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春日部てんこの異世界器用貧乏  作者: O.K.Applefield
8章
83/215

8-7


 薄暗い地下道を歩きながら、ミルズ伯爵はぶつぶつと愚痴を言っていた。

「くそ、他の抜け道が潰されていたおかげで、無駄に時間がかかってしまった。ここは我が国が支配していた時に作った新しい道らしいが、だから塞がれてなかったのか。分かっていれば最初にここを使ったのに、そう言う事はちゃんと図面に書いておけ、我が国の情報部も使えん連中だ。大体何で儂がこんなところを歩かねばならんのだ・・・」

 光魔法で道を照らしながら先導して歩く配下達はそれを聞かされて、うんざりとした表情になっている。

 大体、伯爵本人がこんな所に来る必要はないのだが、王国上層部にやっている感をアピールするためだけに付いて来ているのだ。

 無駄に現場主義な上司ほど厄介なものはない。

 部下達には、せめて宿で待っていてしてほしいのだがと思われている。

「着きました」

 先頭を歩いていた男がそう言った。

 道の先がレンガ造りの壁で、行き止まりになっている。

「なんだ行き止まりではないか?」

 ミルズがそう言う。

「この壁を壊せば館の地下室に出るはずです」

 配下の男がそう言う。

 スイッチ一つで開くような仕掛けとかが有る訳ではなく、ただレンガで物理的に塞いであるだけの様だ。

「ならさっさと開けろ!」

 その言葉に男たちはレンガを一つずつ引き抜きだす。

「土魔法とかで一気に壊せないか?」

「それだとこちら側の通路も崩れるかもしれん」

 男たちはそう言い合いながら、人が一人通れる位の穴を開ける。

 出た先は、何もない地下室だった。

 天井付近の壁に僅かばかりの採光用の窓が有る。

「図面には武器庫とあるが、何もないな、運び出したのか?」

 ミルズはそう言いながら、部屋を歩き、入り口の扉に向かう。

「待ってください、ここで油を撒いて火を付けたら、もう撤退してもいいのでは?」

 配下の一人がそう言う。

 この部屋から出て、館内をうろつくと発見されて捕まる確率は高くなるだろう。

「何もない部屋を燃やしたところで、大した打撃は与えられんだろう」

 ミルズはそう言う。

 確かにこの部屋には燃やせる物が無い上に壁もレンガなので、上の階まで燃え広がるかは分からない。

「分かりました。我々が行って来るので、伯爵はここでお待ちください」

 配下はそう言うが、

「いや、私も行く」

 ミルズはそう言った。


 エドガー達がパレードに出て行ったあと、ロリアーネはあまり人が居ない館の奥の方の部屋に移動していた。

 一応、替え玉がパレードに出ているので、本物が何も知らない一般の客の前に出る訳にはいかない。

 両親たちはその客達の応対をしているので、ここに居るのは彼女とメイドのヴィクトリアだけである。

 ヴィクトリアは元々彼女が生まれる前から、彼女の母ステラーナに仕えていたメイドだった。

 特に乳母の様な関係ではなかったが、ロリアーネが小さいころからファーレン家に居て色々面倒を見てもらったことが有る。

 庶民の出で、一度同じくファーレン家に仕える兵士と結婚していたことが有るが、その男は若くして病気で亡くなってしまっている。

 子供はなく、以来ずっと独り身のままファーレン家のメイドとして働いていた。

 アルマヴァルトに来たメイド達の中では一番の年嵩だったので、メイド頭になると見られていたのだが、より爵位の高いファーレン家出身の人間が上に立つとベリーフィールド家出身の派閥から良く思われない可能性が有った。

 そこで彼女自身からの申し出で、てんこ達の世話をする役を買って出る事になったのである。

「ごめんなさいね、ヴィクトリア。本当ならこの館で働いて貰うはずだったのに・・・」

 椅子に座ったロリアーネがそう言う。

 もう間違って飲んだ酒の影響は無くなって来ていた。

「謝る必要はありませんよ、お嬢様」

 隣に座ったヴィクトリアがそう言う。

「もうお嬢様ではありませんわ」

「そうでした、奥方様。それに、ここで多くの部下達に指示を出したりするより、田舎でのんびりするのもいいものです。あちらのお嬢様方も良くしてくださいますし」

 そう言って、彼女はにっこりと笑う。

 そこで、急に扉の向こうが騒がしくなった。

「おや、何かあったのかしら?」

 ロリアーネが立ち上がり、扉の方に向かう。

「あ、私が見て来ますよ」

 ヴィクトリアがその後を追う。

「大丈夫ですわ、もうだいぶ良くなって来ましたし」

 結局二人で、扉の前まで行く。

 ヴィクトリアが扉を開けた。

 そこで、ガキンと言う剣と剣が打ち合う音が響いた。

 扉の前に居た護衛の兵士と、見たことのない男が剣を抜き合って鍔迫り合いをしているのが見える。

「隠れてください!奥様!」

 護衛の兵士が叫ぶ。

 鍔迫り合いをしている所に、横から別の男が剣を腰だめに突っ込んでくる。

 護衛は目の前の敵を力任せに押し返し、二人目の敵の剣をかわそうとする。

 しかし、体勢を崩してかわしきれず腹部に剣を受けてしまう。

 鎧を着ていたが、刃が止まったかは分からない。

 突き飛ばされて、兵士は動かなくなる。

 ロリアーネが悲鳴を上げた。

 六人ほどの男達の一番後ろに居た男が彼女を見て、首をひねる。

「子供?いや奥様とか言われてたが、もしやここの領主婦人か?」

 ヴィクトリアも隣に居るが、メイド服姿の彼女と、明らかに貴人然としたロリアーネを比べれば、どちらが主人かは分かる。

「パレードには行っていなかったのか?とにかく好都合だ、殺せ!!」

 ミルズ伯爵の命令に、配下の男の一人が剣を振り上げる。

「お嬢様!」

 ヴィクトリアが、とっさにロリアーネを守るように覆いかぶさる。

 振り下ろされた剣がヴィクトリアの背中を切り裂いた。

「!」

 ロリアーネが声にならない悲鳴を上げる。


 馬車はものすごいスピードで、領主邸まで走った。

 門の前で止まったところで、エドガーさんが飛び降りる。

「今すぐに館の中を探索しろ!賊が侵入している可能性が有る!」

 驚く門番に向かってそう言う。

 そのまま門をくぐり、前庭を抜けて、館へと走って行く。

 私とカレンもその後に続いた。

 館に着くと、エドガーさんはそこに居た執事と数人の兵を呼び止める。

「全ての客を中庭に集めろ、護衛は父上とファーレン卿の部下に頼め。当方の兵は館の中をくまなく調べる!」

 矢継ぎ早に指示を出す。

「私達、アーネさんの所に行ってますね!」

 全体の指揮はエドガーさんに任せて、私とカレンは先に館の奥に向かった。

「頼む!私も後から行く」

 その声を背中に聞いて、走る。

 ドレスを着て弓矢を持って走る私達の姿を見て、若いメイドさん達が唖然とする。

 私なんて鍋まで背負っている。

 かなり広い館の廊下を走り、アーネさんとヴィクトリアさんが休んでいるはずの部屋へ向かっている最中に、女性の悲鳴が聞こえて来た。

 聞き覚えのある声に嫌な予感が走る。

 廊下の角を曲がったところで、その光景が目に入って来た。

 見覚えのない数人の男達。

 何人かは抜き身の剣を持っている。

 そして、その向こうに抱き合うようにしている二人の女性と、倒れている護衛の兵士が見える。

 二人の内一人、ヴィクトリアさんが背中から血を流しているのが見えた。

 自分の頭に血が昇るのが分かった。

 思考が加速して、周りがスローモーションになった気がする。

「武器を捨てなさい!逃げられないよ!」

 カレンが弓を構えて威嚇する。

 しかし、外すとアーネさんとヴィクトリアさんに当たりかねないので、矢を放つことを躊躇っているのが分かった。

 後ろから味方の兵士達がやって来る音が聞こえて来た。

 こちらが有利になるが、アーネさん達を人質に取られたら厄介だと考える。

 早くヴィクトリアさんの治療をしたい。

 治癒魔法が使えるリーナを置いて来たのは失敗だったか?

 私達の登場に驚いた男達のうち、一番偉そうな男が叫んだ。

「急げ!そんな年増のメイドより、小娘の方を殺すんだ!」

 その言葉に、彼の配下たちに一瞬迷いの色が浮かぶ。

 当たり前である、ここでアーネさんを殺してしまえば、敵の本拠地で発見されてしまった彼等には人質を盾にして逃げる事も交渉する事も出来なくなってしまう。

「何をしている!どけ、私がやる!」

 動かない部下に苛立った彼が、自分の剣を抜いてアーネさんに近付いて行く。

 不味い!あちらも頭に血が昇って冷静な判断が出来なくなっているみたいだ。

 私は前に向かって走り出した。

 私も頭に血が昇っているが、ちゃんと作戦は考えている。

 一瞬しか時間が無かったから、上手く行くかどうか検討は出来なかったが、多分上手く行く。

 上手く行ってくれ!

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