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春日部てんこの異世界器用貧乏  作者: O.K.Applefield
9章
87/215

9-1


 降り注ぐ夏の日差しの下、銀色の刃が風を切る。

 ぶんっ、と言う一振りごとに地面の僅か上を奔る刃がそこに在るものを切り裂く。

 私は少しずつ前に進みながら、その行為を繰り返した。

「よくそんなことが出来るね」

 少し離れた所に居るユキがそう言った。

「慣れてコツを掴めば簡単だよ」

 私は作業の手を止めず、そう答える。

 確かに、私たちが居た世界ではこんな大変なことをする人を見たことは無かったが、この世界ではごく当たり前に行われていることだ。

「いや、あたしには無理だわ。そんな死神の鎌みたいなの使うのは」

 ユキはそう言って、私が振り回す大鎌を指す。

「ファンタジー物で死神の鎌みたいなのを武器に使うのたまに見たけど、こうやって実際にやってみるとこれは武器に使うには無理が有るね」

 私は大鎌の長い柄を両手で掴み、腰の回転で刃を地面すれすれに振り回して草を刈りながらそう言う。

 往きで草を刈り、帰りで刃を戻し、一歩進んでまた草を刈る。

 一回一回の動作が大きいので、戦いには向いていないし、刃が内側なので草を刈るには良いが、敵を攻撃するのにも向いていない。

 簡単だとは言ったが、それなりに重労働なので一定のリズムで繰り返さないと、すぐにバテてしまうだろう。

 私達は自分達用のりんご園で草刈り作業をしていた。

 木と木の間の広い部分は私が大鎌で刈り、木の根元の刈り難い部分はユキが手鎌で刈っている。

 リーナとカレンも組になって畑の反対側から草刈りをしている所だ。

 夏になると、りんご園の仕事は特には無くなるのだが、時々伸びた草を刈る必要がある。

 自分達用の畑はそれ程広くはないのだが、それでも手作業でやるとなると、それなりの重労働だ。


 私の名前は春日部天呼。

 天が呼ぶと書いて『てんこ』だが、今はまあ、別にいいだろう。

 私とクラスメイトだった夏木梨衣奈、秋元可憐、冬野由紀は『神様?』の不手際だか何だかで隕石の落下に巻き込まれて、この世界に転生して来た。

 他の一年一組のクラスメイトだった人達も同じようにこの世界に来ているのだが、私達四人はなんやかんや有って、この村の村長的な立場に収まることが出来た。

 運が良かったのか、中々良い待遇を手に入れる事が出来たとは思う。


「あっついわね~」

 お昼の時間にはまだ早い頃、私とユキが木陰で休憩を取ろうとしていると、向こうでも一列分終わったリーナとカレンがやって来た。

 四人でリンゴの木の根元に座り込んで、おやつを食べ始める。

 苺ジャムを塗ったパンに、水筒に入れたジュースだ。

 苺ジャムは春に収穫して余った物を砂糖煮にして作った物だ。

 砂糖は貴重品だが、それでもそれなりには流通している。

 この近辺で栽培される甜菜とかから精製されるものや、もっと南の方のサトウキビから作られた物が運ばれてきたりもしている。

 ジュースは少し前に収穫したサクランボの果汁を薄めた物だ。

 この地方は主にりんごの栽培が行われているが、その他の果樹も作られたりもしている。

 と言うか、果汁は発酵してお酒になっていた。

 ちょうどいい感じの糖分が有れば放って置けばアルコール発酵は起こってしまう。

 むしろ狙って発酵させないと、腐敗してしまうので、作物を長期保存するためには発酵は必要な事だ。

 ただ昼間から酔っ払う訳にはいかないので水で薄めてある。

 塩素消毒された水道水が無いこの世界では、生水を飲んで食中毒を起こさないために、逆に水をアルコールで消毒する意味もあるのだ。

 お酒と水は1対5くらいの割合にしてある。

 ほぼ水だが、サクランボの風味が乾いた喉に心地いい。

「ああ、生き返るわ・・・」

 水筒から直接口を付けて飲んだユキがそう言う。

 領主夫人のロリアーネさんと同じくらい身体の小さい彼女だが、アーネさん程お酒に弱くはない様だ。

 薄めたことでアルコール度数は1%もないくらいなので当たり前かもしれないが、ユキは涼しい顔をして飲んでいる。

「ところでさ~」

 急に顔を赤くしたカレンが、私に絡んできた。

 アルコール1%も無いのに。

「なんで、今草刈りをするの~?秋の収穫まで畑に入る必要はないんでしょ?収穫前にまとめて刈れば良いじゃない~?」

 さっきまで暑い暑い言ってたのに私の肩に腕を回してくる。

「ほら、無駄に絡まない。てんこちゃん困ってるじゃない」

 リーナが引き剥がしてくれる。

 あまりベタベタされるのは好きではないので助かる。

 まあ、カレンの言う事も分からないではない。

 前の世界のりんご園ではゴーカートみたいなエンジン付きの乗用草刈り機でもっと楽に草を刈っていたから、わざわざ人力で草刈りするのは面倒に感じる。

「ええとね、こうやって草を刈るのは、畑の見栄えが良いからとか、歩きやすくする為とかじゃなくてね、りんごの木に肥料をやっているのよ」

 苺ジャムをたっぷり挟んだパンを齧りながら、私は説明する。

「肥料?」

 ユキが聞いてくる。

「そう、春先に堆肥を撒いたじゃない。結構な量撒いたけど、実はあれって必要な量の半分くらいしかないんだよね。だから足りない分はこうやって刈った草を土に戻してやることで補ってるんだ」

「へ~。でも、だったらもっと草が伸びてから刈っても良いんじゃない?その方がお得じゃない?」

 リーナがそう聞く。

「うーん、こまめに刈るのも、伸びてから一気に刈るのも草の量としては同じだと思うんだけど、量より質って言うか、草の種類が違ってくるんだな」

「質?」

 ユキの疑問に私はそばに落ちている刈り取ったばかりのその草を手に取って見せる。

「そう、こまめに刈り取っていると、背が高くなる草は減って、こう言う背の低いクローバーみたいなのが増えるんだ」

「ああ、そうか」

 ユキが納得する。

「どうゆう事?」

 リーナとカレンはまだ分からないようだ。

「クローバーってさマメ科なんだよね」

 私に代わってユキが説明を続ける。

「マメ科の植物ってね、根粒菌を持ってて空気中の窒素を同化できるから、土が肥えるんだ」

 この世界の人達は根粒菌とか窒素固定とかの理屈は分かっていないが、それでも経験則でクローバーが良いと言うのは知っているらしく、私達と同じように草刈りを行っている。

「だからクローバーより高く育つ草が上に被さってしまわない様に定期的に草を刈る必要が有るの。今クローバーも一緒に刈っているけど、クローバーは直ぐにまた生えて来るし、それが肥料になるからまとめて全部刈り取ってしまっていいわ」

 私はそう言った。

 家畜を放して草を食べさせ、その糞を肥料にする方法もあるが、りんご園に放せる程度の大きさのヤギとかだとクローバーの根ごと食べてしまうので上手くはない。

 鎌で刈って根と地下茎を残すのが良いやり方だ。

「なるほど、何となく分かったけど、結局この仕事はやらなきゃいけないって事だ」

 まだ半分残っているりんご園を見てカレンは溜息をついた。

「午前中はもう終わりにしよう。暑いから午後も日が傾いてからでいいでしょ。余ったら明日にしてもいいし」

 私はそう言う。

 温暖化が叫ばれていた日本に比べれば、ここは大分涼しいが、それでも夏場の日差しの下での屋外作業は厳しい。

「そうだね、今日中に終わらせなきゃいけない仕事でもないし」

 リーナもそう言ったので、私達は道具を担いで屋敷に戻る事にした。

 周りの畑を見ても、他の村の人達も既に帰り始めていたりする。


 屋敷に戻ると、メイドさん達が昼食の準備を始めていた。

 彼女達には野菜畑の草取りをお願いしていたが、暑くなり始めていたので彼女達も早めに切り上げていた様だ。

 お屋敷は丸太を組み合わせたログハウス的な造りで壁が厚くて断熱性が高く、夜明け前までの涼しさを貯えている。

 なので中は午前中までなら外より涼しい。

「あ、村長。領主様からお手紙が来ていますよ」

 厨房を覗くと、メイドのオリビアさんが食器を運びながら、私にそう言ってきた。

 メイド長のヴィクトリアさんを筆頭に皆忙しく働いている。

 ギリアムさん達、護衛の人達は猟師のヨハンさんと一緒に森に狩りに出かけているので、夕方までは戻らないだろう。

 オリビアさんの話を聞いて、私は村長の執務室に行く。

 執務室と言っても割と狭く、四人分の机と椅子が有るだけだ。

 一応私が村長という事だが、他の三人、リーナ、カレン、ユキも同列という事にしている。

 なので、机は四つある訳だ。

 私の机の上に、手紙が置かれていた。

 他にも色々と書類が散乱しているが、今は気にしない。

 机の使い方もそれぞれ個性がある様で、リーナとカレンの机はそれなりに整理整頓されている。

 一方、ユキの机は私の以上にぐちゃぐちゃだった。

 取り敢えず手紙だけを持って、私は食堂に行く。

 昼食にはまだ早いが、他三人は食卓について駄弁っていた。

「エドから手紙?なんて?」

 食堂に入ってきた私を見て、カレンがそう聞いてくる。

「今開ける」

 私はそう言って、手紙の封を切る。

 中からはメモの様な紙が一枚だけ出て来た。

「なんか、アルマヴァルト市の領主邸まで来てくれって書かれてる」

 それを読んで私はそう言った。

「なんだろ?それって、てんこちゃんだけ?私達も行った方が良い?」

 リーナがそう聞く。

「分かんない。それくらいしか書いてないし、正式な文書でもないみたいだから、どっちでもいいんじゃないかな?期限も無くて暇が有ったらみたいな感じだし」

 私はそう答える。

「じゃあ、あたしも行こうかな」

 カレンがそう言う。

「それって、草刈りやりたくないだけじゃないの?」

 ユキが意地悪そうに言う。

「期限は書いてないから、草刈りが終わってから行くつもりだけど?」

 私はそう言った。

「あ~、じゃあ、面倒だから行かない」

 机に突っ伏して、カレンがそう言う。

 食堂の扉が開いて、ヴィクトリアさん達が昼食を運んできた。

 

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