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次の日の夕方、私達は村に戻ってきた。
リーナは買ってきた薬を診療所にしている部屋に置いてくる。
治癒魔法で怪我は治せるが、慢性的な病気の様に治療に時間がかかるものには定期的に薬を飲ませる方が効果的だ。
村の周りに薬草なども生えているが、一般的な薬草をまとめて栽培している所が有るらしく、そこできちんと加工までされて流通しているので、自分達で作るよりも手間がかからない。
この辺に生えていない薬草で作られた薬もあるので、まとめて買ってきている。
護衛の為に付いて来たハルトさんは、護衛の人達用の離れに戻って行った。
そちらの夕食も屋敷のメイドさんのうちの何人かで作っている。
私達の方の献立はパンと野菜のシチューだった。
採れたての夏野菜に、ソーセージが入っている。
街で買って来た香辛料も少し入れた。
「と言う訳で、何故かワーリン王国に潜入することになりました」
夕食の席で、私はアルマヴァルト市で有った事を報告する。
リーナには既に話している。
「また、面倒な事になったな」
ユキがそう言う。
「まあね」
「元敵だった人の身内で、面識もない人を助けるなんて、私達の仕事じゃないと思うんだけどな」
バターを塗ったパンを頬張りながらユキが言う。
「それでも、成功した場合の報酬は十分くれるらしいよ」
先に話を聞いていたリーナがそう言う。
「でも敵国に潜入なんて、命がけじゃない?それに見合う報酬なんてそうないと思うけど」
ユキはまだ不満顔だ。
「カレンちゃんはどう思う?」
リーナが、カレンに聞く。
「王様の命令じゃ断れないでしょ。私も一緒に行くわ」
シチューを飲みながらそう答える。
普段はめんどくさがりのカレンだが、やらなければいけない事には真面目に取り組む。
「そうねえ、大変そうだけど、みんなでなら何とかなるか」
元から行くつもりだったリーナはそう言う。
「うっ」
自分だけ反対派になった感じのユキが口籠る。
「分かったよ、私も行く」
最終的にそう言った。
「ああ、別に王様の命令って訳じゃないんだ。一応お願いみたいな感じかな。まあ、実質断れそうも無かったから同じなんだけど」
私はそう補足する。
「あと、全員で行く必要も無いから、学校や診療所が有るユキやリーナは残る選択肢もあるけど・・・」
全て上手く行けば、戦闘になることは無いはずだが、不測の場面が無いとは限らない。
そこに不安のある二人は残って貰う事も考えられる。
「いや、私も行くね。戦闘になるとは限らないし、戦闘以外なら私の魔法は色々便利だと思う。学校は夏休みってことにすれば良いじゃん」
ユキはそう言う。
「そうね、診療所の方も護衛のハルトさんが治癒魔法を使えるらしいから、少しの間、お願いしてもいいかな」
リーナもそう言った。
「それはそうと、救出作戦なんだよな。こんなにのんびりしてていいのか?てんこちゃんの呼び出しの手紙も何時でも良いみたいな感じだったし」
カレンが私にそう聞いてきた。
「うん、そのおじさんって人は今ワーリンの王都から少し離れた所に潜伏していて、今すぐどうこうって事も無いらしくて、向こうに残してきたベルフォレストさんの手下とこっちの諜報部でなんか色々準備中らしいからまだ急がないみたい」
私は聞いてきた事をそのまま答えた。
次の日、村の学校が終わると、村長宅前の庭で、モツ焼きパーティーを始めた。
先日捕れたカモシカのモツを焼いてみんなで食べようという催しだ。
内臓は傷みやすいので早めに消費しようという事だ。
今日は年長組の授業だったが、年少の子達も呼んでいる。
庭に幾つか焚火を熾し、その上に金網やフライパンを置いてモツを焼いて行く。
モツは良く洗って、塩や香辛料をすり込み、すりおろした玉ねぎニンニクとりんご酢をベースにしたタレに漬け込んである。
私とリーナが居ない間に、ギリアムさん達が解体して、屋敷のメイドさん達で下ごしらえをしてもらった。
青空の下庭でオリビアさんらメイドさん達が主に調理をしているが、年長の子達もモツを焼くのに挑戦している。
年少の子達は焼けるまでの時間が待ちきれないのか、庭を走り回って遊んでいた。
暫くの間、私達が村を留守にする事を伝えた時は寂しがっていたのに、いざ会が始まるとそんな事はお構いなしになってしまった。
「ほら、火の周りで走ると危ないよ~」
ユキがはしゃぐ子供たちに注意している。
これまでも、学校が有った日は給食として、昼食を出席した子に出している。
そのおかげで出席率は良い。
週に一度だが、子供の身体作りの為にちゃんとしたものを出していたので、楽しみにしていた子も多いのだ。
これが無くなると困るとまではいかないが、がっかりする子もいるので、私達が居ない間も学校は開くことにした。
先生はヴィクトリアさんにお願いした。
彼女はメイドとして長年貴族に仕えていたので、読み書きと計算もできる。
仕事の合間に、屋敷にメイドとして働きに来ている村娘さん達に教えていたのは彼女なので、先生としては十分だろう。
「村長代理はギリアムさんにお願いするわ。診療所の方はハルトさんに。村の長老のトムお爺さんとかと相談しながらやって」
私は、子供達と一緒にモツを食べている護衛の人達にそう言った。
彼等が捕ってきた獲物なので、彼等も食べる権利が有る。
「それは良いのですが、本当に護衛の我々が付いて行かなくて良いのですか?」
ギリアムさんがそう聞いてくる。
彼をはじめ護衛の四人は今回は村に残って貰う事にした。
「隠密行動だから、あんまり大人数で目立つ訳にもいかないんだ。それに女の子達だけの方が上手く行く場面もあるらしいし」
先日エドガーさんから聞いた話から私はそう答えた。
「あと、お金の管理はヴィクトリアさんにお願いする。村の中だけで対処できない事が有ったら、領主のエドガーさんに連絡して」
この際なので、私達が居ない間の引継ぎを行った。
伝えるべき事を一通り言ってから、私もモツ焼きを口にする。
程よく脂の落ちたモツとニンニクが効いたタレが合っていて美味しい。
青空の下に食欲をそそる焼肉の匂いが立ち込める。
匂いに釣られたのか、『タクアン二世』がやって来た。
離れの床下に住み着いている母猫だ。
元の世界のお爺ちゃん家のりんご畑に居た半野良の猫に似ているので、私はそう呼んでいる。
ほぼ黄色に近い茶色の猫だったので『タクアン』と呼ばれていた。
向こうはオスだったけど、この子はメスだ。
「あ、タマ。ホルモン食べる?」
リーナが、焼きあがったモツを箸でつまんであげようとする。
「ダメだよ、猫に玉ねぎとかニンニクは」
カレンがそう言って止める。
「こちらをどうぞ」
ヴィクトリアさんが、タレに漬けていないモツを一皿持ってきた。
用意が良いが、どうやらヴィクトリアさん、時々この子に餌をやっていたらしい。
皿を受け取ったリーナが、猫の前に置く。
「わー、猫だー」
見つけた子供たちが猫を撫でようと集まって来るが、『タクアン二世』は素早くモツを咥えると、そのまま速足で逃げて行った。
半野良らしく、それほど人間には慣れていないようだ。
子供たちは悔しそうにその後姿を見送るが、すぐに自分の食事に戻って行く。
平和な午後のひと時だ。
こんな時間がずっと続けばいいなと思う。
暫く村を空けなければいけないのが心残りだ。




