7-8
放たれた矢は風の魔法を纏い、物凄いスピードでボス狼めがけて飛んでいく。
しかし、ボスは横に飛んで難なくこれを避けた。
「かわされた!?」
カレンが驚く。
「だったら、これでどうだ!」
すぐさま矢をもう一本つがえ、放つ。
今度は、別の狼を目標にして飛んでいく・・・、と見せかけて、風魔法で途中から軌道を変えて、再びボスを狙った。
しかし、これも避けられてしまった。
魔法は術者から離れるごとに、威力が弱まるので、当たる寸前に急激に矢の方向を変えることは出来ない。
矢を放って、割と近い内に軌道変更しなければいけないので、相手に感付かれてしまう。
と言うか、カレンの殺気が最初も二回目もボス狼に向かっているのがバレてしまっていた様だ。
手強い相手だ。
「みんな、来るよ!」
私が警告の言葉を発する。
そうこうしている内に、群れの狼が大分距離を詰めて来ていた。
ボス狼は、まだ離れたところに居て、全体の動きを見ているようだった。
相手の数は足跡から十数頭と見ていたが、実際は二十頭以上居るかもしれない。
狼の群れの数より私達は人数が少ないので、円陣を組んでそれぞれの背後をかばい合う形で迎え撃つ。
正面から灰色の狼が襲い掛かって来る。
私は、十分に引き付けて一匹に目がけて矢を放った。
こちらにジャンプして飛び掛かって来るところに撃ったのだが、狼は空中で身を捩って、辛うじてこれをかわした。
その反射神経に驚く。
それでも僅かばかり胴体を掠め、矢尻が毛皮を切り裂いて少しばかり出血させた。
その痛みに怯んだのか、一旦、後ろに下がる。
しかし、間髪入れず、別の一匹が左側から襲い掛かって来た。
次の矢をつがえる暇もない。
私は牙をむいて飛び掛かって来る軌道に、わざと左腕を置いた。
狼は案の定、私の腕に噛み付く。
もちろんこんな事も有ろうかと、弓を握る手首から先以外は念入りに獣の革を巻き付けてある。
お陰でその牙は皮膚にまで届かないが、狼の噛む力は強くギリギリと腕を圧迫して来た。
私は、右手で腰の短剣を抜き、狼の首筋に突き立てる。
ギャイン!
悲鳴と血を噴き出して、狼は地面に落ちた。
「まず、一匹」
私は一つ息を吐いて、呟いた。
先頭のカレンも近寄って来た狼を一頭、矢を射て倒した。しかしこちらも別の一頭が時間差で襲い掛かる。
これは、リーナが魔法の杖で殴りつけて、撃退する。
今回、即席槍を作らなかったのは、こういう乱戦で、同士討ちを避けるためだった。
「リーナ、助かった!」
カレンがそう言って、稼いでもらった時間で、次の矢をつがえる。
左右を守るギリアムさんとハルトさんは、襲ってくる狼たちを剣で斬りつけようとするが、狼たちも警戒して、必要以上に攻め込んでこない。
護衛の二人は私達を守るという使命が有るので、不用意に追撃して円陣を崩すことはしない。
流石に兵士として集団戦の訓練を受けているだけは有る。
ユキは円陣の中心に居て、他の人の背中越しに、魔法を放ったりしているが、広範囲な攻撃魔法は味方に当たりかねないので、単発で石礫の魔法を放つくらいしかできない。
「膠着状態です!」
護衛のギリアムさんが叫ぶ。
私とカレンで二頭倒したが、その後狼たちは警戒しているのか、踏み込んだ攻撃をしてこない。
持久戦になると、数の多い狼たちの方が有利になるか?
だが、革鎧で防御力が高い分、こちらにもアドバンテージが有る。
周りの狼を牽制しながら、ふと、ボス狼が居たの方を見る。
「ボスが居なくなってる!」
私が叫んだ。
さっき迄居た場所に銀色の狼の姿が無い。
ゴフッ!!
横合いの茂みから咳き込むような声がして、ひときわ大きな影が飛び出してきた。
ボス狼だ。
その声に急かされる様にして、二頭の狼がギリアムさんに襲い掛かる。
彼は、飛び掛かる一頭を剣で斬りつける。
その一頭は倒すことが出来たが、別の一頭が足に噛み付く。
革の脛当てのお陰で、大したダメージはない。
ギリアムさんはそのまま、狼を蹴り飛ばした。
しかしその隙をついて、ボス狼が彼の横を擦り抜ける。
その先は、円陣の中心に居たユキだ。
こっちの一番弱い所を狙ってきた。
「うわあ!」
ユキが驚いて、尻餅をつく。
「危ない!」
リーナが、魔法の杖で狼を殴りつけようとするが、かわされて杖の先を咥えられてしまう。
そのままボス狼が首を振ると、引き摺られてリーナまで転んでしまう。
他の人達も二人を助けに行きたいが、他の狼たちが私達を取り囲んで牽制するので、その隙が無い。
「助けてっ!」
ユキが叫ぶ。
「仕方ない!当たったらゴメン!」
私は目の前の狼を無視して、円陣の中心を向く。
「火矢魔法!」
ボス目がけて火魔法を放つ。
銀色の狼はこれも易々とかわした。
外れた魔法はユキの身体を掠めた。
「あちっ!」
そう叫ぶが、一応革鎧を着ているし、私の魔法は大した威力じゃないからダメージはそれほどないだろう。
狼に喉笛を噛み切られるのに比べればかなりマシなはずだ。
流石に味方ごと攻撃したのに驚いたのか、ボス狼は円陣の外に逃げていく。
途中ハルトさんが脇を擦り抜けるボス狼に対して剣を振るうが、これもかわされてしまう。
これで一難去ったかと思ったが、私は正面の狼たちに対して、背を向ける格好になってしまっていた。
そんな隙を見逃すはずなく、私の背中に狼が襲い掛かる。
右足と左腕に噛み付かれる。
その上、背中に伸し掛かられる様に取りつかれた。
首筋を狙われるが、大きめの革の帽子で首筋は守られているから、すぐに噛まれることはない。
狼の臭い息が掛かる。
短剣の柄で殴りつけて何とか振り払おうとするが、相手は背中で見えないので上手く行かない。
私は、狼三匹を纏わり付かせたまま、もう一度後ろを向く。
「ユキ!石礫の魔法お願い!」
「わ、分かった!石礫!!」
私の言葉に、ユキは一瞬ためらうが、地面に倒れたままで私の背中目がけて、土魔法を放つ。
バラバラと多数の石礫が私の背中と、狼たちに降り注ぐ。
キャイン!キャイン!
堪らず狼たちは離れて、距離をとる。
ユキが威力を絞ってくれたので、革鎧に守られた私にもあまりダメージは無い。
取り敢えず、これでまた仕切り直しの形になった。
私は弓を取り落としたので、短剣を構えている。
ボス狼はいつの間にか、私の前方に他の狼を従えて立っていた。
ここまでで、狼側は三匹倒されている。
私達は少し齧られたりしたが、まだ誰も脱落していない。
私は、短剣を構えて、銀色のボス狼を睨みつけた。
相手もこちらを睨んでいる。
私は気付いた。
他の狼は仲間を殺されたことに対する怒りとそして恐れの感情でうなり声をあげているけれど、『彼』だけはそれ以外の事を考えている表情をしている。
それが何なのか、私は何となく分かる気がした。
それは群れのリーダーとして、全体の損失と利益を天秤にかけている表情だ。
もし、彼らが損失を考えずに群れ全体で一斉に襲い掛かってきたら、私達は勝てなかっただろう。
だが、こちらが全滅する代わりに、彼等も数匹しか生き残らなかったはずだ。
そうなったら、群れは壊滅したも同然、両者相打ちと言っていい。
群れで狩りをする彼らは個体数が減りすぎると連携した狩りが出来なくなるからだ。
私も村長として群れのリーダーとなったから分かる。
一時の勝ちとか負けとかよりも大事なことが有る事を。
そんな相手の気持ちが分かったから、私はふと唇の端に笑みを浮かべた。
アオーン!!
不意にボス狼が遠吠えをした。
その合図で、波が引くように狼の群れが下がって行く。
「え?逃げてく?」
カレンがそう言う。
「追撃はしなくていいわ」
逃げていく狼の一頭に弓矢を向けた彼女に私はそう言った。
「私達の勝ちって事?」
地面から立ち上がったユキがそう言った。
「そうかも」
私がそう言うと、ギリアムさんとハルトさんも剣を鞘に納めた。
狼の群れはまだ大半が残っているから、完全な勝ちと言う訳ではないが、彼らはもう村の近くには来ないだろう。
相手の損失は三頭、その損失を自分の判断ミスと認めて撤退を決めたあのボスは、実は人間よりも頭が良いのかもしれない。
「疲れた」
狼の気配が周りから無くなったのを確認して、私は地面に寝転んだ。




