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会議が終わり帰ろうとしたところで、私達は以前雇っていたメイドさんに呼び止められ、アーネさんのお茶会に誘われた。
案内され応接室に行くと、アーネさんと後二人いた。
「まあまあ、お久しぶりだわ、皆さんお元気でした?」
一人はエドガーさんのお母さん、エリシアさんだった。
王都で別れて以来だ。
相変わらず気さくに私たちに話しかけてくる。
「初めまして、ファーレン伯爵の妻、ステラーナですわ。ステラとお呼びください」
もう一人の年配の女性が優雅に挨拶をした。
「私の母ですわ」
アーネさんがそう言う。
どうやら昨日の内に両家のご両親もお祝いの為に到着したようだった。
ステラさんに答えて、私達も自己紹介をする。
「さあ、立ち話もなんですので、皆さんお座りになって」
一通り挨拶が終わったところで、エリシアさんがそう言った。
待っていたように、メイドさん達がお茶を運んでくる。
メイドさんの中にはヴィクトリアさんも居た。
私は席に着いて、改めてステラさんを見た。
見た感じエリシアさんと同じくらいの年齢に見える。
綺麗で上品だが、割と普通のお母さんと言う感じだ。
アーネさんみたいに極端に若く見えないし、背もそんなに低くない。
お父さんのファーレン伯爵も戦場でチラッと見たことが有ったが、こちらも別に小さくはなかった。
アーネさんは誰に似たのだろうか?
「もう既に一度見たけど、改めてもう一度娘の晴れ姿を見れるなんて、感慨深いわね」
ステラさんが、そう言う。
「・・・こんなに小さいのに」
その言葉にアーネさんがむっとして見せる。
「お母様!余計な一言ですわ、私が小さいのはお婆様に似たせいです」
「そうだったわね、お義母様も背の低い方だったわね」
どうやら、アーネさんは隔世遺伝らしい。
「それにしても残念だわ、アーネさんせっかくお嫁に来ていただいたのに、エド共々こんな危険な僻地に赴任だなんて」
エリシアさんはそこまで言って、「あっ」と、口元を押さえる。
「失礼、僻地だなんて言ってしまって、ただ若い子とこうやってお茶をする機会も少なくて寂しいのよ」
「申し訳ありません、お義母様。でもこれも貴族の務めですから」
アーネさんがそう言う。
しかし、エリシアさんも僻地と言うのは訂正したが、危険と言う所は訂正しなかった。
「そう、それ、当日のパレードだけど、アーネさんとエドガーさん自分達を囮にするつもりみたいだけど大丈夫なの?」
リーナが口を挿む。
「ええ、エドは私だけ替え玉を用意しようかと言ってくれましたが、別の誰かを危険に晒して自分だけ安全な場所に隠れて居るなんて、私、出来ませんわ」
アーネさんは、拳を握り締めてそう言った。
「本当に、気を付けてね」
エリシアさんが、心配そうにそう言う。
どうやら、両家の関係者にも話は伝わっている様だ。
「大丈夫よ、今頃、旦那たちが色々策を巡らせているはずだから」
貴族の責務を果たそうとする娘を頼もしそうに見て、ステラさんはそう言った。
「それよりも、貴女方もパレードに出るんでしょう、そっちの方が心配だわ」
ステラさんが私達を見て、そう言う。
「ええと、そこら辺は一応私達も領主様配下の準男爵とか騎士みたいな役職ですから、こういうのも仕事でしょう。それこそお屋敷のメイドさん達にやらせるよりは良いと思います」
私はそう答える。
「でも、ユキちゃんとリーナは止めておいた方が良いと思うな。こういう荒事向きなのは私とてんこちゃんだと思うし」
カレンがそう言ってきた。
「私は大丈夫よ。攻撃用の水魔法が使えるし、いざと成ったら棒術で自分の身も守れるし」
リーナが、そう言う。
「ん~、私はお言葉に甘えて止めておこうかな、狼の時も足を引っ張ってたし、バックアップの方に回るよ」
「じゃあ、私達三人がパレードに出て、ユキはお屋敷で待機って事で」
そう言う感じで決まった。
「そうそう、狼と言えば、頂いた毛皮のマフラー、とてもいいものでしたわ。冬になったら使わせていただきます」
アーネさんが話題を変えて来た。
「まあ、そんなに良いものなの?でしたら私も何か貴女方の作った毛皮が欲しいですわ」
「そうね、私も。お代は払いますわ」
ステラさんとエリシアさんも興味を持ったようだ。
「ええと、他の狼の毛皮は売ってしまったんでもう無いんです、鹿革で良ければ何か作りますけど、私達、別に本職じゃないんで、素人仕事ですよ」
「そんな事ないですよ、特にてんこ様の器用さは本職以上です」
お茶のお代わりを注ぎながら、ヴィクトリアさんがそう言う。
そんな感じで、何を作るか聞いたり、品物の受け渡しをローゼス商会に頼むこととかを決めたりした。
当面の目的は結婚式で起こるであろう厄介事の対処だが、こうして他にもいろいろやる事はある。
一方、同じ頃、アルマヴァルト市内の宿屋の一室。
「どうも不味いですな・・・」
数人の男性たちが集まっている中で、ロナルド・ベルフォレストはそう言った。
フラウリーゼ川の戦いで、ワーリン王国軍の別動隊を率いていた男だ。
「新領主の人心掌握は大分進んでいるようで、こちら側の協力者になってくれる者が少ない」
宿の二階の窓から、賑わっている通りを見下ろす。
カーテンを閉め切って部屋を薄暗くし、かえって怪しさを振り撒くようなことはしない。
宿の主人は数少ない協力者なので、ある程度堂々としていられる。
「くそっ!二十年間我が国の庇護下にあったのになんて恩知らずな連中だ!」
別の男が悪態をつく。
彼は軍主力部隊の副官をしていたミルズ伯爵だ。
『まあ、二十年間、税を搾り取っていた相手でもあるんですがね』とベルフォレストは思ったが、口には出さない。
彼等は先の敗戦の責任を取らされ、アルマヴァルト領の攪乱作戦を任されているのだ。
「こうなったら、潜入した我等だけで決行するしかあるまい」
ミルズが息巻く。
「あ~、それですがね、別の日にしませんか?パレードで直接領主を狙えるのは良いんですが、失敗した場合、我々一網打尽ですぜ」
「臆したか!ベルフォレスト卿!この千載一遇の機会を見逃せというのか!」
「声が大きいですぜ、ミルズ子爵殿。宿の主人は口止めしているとはいえ、通りの向かいの家にまで聞こえちまう」
ベルフォレストの忠告に、ミルズは声を小さくする。
「う、うるさい、分かっておるわ。それにワシはまだ伯爵だ。領地を減らされたとは言え、まだ降格はされておらぬ。お主とてこの作戦が失敗したら子爵から男爵に落とされるのだぞ」
「そうなんですがね・・・」
ベルフォレストは肩をすくめて見せる。
『しかし信賞必罰とはいえ、領地を減らしたうえで、さらに降格をチラつかせて人に仕事を押し付けるやり方はどんなものでしょうね。総大将だった王太子は何のお咎め無しだと言うのに』やはり口に出さずそう思う。
「ともかく、結婚式の日は狙いやすいですが、もし、こちらの動きを読まれていたら、逆にヤバい事になります。ここは日をずらして武器庫やらを焼き討ちするのが良いんじゃないですか?別に指令は攪乱であって、領主の暗殺ではない」
ベルフォレストはそう言うが、ミルズは首を振った。
「いや、チャンスを見逃したと叱責されるかもしれん。こちらの動きを読まれてたらと言うが、所詮、相手は若造だ。そこまで聡くはないだろう」
「いや、しかし・・・」
「それに、成功すれば領地の返還の上に、報奨も頂けるはずだ」
ベルフォレストはもう一度、肩をすくめた。
「分かりました。ミルズ卿、貴方が大将だ」
これで作戦の大枠は決まった。
次いで、彼らは部下達と共に作戦の細かい部分を練りだす。
ベルフォレストはもう一度、窓から宿の外に目をやった。
『いかんなあ、失敗を取り返すことに執着して、もう一度失敗することを考えていない・・・』
そう、独りごちる。




