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「火球魔法・連射!!」
私はアルマヴァルト市の外れにある駐屯軍の演習場で、その魔法を使った。
矢や魔法が敷地外に飛び出さないように作られた盛り土の壁に向かって放つ。
一つ一つは威力の弱い火の玉が、幾つも盛り土に当たり弾ける。
手に持った安物の魔石が急激に輝きを失い、最後には魔素を失って砕ける。
久しぶりに使った魔法だが、上手く出来て胸を撫で下ろす。
私の後ろにはたくさんの見物人が居た。
まばらな拍手が挙がる。
一発一発は威力の弱い魔法だが、これを間髪いれずに連射できる人は少ないらしい。
それが分かる人だけが拍手しているみたいだ。
それか、実際にこの魔法を実戦で使われるところを見て、その有用性を知っている人か。
「確かに、あの時に私が見たのはこの魔法でした」
見物人の一人が、別の見物人にそう言う。
少し前に自己紹介されたが、あの時、敵方としてこの魔法を見た一人、ロナルド・ベルフォレスト子爵の側近、ビリーさんだ。
言われた相手は当のベルフォレスト卿である。
他にはここの領主のエドガーさんや執事長のディアナさん、ベルドナ王国軍の関係者も何人か居る。
エドガーさんに呼ばれて、日中いっぱいかけて移動し、アルマヴァルト市に着いたのが昨日の夕方。
一晩領主邸に泊めて貰い、今朝早く、この演習場に連れて来られたと思ったら、このデモンストレーションをさせられていると言う訳だ。
一緒に来たリーナは薬の買い付けに行っているので、今ここには居ない。
「ありがとう、てんこ殿。相変わらずの魔法の腕前だ」
エドガーさんが大げさに拍手しながら、そう褒めてくる。
威力の無いはったり魔法なのに、そこまで褒められると背中が痒い。
「どうかな、ベルフォレスト卿、納得していただけましたかな、これがフラウリーゼ川そばの森であなた方を足止めした魔法の正体です」
エドガーさんがベルフォレスト卿に、そう言う。
あの時、エドガーさんと一緒に戦場周辺の偵察をしていた私達をビリーさん達が襲ってきた時、四人しかいなかった私達を大人数の部隊と誤認させたのがこの魔法である。
藪に身を隠して威力の低い魔法を連発することで、こちらの人数を多く見せたのだ。
ただ、それを使われて、結果的に負けた人としては複雑な気分かもしれない。
エドガーさんとしては自分の配下の力を自慢したいだけかもしれないが、もう少し相手の事を考えた方が良いのではと思ってしまう。
同じ事を思ったであろうディアナさんが、隣で渋い顔をしているが、彼は気付いていない感じだ。
領主と言ってもまだ若いなって感じだと、彼より若い私はそう思った。
「なるほど、これは確かに見誤りますね・・・」
ベルフォレスト子爵が顎髭をいじりながら私と、魔法が着弾した盛り土を交互に見る。
同じ子爵だがエドガーさんに比べて大分年上の彼だが、聞きようによっては嫌味に聞こえる発言を聞き流す。
ともかく、この魔法のお陰で、彼の部隊は警戒して進む以外無くなり、結果、全軍が敗走することとなったのだが、それを見ても、彼の顔に悔しさの色は見えない。
あの時は敵同士だったが、今はベルドナ王国に寝返っている身だからなのか?
何を考えているか分からないところが苦手な感じがする。
一方、悔しさを見せるビリーさんの方が分かりやすくて良い。
「申し訳ありません。見抜けませんでした」
ビリーさんが彼の上司に頭を垂れる。
「いや、これは仕方がない。敵が少人数と侮って無防備に進んで逆に大人数だった場合の損害はシャレにならん。どの道、あの時は慎重に進む以外の選択肢は無かった」
子爵は特に気にする様子もなく、頷いて見せる。
それはそれとして、これはどういう趣旨の行事なのだろう?
今更、あの時の種明かしをする意味は何だろう?
わざわざ私を呼んで、その上ベルフォレスト子爵達は王様に帰順の挨拶をするため一度王都に行ったのに、どうやらこれを見るためにアルマヴァルトまで戻ってきているらしい。
もしかして平気な顔をしているけど、未だにあの時私達に出し抜かれたことを恨んでるのだろうか?
エドガーさんの少し自慢げなドヤ顔にも、彼は特に嫌な顔をしている様子は見えない。
でも、顔はにこやかだが、その目は笑っていない様に見える。
今は同じ国の仲間だから穏便にしているが、その裏ではらわた煮えくりかえっているのか?
「いやあ、こうして種明かしをしてもらって納得いった。素晴らしい腕前だ。何よりあの咄嗟の場面で、これを使えたのが素晴らしい。その機転は賞賛に値する」
ベルフォレスト子爵はそう言いながら、私に近付いてくる。
私は思わず後退る。
「おや、嫌われてしまったかな?」
私の態度に、子爵は苦笑して立ち止まる。
「ああ、済まない。ベルフォレスト卿は別に意趣返しの為に来ている訳ではなくて、てんこ殿に依頼したいことが有って来ているのだ」
流石に気付いたのか、間にエドガーさんが入ってきて、そう説明した。
ええと、無駄ににこやかなのは、内心の怒りを隠しているからじゃなくて、お願いがあるから?
目が笑ってなかったのは、その依頼を完遂できる能力が私に有るか秘かに観察していたから?
「取り敢えず、屋敷に戻ってから話をしようか」
エドガーさんが、そう言ってきた。
領主邸に戻った私達は、昼食にはまだ早いので応接室でお茶をいただくことになった。
エドガーさんとベルフォレスト卿はコーヒーを、私はミルクティーをメイドさんの頼んだ。
私も二人と同じものしようかとも思ったが、やっぱりコーヒーは苦手なので私だけ紅茶にしてもらう。
テーブルには私達三人が着いている。
ディアナさんとビリーさんはそれぞれの主の後ろに立っている。
ビリーさんはどうか知らないが、ディアナさんより地位的に下の私が座っているのはちょっと居心地が悪い。
「それで、依頼の件なのだが、この度、我が国に帰順したベルフォレスト卿なのだが、そのご家族も別ルートから我が国に身を寄せて来ている」
飲み物が到着した所で、エドガーさんが話し出した。
爽やかな午前の風が吹き込む窓辺のテーブルなのだが、なんかまた面倒事の気配がする。
「しかし、ただ一人ワーリン王国から脱出できなかった人がいてね・・・」
「私の叔父のアルフレッド・ベルフォレストと言う人物だ。他の者達は私の領地、いや元領地に居たので、まとまって脱出できたのだが、彼だけ王都ワーリンベルグに居てとり残されてしまったのだ」
ベルフォレストさんがそう言う。
「ええと、それで私に依頼と言うのは、もしかして・・・」
私が恐る恐る聞く。
「そうだ、そのアルフレッド殿の脱出の手助けをお願いしたい」
エドガーさんが無駄に爽やかな声で答えた。
しかし、無茶振りも良い所だと思う。
「もちろん君達だけにすべてをお願いする訳ではなく、我が国の諜報部も全面的に協力する」
私の嫌そうな顔を見たエドガーさんがそうフォローしてきた。
「その諜報部さん達だけでやれば良いんじゃないですか?私と他のみんなも、そう言うのはほぼ素人ですよ」
私はそう言う。
「それなんだが、実は国王陛下が君達の話を聞いて興味を持ってね、今回の件をやらせてみようって事になったんだ」
エドガーさんのその話に、私は思わず頭を抱えた。
去年の戦争の時もそうだったけど、前のテロ事件でも仕方なかったとは言え、目立ち過ぎた。
また、無責任な噂話が尾ひれ背びれ付けて広まっているらしい。
王様まで話が行ってるとなると、これは断れないだろう。
「それと、私の叔父上なのだが、ワーリンの賢者と呼ばれていて王宮で軍事顧問をする程の重要人物なのだ。ベルドナ王陛下としても、ぜひこの国に引き抜きたいと言っている」
ベルフォレストさんがそう言う。
断れない上に、そんな責任重大な話だったとは。
私は更に頭を抱えた。




