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春日部てんこの異世界器用貧乏  作者: O.K.Applefield
8章
81/215

8-5


 結婚式当日。

 領主邸の聖堂で式が行われた。

 聖堂はエドガーさん達が住む本館とは別の建物になっている。

 領主邸と言っても、複数の建物が有り、広い庭とそれらを囲む高い塀、石垣が有る。

 ほぼ山城と言うか、いざと言う時の為の軍事拠点、要塞である。

 この中に居る限り、ある程度の安全が確保されている。

 集まった参列者は、私達の様な領主配下のある程度地位のある人達、両家のご両親、それに近隣の領主であるフラウ辺境伯等である。

 各村の村長は、新任の人と元々この地に居た人達も含まれている。

 一度正式な式は行われているので、近隣の領主はほぼ代理の者を出席させている。

 唯一、すぐ隣の領主であるフラウ伯爵本人が来ていて、この中で一番地位が高いので、司祭役をしている。

 この国と言うか、この大陸ではある種の多神教が信仰されている。

 と言っても、千年前の『神殺しの大戦』の影響か熱心な信者は多くない。

 それでも、こう言った式典では必要で、司祭の資格を持った人が執り行う。

 資格の取得は割と簡単らしく、一部の貴族も持っていたりするそうだ。

 聖堂の扉が開き、純白のドレスを纏ったロリアーネさんが入って来る。

 高いヒールを履いているので、それほど小さくは見えない。

 元々花のある顔立ちと優雅な物腰で、立派な花嫁に見える。

 ファーレン伯爵のエスコートで、ゆっくりとエドガーさんの方へ歩いて行く。

「綺麗・・・」

 隣のリーナが思わずそう呟く。

 他の人達も感嘆の溜息を洩らした。

 迎えるエドガーさんも正装で、いつもより凛々しく見える。


 式はつつがなく執り行われた。

 が、しかし・・・。


 式の後、しばし休憩になる。

 パレードに出るのはエドガーさんとアーネさんの他は、私達や護衛の衛兵達で割と少人数である。

 守る対象が多くても困るので、両家の御両親たちは出ない。

 パレードに出る人達はその準備をし、そうでない人達は軽食とお酒が振舞われているので、ひとしきり盛り上がりだしている。

 そんな中、私達は花嫁の控室に呼び出された。

 部屋に入ると、アーネさんにエドガーさん、ご両親たちに司祭のフラウ伯爵も居た。

 偉い人達ばかりで尻込みするが、よく見るとアーネさんは椅子に座ってぐったりしている。

「ど、どうしたんですか?」

 思わず聞く。

「申し訳ない。私の責任だ・・・」

 フラウ伯爵がそう言った。

「いえ、そんな事はありまひぇん」

 アーネさんが否定する。

 なんか呂律が回っていない。

 お化粧しているから分かり難いが、顔も赤いように見える。

「式の後にお疲れだったようだから、飲み物を勧めたんだが・・・」

「それが蜂蜜酒だったんだ」

 エドガーさんがそう言った。

 そう言えば以前、お酒を飲もうとしたとき、ヴィクトリアさんに止められてたな。

「まさか、たった一杯でこうなってしまうとは思わなかったのだ」

 フラウ伯爵が天を仰ぐ。

「あれ、でも、式の途中でワインみたいなの飲んでいませんでした?」

 カレンがそう聞く。

「ああ、あれはベリーのジュースだ。この後の事も有るから、僕もアーネも酒類は飲まないつもりだったんだ」

 エドガーさんがそう答える。

「それで、この後のパレードなのだが・・・」

「らいじょうぶれす!このまま、わたくひが出ます!」

 そう言って立ち上がったアーネさんだが、ふらふらと倒れそうになる。

「無理をしないで」

 慌ててステラさんが支えてもう一度座らせ、ヴィクトリアさんがポットからコップに注いだ水を飲ませる。

「うう、面目ありましぇん」

「こんな感じで、無理そうなので替え玉を立てたいのだが・・・」

 エドガーさんが困った顔をする。

「彼女の強い希望で、もしもの時の為の替え玉も用意していなかったのだ。屋敷のメイドに頼もうにも似た背格好の者は居なくてね」

 そう言われて、私達はピンときた。

 他三人の視線がユキに向かう。

 確かに、ユキとアーネさんの身長は同じくらいだ。

 顔立ちや髪の色は違うが、カツラを付けてベール深くかぶれば、遠目には同一人物に見えるだろう。

「分かりました。私が影武者をやります」

 ユキがそう言った。

「大丈夫?本当なら、ここで待ってる予定だったじゃない?」

 リーナがそう聞く。

「大丈夫。無理に出しゃばらないで、自分の身を守る事だけ考えるから」

 ユキは自分の胸を叩いて、そう言った。

「有難う、この埋め合わせは必ずする」

「本当に申し訳ありましぇん」

 エドガーさんと、酔っ払ったアーネさんがそう言った。


 数本の矢が、馬車の上の二人に迫る。

 ドレス姿のロリアーネさん、いや、ユキがカツラごとベールを外して立ち上がる。

水球壁ウォーター・スフィア!!」

 彼女の魔法で球状の水の膜が現れ、馬車ごと覆った。

 水は渦を巻くように回転していて、襲ってきた矢を絡め捕るようにして無力化する。

 ユキの技量ならばこのまま数分間、水の障壁を張り続けられるだろうが、彼女はすぐに術を解いた。

 別の方法で攻撃された場合に対処できるように、視界を確保するためだ。

 矢を放った敵は、もう一度撃たずに弩を捨てて、剣を抜いて他の仲間に加わった。

 普通の弓と違い弩は再度弦を引くのに時間がかかるし、街中で目立つ矢筒を持ち歩ける訳も無いので予備の矢など持っていないのだろう。

 事態に気付いた一般の人達が、悲鳴を上げて逃げ出す。

 剣を持った襲撃者たちが、殺到してくる。

 私達三人は、儀礼用の槍を構えた味方兵の後ろに下がっている。

 味方の隙間から、魔法を撃って援護をする。

 街の人に当たるといけないので、カレンは弓を使わずに風魔法を放っている。

 リーナと私は水魔法だ。

 乱射しても味方の背中に当たるだけなので、私も単発である。

 レベルが低いので、私の魔法は本当に牽制にしかならないが。

 敵にも魔法を放って来るものが居たが、儀礼用のフルアーマーを装着した衛兵を倒せるほどの威力を出せる者は居ないらしい。

 馬車の上では、ユキが敵の攻撃に合わせて防御魔法を発動させている。

 動きはぎこちないが、エドガーさんが指示を出しているおかげで、うまく立ち回れているみたいだ。

 エドガーさんは高い所から、全体の指揮も取っている。

 御者台の下に隠しておいた大きな盾を構えて、ディアナさんが二人の背中を守っていた。

 襲撃者はそれなりの手練れのようだったが、こちらも正規の兵士の中でも精鋭を連れてきているので、隊列を突破されることは無いように見える。

「撤退だ!!」

 襲撃者の後ろの方で声が上がった。

 敵の一団が、我々から距離を取り、逃げ出す。

 判断が早い。

 襲撃が始まってまだ数分しか経っていないし、双方、それほど被害が無いのにもう逃げるのかと思ってしまう。

 こちらは目立った負傷者は無し、敵側は数人怪我人が出ているが動けなくなっているものは居ないようだ。

 ふと、以前の狼の群れの事を思い出した。

 だが、これは少し不味いかもしれない。

「逃がすな!」

 エドガーさんが叫ぶ。

 馬車を守るようにしていた衛兵たちが追撃をしようとする。

 それと同時に、一般市民の格好で観衆に混じっていた味方の兵士たちが敵を捕らえようと前に出て来た。

 しかし、彼らは沿道に満遍なく配置されていたので、集まるのに時間がかかり、今現在、敵を完全に囲むだけの数が居ない。

 敵の撤退が早かった為に、全員を捕まえられないかもしれない。


 この少し前。

 ベルフォレスト子爵は商人風の格好をして、パレードが通る予定の沿道で待ち構えていた。

「遅いですね・・・」

 顎髭をいじりながら、そう独り言を言った。

 遅いというのは、パレードの隊列の事ではない。

 今回の襲撃は大きく隊を三つに分けている。

 一つは領主夫妻を狙う自分達。

 この隊は、本国から連れて来た精鋭で構成されている。

 二つ目は、陽動の為に街の別の所で暴動を起こす役目の者たち。

 こちらは案内の為に連れて来た元の現地民たちと、協力を取り付けた地元民でなっている。

 もう一つは、ミルズ伯爵が率いる更なる別動隊だ。

 司令塔が二人いると混乱しかねないので、ベルフォレストとミルズは別の隊を率いる事になった。

 そろそろ、陽動部隊が騒ぎを起こしてもいい時間だが、そのような兆候は見えない。

 そうこうしている内に、パレードが目の前にやって来る。

「仕方ありません、行きますか」

 彼はそう言って、配下の者たちに合図を出した。

『どうも、この作戦は無理な感じがしますね。ここはプランBで行くことも考えないといけないかもしれません』

 心の中でそう呟いて、剣を抜きながらパレードの前に出て行く。


 結局、ベルフォレストの心配は現実のものになった。

 自分達の奇襲にも相手は動じず、素早く防御陣形をとられるし、弓矢も魔法で防がれてしまった。

 ここは敵地にど真ん中なので、時間が経つほど自分達が不利になるのは分かり切っている。

 彼はすぐさま撤退を命じたが、一般の民衆だと思っていた者たちの中にも敵兵が混じっていたらしい。

 自分達を捕まえようとやって来る。

 完全に相手の罠に嵌った形だ。

 逃げ切れるのは半数も居ないかもしれない。

 その上、この場から逃れたとしても、本国まで戻るのは更に困難だろう。

「こうなったら、プランBしかありませんね」

 ベルフォレストはそう呟いて、逃げるのを止めた。

 踵を返し、再び領主の乗った馬車の方を向く。

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