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春日部てんこの異世界器用貧乏  作者: O.K.Applefield
7章
71/215

7-4


「これはここではない遠くの国で、昔に有った話なんですが・・・」

 私はそう言う切り口で話し始めた。

「そこで、すごく美味しいりんごの品種が作られるようになったんです。それで市場でもすごく人気になって、良く売れたんですけど、数年後にこれが全然売れなくなったんです」

「なるほど、今の我々と同じような状況ですね」

 アインさんが、相槌を打つ。

「順番に話すと、美味しいりんごを食べたお客さんが次の年に、またあのりんごが食べたいとお店屋さんに言って、お店屋さんは仲買の商人さんにそのりんごが人気だから早く手に入れてくれと言います。商人さんはりんごを作っている農家さんに買い付けに来ます。で、この時、そのりんごがまだ熟していなかったらどうしますか?」

「そりゃあ、まだ熟していなかったら、待ってもらうしかないだろう」

 アインさんがそう答える。

「サムソンさんはどうします?」

「うーむ、あまりやりたくはないですが、確実に高く売れると分かっているのなら、少しくらい青い状態でも買いたいですかね」

「そうですね、りんご等の農産物は一日毎に少しずつ熟していきますから、どこで収穫するかは難しいですよね。そこで商人さんから早く出せってせっつかれたら?早く出せば高く買うと言われたりして・・・」

「そうなると、ぎりぎり食えるくらいに熟したら出すかもしれないな」

「と、言うか、何年か前までワーリンの商人に早く出せとよく言われていたような・・・」

 トムお爺さんが昔を思い出す様に言った。

「そう!そうして、ぎりぎり食べられるくらいの未熟なりんごが市場に出回る訳です。で、それを食べたお客さんは『今年のりんごはあんまり美味しくない』って言うんですね」

「そんな、自分等で早く出せって言ったのに・・・」

 アインさんが憤る。

「まあ、一般のお客さんはりんごが熟す時期とか知らないんでしょうがないんです。あと、こうなると、最初に食べた人が美味しくないという噂を流すと、しっかり熟してから出された物も売れなくなってお店や商人さんは損をするようになります。つまり、美味しくなくても早く出した人が良い値段で売れて、ちゃんと熟したものを出した人が安く買い叩かれる事になるんです。そうなると、熟したものを出していた人も、次の年からは早く出すようになる」

 私の説明にトムさんやアインさんは苦い顔になる。

「確かに、俺達としても美味いものを出したい気持ちは有るが、それよりも自分の生活がかかっているから、安いより高い値段で売れるならそうするな・・・」

「自分が作った物をなるべく高く売りたいというのは、誰でもそうです。悪い事ではありません。でも、こういう事を何年も続けると、やがてそのりんごは美味しくないという噂が広まって、早く出しても高く売れなくなります。ほんとはちゃんと熟せば美味しいのに、市場に出回るのは早く収穫された美味しくない物ばかりなのだから、そうなってしまいます」

 ここまでの説明を聞いて、みんな黙り込んでしまう。

「で、結局誰が悪いの?」

 沈黙の中、ユキが口を開いた。

 流石ユキ、その質問を待っていた。

「実はこの話誰も悪くないんです。お客さんは美味しいりんごが早く食べたいという当たり前のことを言っただけ、お店の人や仲買の人はその要望に応えただけ、農家の人も自分の生活の為に高く売れる時に売っただけなんです」

「合成の誤謬ってやつか、それぞれが自分の利益を最大にするように動いても全体では利益が減るっていうやつ・・・」

 ユキがそう呟く。

「そう、結果的にお客さんは美味しいりんごが食べられなくなり、商人さんも商売の機会を逃し、農家も安く売るしかなくなる」

「どうすればいいんだ?」

 カレンがそう言った。

「そうだ、その遠くの国ではどの様に解決したんですか?」

 サムソンさんがそう聞いてくる。

「ええとね、結局解決できなかったんですよね。そのりんごは売れなくなって、それを作っていた農家もそのりんごの栽培を止めちゃって、最終的には別の品種のりんごを作る事でしか対応出来なかったみたい。私が生まれるよりだいぶ前の話だそうだから詳細は分からないんだけど」

 私のその言葉に、みんなは再び考え込む。

「そうだ、あれじゃない、お酒のボジョレーヌーボーみたいに、この日より前に食べちゃダメっていう決まりを作れば良いんじゃない?」

 リーナが思いついたようにそう言う。

「うーん、りんごは色んな品種が有って、それぞれ熟す時期が違うから、それ全部に期日を設けるのは無理があるかな」

 私はそう言った。

「そうですね、そんな決まりを作っても抜け駆けをする者は出てくるだろうし、誰が取り締まるのかと言う話になってしまいますね」

 サムソンさんがそう言う。

 さて、そろそろみんなの意見は出揃ったかな。

「ふむ、こんな話をしてくるってことは、その品種はダメになったかもしれないけど、てんこちゃん的には何か解決策は有るって事だよね?」

 ユキがそう言ってきた。

 まったく、この娘はこちらの意図を読み過ぎだ。

「そ、そうだね、そろそろ話しましょうか」

 ユキが言った通り解決策は有る。

 と言うか、この話は元の世界の話で、りんご農家のお爺ちゃんがしてくれたもので、解決策も元の世界でされていたものだ。

「さっき誰も悪くないと言いましたが、これは人が悪い訳ではなくて、仕組みが悪いという話なんです。どう悪いかと言うと、情報が一方通行なんですよね。お客さんから『早くりんごが食べたい』という情報が商人さんを通して農家まで行くのに、農家からの『まだ熟していないよ』って言う情報が逆方向にお客さんに届かないのが問題なんです」

 この問題は、現代の日本ではインターネットの普及で大分解決できている。

 一部の生産者はネット上でりんごの旬などの情報を発信しているし、賢い消費者はそれを調べて美味しい時期を見分けている。

 それが出来ているのは極一部の人だけだけど、ある人がまだ熟していないりんごを食べて、『不味い!』って言っても、知っている人が『それはまだ熟していないからだよ』と言ってくれれば、その噂は不必要に広がらない。 

 しかし、この世界にはインターネットは無い。

 では、どうすれば良いか?

「なので、ここで重要になるのはサムソンさん達商人の人たちです」

 私はそう言って、彼を見た。

「これはお願いなのですが、村の人から各品種のりんごの旬を聞いて、それを纏めたポップ・・・商品の情報を書いた板とか張り紙みたいなものを作って、りんごと一緒にお店に卸して店先に飾ってもらうようにしてほしいんです」

 これはネットが無かった時代でも、一部の勉強熱心な八百屋さんやスーパーの青果担当者がやっていたことだ。

「なるほど、客に正しい情報を教えて、商品をちゃんと見る目を持って貰うという事っすか・・・」

 そう、この国は一般庶民にもそれなりの識字率が有るから、それが可能になる。

「ええ、情報を集めたり、各お店分のポップを作るのは面倒かもしれませんが、長い目で見れば利益の有る事だと思いますけど」

「しかし、卸先はローゼス商会だけではないから、他の商会に卸したりんごを買った人には伝わらないのでは・・・」

 トムお爺さんがそう言う。

「大丈夫です、一部の人だけでも正しい情報が伝われば、理不尽な噂が広まる事は防げます」

 私はそう説明した。

「そうだ、私も思ってたんだけど・・・」

 ユキが口を開いた。

「王都に海のある国から海産物が入って来ていたけど、魚の干物を焼くか煮るかしかしてなくて、私みたいに出汁を取るのに使う人っていなかったんだよね。あれも、生産している所の人に聞けばもっと色んな使い方が有るはずだし、それが広まれば、もっと売れるようになるんじゃないかな?」

 その言葉に、サムソンさんがはっとした顔になる。

「そうか!商売人の基本で情報も商品で簡単に人に教えるもんじゃないと教わったけど、あえてタダで情報を広めることで、商売が広がる事も有るんだ!!」

 目から鱗が落ちたみたいに、叫ぶ。

「有難うございます!このやり方は他にも応用が出来そうだ。流石はフラウリーゼ川の三魔女、いや四魔女様だ!」

 私の手を取って、大げさに感謝して来た。

「あ、あ~、あんまりその三魔女とか四魔女とかの噂は広めて欲しくないんですけど・・・」

「もちろんです、こんな素晴らしい情報を教えてくれる人達との繋がりは隠しておくべき情報です!」

 分かっているんだかどうなんだか、まだ興奮したようにそう言う。


 後日、このサムソンと言う男は、ローゼス商会の中でしだいに頭角を現す様になる。

 やがて、成功した彼は商会会長の娘の一人と結婚して婿入りし、ローゼス商会中興の祖と呼ばれるようになるのだが、それはまた別の話。


「そんな訳で、出荷先がワーリン王国からベルドナ王国に変わったこの機会に上手くやれば、安く買い叩かれることも無くなると思うんですけど」

 私はそう纏めの言葉を言った。

「さ、流石は新村長、準男爵様だ。今日来たばかりなのに、もう村の問題を解決してくれるなんて」

 トムお爺さんまで、私を崇め奉る様にそう言った。

「ま、待ってください。あくまでこれは私の推測を元にして言っただけなんで、上手く行くかはまだ分からないですし、税の徴収は来年からなんで、それまでに色々調整していきましょう」

 私は謙遜してそう言った。


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