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季節は春から初夏に移り変わって来た。
結局あれ以降、狼の群れを見ることは無くなっていた。
何度か森の中を見回りしたが、その度に山菜を大量に採って帰るだけになった。
「これ美味しいけど、そろそろシーズンも終わりだね」
昼食に採って来た木の新芽の油炒めを食べながら、私はそう言った。
「定期的な巡回は今月で終わりだし、畑の野菜が採れ始めるからそっち食べよ」
リーナがそう言う。
「お食事中すみません。お手紙が来ました」
メイドのオリビアさんが部屋に入って来た。
彼女はこの村で新しく雇った娘さんだ。
「手紙?」
一番近くに居たカレンが受け取る。
「誰が持ってきたの?」
ユキが聞く。
「たまに来られる連絡役の兵士さんでした。次に行く所があると言って、すぐに出発されましたが・・・」
「あら、少しくらい休んでいけば良いのに」
リーナがそう言った。
「急ぎの用なのかな?エドガーさんから?」
「そうだね、エドとあとアーネさんの連名になってる」
差出人の名前を見て、カレンが答えた。
彼女が食事用のナイフをナプキンで拭いて、それで封を開ける。
「なんて書いてあるの?」
リーナが覗き込む。
「『結婚式への招待』?だって」
カレンがそう言った。
「どうゆうこと?」
私は聞き返した。
エドガーさんとロリアーネさんの結婚式は、既に去年の年末に王都で行われたいた。
国王様も列席の上で盛大に行われたそうだが、こちらでももう一度行う事になったと書かれている。
新領地アルマヴァルトの統治も軌道に乗って来たので、領民に対する顔見世も兼ねて改めて行うという事らしい。
「で、私達にも出席して欲しいって事ね」
私がそう要約する。
「ワオ!何着て行こうか?」
リーナが浮かれだす。
「って言うか、一週間後じゃない。急すぎない?」
予定日を見てカレンがそう言った。
「これはあれだね、有事の時に各地に居る配下が速やかに集まれるかの訓練も兼ねてるんだろう」
ユキがそう推測して見せた。
「なるほど」
私は納得した。
「それより、何かお祝いの品とか持って行った方が良いのかな?」
「いや、急だからそう言う気遣いは無用って書いてあるし」
「それでも、なんか有った方が良いんじゃ・・・、そうだ、この前のアレはどう?」
「アレ?ああ、捕った狼の毛皮?」
「そう、今は季節じゃないけど、尻尾で作ったマフラーとか良いと思うんだけど」
「じゃあ、それにするか」
リーナとカレンが相談し合っている。
ちなみに狼三匹の内一匹だけから小さな魔石を取ることが出来た。
あのボス狼なら、大きな魔石を持っていたのかもしれないが、それは言ってもしょうがない。
「これ、全員出席するべきかな?」
私はユキに聞く。
「またそう言う出不精なこと言う」
ユキが呆れて見せる。
「一応四人全員の名前が書いてあるから、出た方が良いでしょうね。あと領主の結婚式なんて滅多にないお祭りだから村の人も何人か見物に連れて行ってもいいかもね」
そんな感じで、急遽エドガーさんとアーネさんの結婚式に出るためにアルマヴァルト市に向かう事が決まった。
三日後、色々準備して私達は村を出発した。
メンバーは私達四人に、護衛のギリアムさんとジョンさん、村の人はアインさんやヨハンさんなど五人、最後にヴィクトリアさんだ。
護衛の残り二人は、村を守ってもらうために残してきた。
村の人は若めの男の人達だけである。
エドガーさんからの手紙の最後に少し気になる一文が有ったので、彼等の奥さんや子供たちは連れてこなかった。
私達が居ない間の村の事はトムお爺さんに任せてある。
来た時は馬車と一緒に歩いて一日半くらいかかったが、身軽な状態で歩けばそれよりも早く進める。
早朝に出発して、なんとか日が暮れた少し後位に街に着けた。
その日は遅いので領主邸には行かず、宿に泊まる事にした。
私達が前に住んでいた家は今は別の人が住んでいるし、領主邸は偉い人達が宿泊するので、私達が泊まれる部屋は無いだろう。
その代わりエドガーさんが気を利かせて、宿を予約しておいてくれたのだ。
領主様の結婚式の話は既に近隣に知られている様なので、一目見ようという人達がそれなりに集まってきていて、割とどこの宿も満杯みたいだ。
「明日は朝一でエドガーさん達に挨拶に行くかな」
部屋に運んでもらった夕食を食べながら私は言った。
部屋は大部屋が二つで、男性用と女性用に分けて使っている。
「そうだね、その後は職業斡旋所に行こうか?」
ユキがそう言う。
村に調理具や農具を修理したりする鍛冶師が欲しいという要望が上がっていたので、この機会に求人を出しておこうという話だ。
「ヴィクトリアさんは挨拶に行ったらそのまま、アーネさんの所に行くのでいい?」
「はい、そうさせて頂きます」
彼女は元はアーネさん付きのメイドだったので、今回忙しいであろう花嫁のお世話係の応援に行くことになっている。
「護衛の人達は私達に付いて来てもらって、村の人は自由に観光って事で良いかな?」
式は四日後だが、すでに街には屋台が出ていたり、大道芸人が来ていたりする。
「そうだね、そんな感じで良いんじゃない?」
食事をしながら、明日の予定を簡単に立てておく。
次の日、領主邸に行くと、私たち以外にも既に多くの人達が挨拶に詰め掛けていた。
私達と同じアルマヴァルト領内の村長達や、近隣の有力者、商人たち等である。
沢山いるので、順番が来るまで待たされる。
「この全員と挨拶しなきゃいけないとか、領主様も大変だね」
リーナがそう言った。
控室にも入りきらないので、私達は玄関ホールで待たされている。
「まあ、それがお仕事だもの、しょうがないよ」
ユキがそう答える。
「それにしても、なんかさっきから人が行ったり来たりして、忙しそうだけど、こんなものなのかな?」
一大イベント前なので、忙しいのは分かるのだが、それにしてもなんかバタバタとしている。
「おや、嬢ちゃん達、来てたのか」
不意に、行ったり来たりしている人の一人から声を掛けられた。
「あ、トールさん、お久しぶりです」
アルマヴァルトに駐留している王国軍の兵士、トールさんだった。
この地は、ベルドナ王国とワーリン王国の最前線なので、領兵以外にも王国軍が駐留している。
王国軍の大部分はアルマヴァルト市の外れの方に駐屯地を作ってそこに居るが、彼は連絡役として領主邸に詰めている一人だった。
「どうしたんです?なんか忙しそうですけど?」
私がそう聞く。
領主配下の人が忙しいのは分かるが、王国軍の彼まで忙しそうなのが分からない。
「ああ、それがな、ワーリン軍の奴らが国境の辺りに集まってるらしいんだ」
「え?大変じゃないですか、結婚式やってる場合じゃないんじゃ?」
国境と言うのは、ベルドナがアルマヴァルトを占領して新しくなった方の国境の事だろう。
そこに、敵軍が集まっているという事は、領地の奪還を狙っているという事だろうか?
「いや、そこまで大規模な兵数ではない。威嚇と言うか、ここを奪還できる程に国力は回復していないが、まだ諦めていない事を示すための示威行動だろう。国境付近で小規模な演習をするくらいじゃないかな?そんな訳で、式は予定通りに行うと領主様は言っていたよ」
「そうなんだ、良かった・・・のかな?」
「まあ、放って置くことは出来ないから、俺らはこれから国境警備に行かなきゃならんけどね」
それで、みんなバタバタしていたのか。
「じゃあ、エドガーさん達の結婚式は見れないですね」
「ああ、残念だがな。嬢ちゃん達は楽しんで行ってくれ。それじゃ、準備が有るから、またな」
そう言って、トールさんは歩いて行った。
そうこうしている内に順番が来たので、謁見の間に通されてエドガーさんとロリアーネさんに挨拶する。
と言っても、そんなに堅苦しいものではなく、簡単に報告して、贈り物の毛皮のマフラー二本を渡しただけだ。
他にも来客はいっぱい居るだろうから、私達は直ぐに退散した。
ヴィクトリアさんはお手伝いの為にそのまま領主邸に残った。




