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一方その頃、ローゼス商会のサムソンは後悔していた。
彼は雇い主の末娘であるエリザベート・ローズの頼みで、アルマヴァルト子爵夫妻の結婚式の祝いの品を王都から運んできていた。
王都で行われた結婚式でも贈り物をしていたが、今回も山盛りで持たされた。
出席しようとやって来ないだけマシなのだが。
昨日、到着して、品物を渡して帰路で運ぶ交易品を買い付けに行こうとしたら、例の四人組の少女たちに呼び止められ、頼み事をされて、今ここに居る。
街の外れにある穀物を貯蔵している倉庫である。
駐留している王国軍の為の食料であり、彼等が以前運んできた物も仕舞われているはずだ。
サムソンと彼の隊商のメンバー、それに近隣の村の青年たちが倉庫から少し離れた場所に身を隠している。
そこへ、十数人の目を血走らせた集団がやって来た。
手に手に武器を持っている。
剣を持っている者もいるが、鎌や鍬等の農具、包丁やスリコギ棒などの調理用具などを持っているものが大半だ。
まさに一揆と言う感じである。
領主の結婚式と言うお祭りの日だが、それでも門番が二人いて、制止しようとする。
それでも、集団、いや暴徒達は近付いて行く。
門番は正規の兵士でちゃんとした槍を持っているが、大勢で襲われたら勝てそうにない。
「待て、待てーい!」
暴徒が倉庫にとりつく前に、横合いからサムソン達が飛び出てくる。
「そこに収められているのはお百姓さんが苦労して作り、俺様たちが運んできた大切な食料、それに狼藉を働こうというなら、このローゼス商会一の怪力サムソン様が許さねえぞ!!」
先頭に立つ彼が、大げさにミエを切って見せる。
だが、内心は冷や汗をかいていた。
『やだなあ、食料庫とか武器庫は他にも有るのに、何で俺が配置されたところに来るかな。俺っち、図体はでけえけどそんなに喧嘩は強くないんだよ、女の子に投げ飛ばされるくらいだし、この風体で用心棒やらされることもあるけど、実際向いてないんだ。でも、恩義のある人から頼まれたら断れないし、この地方は新しい市場だからコネは作っておきたいし・・・』
心の中で、ぶつぶつと文句やら後悔やら打算やらを呟く。
それでも、彼の巨体を見た暴徒たちは狼狽えた。
サムソン達は皆手に長い棒を持っている。
以前、鍛冶屋に払い下げられた古い槍の柄の部分である。
ワーリン王国軍による陽動で、正規の兵と武器の大半は国境へ行ってしまっている。
ベルドナ王国から送られる予定の予備の武器はまだ届いていないので、いざと言う時の為に残しておいたものだ。
市内の食料庫などを守る人員分の武器が無いので、これが配られた。
ただの棒で殺傷力は低いが、集団で同じ武器を持っていると、威圧感は強い。
正規の領兵たちはパレードや領主邸の守りに着いていて、サムソン達も目の前の暴徒たちと同じ寄せ集め、烏合の衆なのだが、このせいで統率のとれた兵士に見えてこない事も無い。
暴徒たちは自分達より強そうな一団を前に、どうするか迷い、お互いの顔を見合わせる。
そんな中、カスカベ村のアインが、一歩前に出て来た。
てんこ達が彼等従軍経験のある若い男性達だけを連れて来たのは、いざと言う時の為の戦力にするためだったのだ。
「おいお前、ボブだろう!」
アインが、暴徒の中の手拭いで顔の半分を隠した男に呼びかける。
「そうだ、前の村長の所で下働きをしていたボブだ。こないだも会ったよな。悪い事は言わない武器を捨てろ!」
「う、五月蠅い!この裏切り者どもが!!」
ボブと呼ばれた男が激高して叫ぶ。
「裏切り者?それは見方の違いだな、俺達は支配者は変わったがこの土地をとった。お前たちは土地を捨てて国をとった。それだけの事だ。元々ここはどっちつかずの土地だろう。ワーリン王国の下に在ったときも領主が変わるなんて良く有ったことだ。そうして見れば、今の領主は良い領主だ。敵として戦った俺達も解放してくれた。お前達も今武器を捨てれば許してくれるかもしれん」
アインは滔々と諭した。
ボブと他の者達に動揺が走る。
彼我の戦力差を計ったのか、暴徒の一人が手にしていた鎌を地面に捨てた。
一人また一人と、武器を捨てていき、やがて全員が降伏する。
「よ、よし、縄をかけろ!」
そう言って、サムソンは縄を用意していた人達に暴徒たちの手を縛らせる。
「た、助かりました。説得してもらって」
サムソンがアインにそう言った。
「いや、あんたが鬼みたいな顔で威嚇してくれてたお陰で上手く行ったよ」
「え?俺そんなに怖い顔してました?」
思わず顔に手をやる。
極度の緊張でそんな顔に成っていたらしい。
「それにしても、あんた達の所の村長の言う通りだったな」
「うん?」
「俺たちの様な大した事のない戦力でも、必要な時、必要な所に必要な数居るのが大事なんだって話でさあ」
「ああ、りんごの栄養に例えてたあの話か。俺にはよく分からなかったが」
手にした古い槍の柄を見て、二人は笑った。
逃げ出した敵を追って、味方の兵が動き出す。
私達はエドガーさんとユキを守るために馬車のそばに残った。
敵はまだ武器を持ったままなので危険だ。
全員は捕まえられないかもしれないけど、取り敢えずは私達の仕事は終わりって事でいいよね?
そう思っていると、敵の一人が逃げるのを止めて、こちらを向いた。
さっき撤退の号令を出した人だ。
自棄になって何かをするつもりなのかと、味方に緊張が走る。
「あ~、我々の負けだ、降参する」
そう言って、剣を鞘に納め、鞘ごと捨てた。
「俺の配下のもんは剣を納めろ!他の連中もそうして欲しいが、まあ好きにしてくれ」
その言葉に、敵の半数ほどが彼と同じように武器を捨てた。
抵抗する者が減ったので、残りの敵の対処がしやすくなる。
「裏切るつもりか!?ベルフォレスト卿!」
抵抗を続ける男が非難の声をあげる。
「ああ、そうだ」
「この売国奴が!!」
「どのみち勝ち目はあるまい?売国ついでだが、ベリーフィールド卿、いやアルマヴァルト卿か、貴国ベルドナ王国への亡命を申請する」
ベルフォレスト卿と呼ばれたその男は、エドガーさんに向かってそう言った。
「ほう、話を聞こう」
エドガーさんが馬車を降り、彼に近付いて行く。
抵抗を続けていた敵も、ほぼ制圧されたり、勝ち目が無いとみて投降し始めたりしている。
私達は馬車の近くに残る。
ドレス姿のユキが慣れない服に戸惑いながら、馬車から下りて来て私達に並ぶ。
リーナとカレンが羨ましさ半分にユキをからかう。
耳を澄ますと、エドガーさんとベルフォレスト卿の話が聞こえて来た。
「亡命と言う話だが、信用していいのかな?」
「ああ、もちろん」
「ならば、貴君らの手の内を晒してもらおう。襲撃者はここに居るもので全部か?」
「いや、別動隊が二つある。一つは食料庫を襲うはずの部隊。騒ぎが起こっていない様だから失敗したのだろうな」
「そうだな、街の要所には庶民から募集した兵を配置してある。国境の陽動のお陰で正規兵が不足しているからな」
「なるほど、こちらの動きは筒抜けだった訳か」
「で、もう一つは?」
「領主邸に焼き討ちをかける部隊だ。知っているかな?あそこにはもしもの時の為の抜け穴が有る」
「ああ、あそこは二十年前は我が国のものだったのだから、その伝達は受けている。二つ有った抜け穴はどちらも塞いであるよ」
「二つ?」
ベルフォレスト卿が目を細めて、癖なのか顎髭を撫でた。
「我々が受け取った情報では三つだったのだが・・・。そうか、三つ目は後になってから掘った物か・・・」
「何!!」
エドガーさんの顔が険しくなる。
「すぐに知らせに行った方が良いかもしれないな。よく見るとあそこの花嫁、替え玉の様だ。本物の奥方は領主邸かな?」
ベルフォレスト卿の言葉に、エドガーさんは踵を返して馬車の方に戻って来た。
「ここの指揮はディアナに任せる。馬車を出せ!急いで館に戻る!」
ディアナさんと御者さんに向かってそう言う。
「わ、私達も行きます!」
私とカレンも馬車に飛び乗った。
私達としてもアーネさん達が心配だ。
重装備の衛兵だと重くて遅くなるかもしれないが、女の子二人くらいなら何とかなるだろう。
「リーナとユキは残ってて」
あまり戦闘向きではない二人は残していく。
「出してくれ!」
エドガーさんの言葉に、御者さんが馬車を引く馬達に鞭を打った。




