の向かいに座ったエリシアさんがそう言う。
「せっかく貴族のお友達が増えたのですから、またこうしてお茶を飲みに来てくださいね」
「はい、有難うございます」
私が返答する。
こうやって上質なお茶や食べ物を振舞ってもらえるのは嬉しい。
「そうそう、この前届いた鹿革のバッグ、とても素敵で気に入りましたわ」
エリシアさんが話を変えてきた。
私達の仕事の事に関して詳しく聞いてこないのは、気を使っての事だろう。
エリシアさんとロリアーネさんのお母さんのステラーナさんには私達が作った革製のバッグを送っていた。
貴族の奥さんである二人は外出時に自分でバッグを持ったりしないで、お付きの人に持たせるらしいが、それでも気に入ってくれたみたいだ。
「珍しいデザインで、他のご婦人方も興味を持っていましたわ」
エリシアさんがそう言ってくれる。
デザインに関しては私達の元の世界のものをアレンジしているので、確かに珍しいだろう。
リーナとカレンが主にデザインを決めて、革細工のスキルを持っている私が実際の製作をしている。
「他の方の中にも欲しがっている方が居るのですが、どうしましょう?」
エリシアさんが聞いてくる。
「ええと、村での仕事は他にもいっぱいあるんで、流石に沢山は作れないかな・・・」
「そうね、お断りしておきますね。その代わりその方々が行き付けのカバン職人に似たものを注文するのはよろしいかしら?」
私の返事に、エリシアさんはそう言った。
「は、はい。いいよね?」
私はリーナとカレンにも確認を取る。
「うん、いいよ」
「てんこちゃんには他にも色々やって貰う事があるから、革細工職人だけやらせる訳にはいかないし」
二人も了承してくれた。
特許とか意匠権とかないこの世界で、そこまで気にしてくれるエリシアさんは良い人だ。
「奥様、お客人方にお会いになりたいと言う方がいらっしゃっております」
このお屋敷の執事のキースさんがやって来て、エリシアさんにそう告げた。
「あら、どなた?」
エリシアさんが聞く。
「ローゼス商会会長のご息女エリザベート様でございます」
「まあ、お通しして、よろしいかしら?」
エリシアさんが私達に聞いてくる。
私達は顔を見合わせた。




