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引き継ぎが終わり、引っ越しの荷物もまとめて、ついに明日出発となった日の夕方。
私達はアルマヴァルト市の家で最後の夕食をとっていた。
さよならパーティーみたいな感じだ。
メイドさん達はヴィクトリアさん以外はこの街の人で、私達に付いては来れないので今日でお別れである。
今日はメイドさん達も一緒に食卓に着いている。
料理もみんなで一緒に作った。
「みんな今までありがとう。これ、今まで働いてくれたことのお礼」
リーナがそう言って、三人分の革製のバッグをプレゼントする。
休日や夜の趣味の時間で作った物だ。
「まあ、有難うございます」
「そんな、十分なお給金までいただいていたのに、その上に」
「大切に使います!」
メイドさん達は感激して涙ぐんでいる。
ヴィクトリアさんは別にして他のメイドさんは私達とそんなに歳の違わない人達なので、半分友達みたいな感じだった。
短い間だったが、ここでお別れするのは寂しい。
カレンやユキも涙ぐむ。
そんな中、呼び鈴が鳴る音が響いた。
「私が見て来ますわ」
そう言って、ヴィクトリアさんが玄関に向かう。
少しして、二人の人を連れて戻って来る。
「アーネさん!」「それにディアナさんまで」「急にどうしたの?」
私達はその人影を見て、驚いた声をあげる。
「お別れ会、私達も参加させていただけません?」
ロリアーネさんがそう言って、手に持った箱を持ち上げた。
「デザートのケーキも有りますわ」
「お酒も有るわよ」
ディアナさんもワインらしい瓶を見せる。
「それは、私がお預かりします」
ヴィクトリアさんがお酒を預かり、すぐに二人分の椅子を持って来て、他のメイドさんにアーネさん達の分の料理を出す様に指示する。
「あれ?もしかして、ヴィクトリアさん最初から知っていました?」
私はそう聞いた。
彼女は軽く微笑んだだけで、メイドの仕事をテキパキとこなしていく。
「まあ、良いではないですか。今日は女性だけの会なのでしょう?」
アーネさんがそう言って、席に着く。
「そうそう、君等を見送る会なら、ここは女子同士、私達も参加させてくれたまえ」
ヴィクトリアさんからグラスにワインを注いでもらいながら、ディアナさんもそう言う。
どっちかと言うと、今日で解雇になるメイドさん達の慰安会みたいな感じだったのだが、まあ、来てしまったのならしょうがない。
「ああ、ええ、そう言う事なら、御来店・・・じゃないや、御来賓?有難うございます」
私はしどろもどろに挨拶をした。
「そう言えば、エドガーさんは来ないの?」
リーナが聞く。
「ええ、ヴィクトリアに聞いたら参加者は貴女方とメイドさんの女性ばかりだと言っていたので、男性は居ない方が良いのではと思いまして、お留守番ですわ」
確かに、こんな内輪の会に領主様まで来られたら困る。
領主夫人でもうちのメイドさん達が恐縮しすぎないか気になったが、アーネさんは料理を運んでくる娘たちに気さくに話しかけたりしているし、彼女達も憧れの有名人に会ったみたいにきゃいきゃい騒いでいるので、問題ないのかな?
「あら、この料理美味しいわ。皆さんで作られたの?」
料理を一口食べたアーネさんが、何故か意味ありげにヴィクトリアさんの方をちらりと見て、そう言う。
「もちろんですわ、お嬢様・・・いえ、奥様。てんこ様達にも手伝っていただきましたが、大方は私達メイドが作りました。私が基本から教え込みましたので、何処に出しても恥ずかしくないメイド達ですわ」
ヴィクトリアさんが少し芝居がかった感じで答える。
「まあ、そうなんですの?是非とも私の館で働いて欲しいですわ。ねえ、執事長、館のメイドが人手不足だと聞いた気がしましたが、どうでしょうか」
これまた芝居がかった感じで、アーネさんはディアナさんに聞く。
そう言えば、ヴィクトリアさんは元はファーレン家と言うかロリアーネさんに仕えていたメイドさんだったな。
「分かりました、希望する人は明日の午後でいいので、領主の館まで来てください。門番には話を通しておきましょう」
聞かれたディアナさんは苦笑した感じで、答えた。
それを聞いたメイドさん達は飛び上がって喜びだす。
急に私達がこの街から居なくなり、職を無くすことになった彼女達だが、全員実家住みの娘さんなので、ゆっくり再就職先を探すと言っていたが、早速決まった様で良かった。
その後は、みんなでおしゃべりしながら、料理を食べたり、飲める人はお酒を飲んだりして過ごした。
「そうそう、丁度明日、赴任先の村にローゼス商会の馬車が荷物を運ぶそうですので、便乗して行かれたら如何かしら」
食事がひと段落して、食後の紅茶とデザートの時間になった時、アーネさんがそう言ってきた。
「ああ、それは助かります。なんだかんだ荷物が多くなってたんで」
カレンがそう答えた。
物資の輸送は王国軍が直接行う場合も有るが、大半は民間の業者に委託している場合が多い。
エリザベートさんの実家の商会も王国御用達として、買い付けから輸送まで色々請け負っているらしい。
「もしかして、ベティさん来てたりするんですか?」
ふと、リーナがそう聞いた。
普通、王都で学生をしている彼女がこんな辺境まで来る訳はないのだが、アーネさんの熱狂的なファンだった彼女なら来てもおかしくない気がする。
「いえ、流石に来ませんよ。隊商が来るたびに手紙が届きますが・・・」
少しうんざりした感じで、アーネさんがそう言う。
「そうか、来てないなら良いや」
同じくうんざりした顔になって、ユキが言った。
王都での事を思い出して、色々話をする。
アーネさんは領主夫人らしく気が回って、私達だけじゃなくメイドさん達にも話を振って、場を盛り上げている。
見ていて、こう言うのは真似できないなと思う。
ディアナさんは何故か端っこで、ヴィクトリアさんと一緒にワインをさしで飲んでいた。
が、不意に立ち上がって、こちらに来た。
「てんこ殿!今まで辛く当たって済まなかった!」
いきなり謝って来た。
「え?」
急に大きな声を出されて、びっくりする。
「仕方ないですわ、ディアナは新たに執事長を任されて、自分が周りを律しなければと気が張っていましたもの」
アーネさんが、横からフォローしてくれた。
「そうだとしても、最初の頃は良くない態度だったと反省している。これは謝罪だ飲んでくれ」
そう言って、お酒の瓶を差し出す。
「あ、ええと、私お酒はあんまり・・・」
私はやんわりと断る。
「そ、そうなのか?では・・・」
ディアナさんは他の三人に目を向ける。
「ダメですよ、皆さんまだお酒の飲めない歳だそうですわ。そうは見えないかもしれませんが、彼女たちが居た国ではそう言う決まりだったそうです」
アーネさんがそう言ってくれた。
その言葉に、ディアナさんが目に見えてシュンとする。
「そうですわね、代わりに私に少しもらえませんか?」
アーネさんがそう言って、空になっていた紅茶のカップを差し出した。
「いけません、お嬢様はグラス一杯でべろんべろんになるでしょう」
後ろから来たヴィクトリアさんが、カップに紅茶のおかわりを注いで、酒瓶を持ったディアナさんを元の場所に引っ張って行った。
そうは見えないがディアナさん、結構酔っ払ってる?
その後、少し夜遅くまで歓談した後、アーネさんとディナさんが領主邸に、メイドの人達がそれぞれのお家に帰って行った。
アルマヴァルトの街は、領兵の人達が夜間も見回りする様になって、大分治安が良くなってきている。




