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数日後、村を出発した私達は一度領主邸に寄り、エドガーさんとロリアーネさんに挨拶をして、領都より少し東の村に向かう。
クロイとリン、二人の娘のレンちゃんが居る村だ。
家に寄ってみると、リンとレンちゃんだけが居た。
クロイ君は夏の間、少し遠くの土木工事現場にアルバイトをしに行っているので今は居ない。
現場の仮設小屋で寝泊まりし、週に一度、二日間だけ戻って来るそうだ。
アルマヴァルト領内の同じ村長として、この村の村長とは一応顔見知りになっているので、若い夫婦と赤ちゃんの事は気に掛けてくれるようにお願いしてある。
「お土産持ってきたよ~」
カレンがアケビの弦で編んだ籠を二つ掲げて言った。
中身はオスとメスの鶏だ。
「え、鶏?貰っていいの?」
レンちゃんを抱いたリンが家の前に出て来て、そう言う。
「うちの村で余ってたから持ってきた。遠慮しないで。赤ちゃんの為にもタマゴ食べて栄養つけて」
暫く私達が村に居ないから、タマゴの消費が減るので連れて来たのだ。
村の屋敷にはまだ雄鶏一羽、牝鶏が三羽居る。
とは言え、ギリアムさん達やメイドの人達、授業に来る子供たちに食べさせても良いので、余っている訳ではないのだが、そこはそれ、赤ちゃんを抱えた知り合いには何かしてあげたい。
「餌は野菜くずとか残飯で良いよ。オスとメスだから、産んだ卵のうち幾つかはヒヨコに孵化させて増やすことも出来るよ」
「雄鶏の方はそのあと絞めて食べても良い」
リーナとユキがそう言う。
残酷かもしれないが、家畜とはそう言うものだ。
この世界の人なら、食べられるものは無駄にせず、何でも食べなければいけない。
前の世界ではそんな事をしたことも無かっただろう彼女も、今では動物を絞めたり解体するくらいは出来るようになっているはずだ。
私達の後から、この村の村長の奥さんと数人の村人がやって来た。
「鶏の柵を造りに来たよ」
村長の奥さんがそう言う。
リンの家に来る前に、村長の所に寄って来ていたのだ。
この奥さんが、村の女性達をまとめていて、リンの事も気に掛けてくれているらしい。
「代わりにヒヨコが生まれたら分けておくれ」
そう言う約束で村人達を集めてもらった。
餌の野菜くずも持って来てくれるそうだ。
この村は新しく入植した人がほとんどで、まだ家畜を持っている人は少ないから、喜んで協力してくれるだろう。
「は、はい。ええと、この辺にお願いします」
リンが鶏を囲っておく柵の場所を指定する。
柵を作っている間、リンと私達は少し話をしたり、レンちゃんをあやしたりして過ごした。
私達が暫くこの土地を離れる事も話す。
ただし、詳細は秘密にしておいた。
ワーリンに潜入することは伏せて、王都方面で少し仕事をするという事にしておく。
何処で作戦が漏れるか分からないので、自国内と言えどベラベラ話すわけにもいかないのだ。
自分達の村でも、ヴィクトリアさんとギリアムさん達だけにしか詳細は話していない。
柵が完成し、鶏を放したら、私達は村を後にして歩き出す。
西へ向かって。
ワーリン王国はこの村の更に東だが、逆方向だ。
流石に敵対している国との国境をそのまま突破することは出来ない。
一部の商人とかは商売の為に行き来することもある様だが、当然そう言う人達は監視されていたりする。
なので、リンに言った様に一度王都へ行き、第三国を経由してから潜入する予定になっている。
私達四人は今年の春に通って来た道を逆にたどり、王都へと進んで行く。
春には再建途中だったフラウリーゼ川に架かる橋も既に完成していた。
王都へ向かう街道は次第に広くなり、そこを通る人達も多くなっていく。
「確かにエドガーさんが言った通りに、女の人だけの集団も結構いるね」
行き交う人達を見回して、私は言った。
全体の半分とまではいかないが、三・四人程度の女性だけのパーティーもちらほら見かけた。
「これって、私達のお陰?」
リーナがそう言う。
この世界では魔法が有るために、男性と女性の体格と筋力の差よりも魔法の適性によって力の差が出る。
それでもまだ、男性の方がやや優位であるが、元の世界の中世なんかよりはその差は小さいんじゃないかと思う。
むしろ、女性だけのパーティは筋肉が無い分、強力な魔法の使い手が居る可能性が高いので、警戒されて襲われる可能性は少ないらしい。
とは言え、去年にみんなで旅をした時や、この春にアルマヴァルトへ行った時に比べても、その数は増えている様に見える。
エドガーさんから聞いた話によると、私達がフラウリーゼ川の三魔女とか四魔女とか呼ばれて、その活躍の噂が広まったことで、女性が大手を振って旅をすることが増えたそうだ。
私達の真似をしていると言うか、女性だけの集団でも侮れないという事が知れ渡って、それを抜け目ない人達が利用している感じだ。
それはこの国の中だけではなく、周辺の国にも広まっているらしい。
なので、私達が女の子四人だけで旅をしていてもかえって怪しまれないだろうという判断だ。
隠密行動なので目立たない事は大事である。
「あ、あの人も鍋を背負ってる」
ユキが、すれ違っていく行商人らしい女性だけの一団の一人を見て、そう言う。
私達の格好を真似する人もいるらしく、カレンの弓やリーナの魔法の杖もそうだが、私の鍋と言うのは分かりやすいアイテムらしく、これを持っている人は多い。
今回も私は愛用の鍋を背負ってきている。
街道沿いの宿場街はだいたい一日で到着できる間隔で在るので野宿をすることはほとんどないが、宿によっては食堂が無くて、竈だけ貸して自炊してくれって所もあるので、ある程度の調理器具は必要なのだ。
「元から長距離移動する人なら、調理器具持って行く人は男女問わずいっぱい居たと思うけどね」
その人達を横目で見て歩きながら、私は言う。
「それでも、同じくらいの大きさの鍋ってのはてんこちゃんの影響だと思うけどね」
ユキがそう言う。
「まあ、他にもいっぱい居て、目立たないならそれでいいでしょ」
カレンがそう言った。
何と言うか、私達を真似する人達に紛れる為に本物がその真似をするみたいで、変な感じだ。
街と街をつなぐ街道から見上げる空は晴れわたっていて、今日も暑い。
時おり流れていく雲が作る影が日差しを遮ってくれて気持ちいい。
同じ村の中を行ったり来たりして過ごす毎日も悪くはなかったが、たまにこうして旅をするのも良いものだと思う。




