6-5
そんな訳で、村長になる話が決まったのだが、まだ少しばかり書類仕事が残っていて、更に他の人に引き継ぎをしなければいけないので、移動は一週間後と言う事になった。
この日はエドガーさん麾下の執事さん達に、今までやって来た書類の置き場や作業内容を説明していた。
そんな中、最初は居なかったディアナさんが、後から部屋に入って来た。
他の執事の人達には慣れたけど、この人だけは未だに苦手だ。
「遅くなって申し訳ない、他の仕事が有ったので。後、これは君たちにだ」
一言謝ってから、彼女が大きな葉っぱに包まれた物を差し出してきた。
「え?何です?」
私が受け取る。
葉っぱはフキの葉のようなもので、中には二羽分の鶏肉が入っていた。
首を落とし、ちゃんと羽もむしってある。
「南地区の農家さんから預かったわ、こないだのお礼だそうよ」
そう言われて、思い当たることが有った。
以前、仕事の関係で少しばかり便宜を図ったことが有ったからだ。
「あ、はい、有難うございます」
私はそう答えたが、ディアナさんはまだ私をじっと見つめている。
「え、ええと、べ別に賄賂とかじゃないですよ。たぶん、きっと・・・」
私はしどろもどろにそう言う。
これじゃあ、かえって怪しいかもしれない。
「別に、鶏二羽でどうこう言うつもりはないわ」
ディアナさんがそう言う。
公務員が仕事で便宜を図って金品を貰うとなれば元の世界だと厳密にはまずいのかも知れないが、この世界だとそこら辺は緩いのかもしれない。
「ただ、こっちに来てから一月ちょっとしか経っていないのに、住民たちと随分仲良くしているようだ思いましてね。何をなさったのですか?」
そう言ってくる。
「ああ、来月の街道の補修の予定から街の南地区の農家さんだけ外してあげたんです。代わりに税金を納めて貰う事にしました。そのお金で別の人達を雇う予定です」
この領内では、今年は税金を取らない予定だが、代わりに公共工事の労役はして貰う事になっている。
「南地区の人達は他の農家と違って、この時期、春野菜の収穫が有るそうなんで」
私はそう説明する。
「ただ、他の地区の人達と不公平が出るといけないんで、税は少し重めにしました。春野菜の売り上げから経費と人件費を引くと儲けが少ししか出ないくらいです」
「あら、そんなのでよく納得していただけましたわね?その上お礼まで持ってくるなんて」
「そこは、納得できるぎりぎりの所まで話を聞いて調整しましたから」
私はそう言ったが、ディアナさんはまだ完全には納得していないようだ。
確かに、彼らに納得してもらうことまでは理解できても、感謝されるほどではないと思っている様だ。
「ええとですね、私がいた国に朝三暮四って言葉が有るんですけど・・・」
この例え、上手く伝わるか分からないけど、
「ある人が、飼っているお猿さんに餌は朝に木の実を三個、夕方に四個で足りるかと聞いたら、足りないって言われて、次に朝に四個、夕方に三個だと足りるかって聞いたら、お猿さんは喜んで足りるって言ったって言う話なんだけど」
「ふむ、こちらにも似た話が有る。『トーマスの兎と人参』と言う話だが中身は似たようなものだ」
ディアナさんが頷く。
「しかし、それは言い換えや目先の数字で騙してくる者が居るから気を付けろという話ではないのか?君は目先を変えて彼らを騙したという事か?」
「結果的にはそうかもしれないです」
私はそこで、一呼吸置く。
なんか、他の執事さんやリーナ達も私の方を見ている。
少し緊張するが、私は続けた。
「でも、このお猿さんがもっと頭が良かったらどうですか?」
「それはもちろん、そんな目くらましには引っ掛からないでしょう」
「では、もっともっと頭が良かったら?」
「どういう事です?」
「一日に木の実七個で飢えない事が前提ですけど、もっともっと頭が良かったら、飼い主がそれ以上の餌を用意するのが難しいのだろうと察することが出来たんだと思うんです。なので妥協した。本来なら餌の量は飼い主が独断で決めれるのに、自分に相談してくれた。その上当初と別の案まで提示してくれたなら、頭のいいお猿さんなら感謝すると思うんです。あくまで、これは私個人の解釈ですけど・・・」
私の話を聞いたディアナさんがポカーンとした顔になった。
「な、なるほど、そう言う解釈も有るのね・・・」
「ええと、なので、南地区の農家さん達も利益は少ないけど、私達が色々相談に乗ったから感謝してくれたんじゃないかなって。後、他に何かあった時でも頭ごなしじゃなくて、ちゃんと相談に乗ってもらえるって安心したんじゃないですかね」
私はそう言った。
「他にも、約束の念押しの意味もあるんじゃないかな、そのお肉」
ふと、ユキがそう言う。
「ああ、そうか。でも、私達は来月にはもうここには居ないし、じゃあ、これはディアナさん達で食べてください。この件の引き継ぎは今するところでしたけど、これも引き継ぎで、南地区の人達の事よろしくお願いします」
私はそう言って、お肉を差し出した。
しかし、ディアナさんはそれを受け取らなかった。
「いいえ、それはあなた達で食べて。今の話、鶏二羽程度では代えられない物が有ったから。もちろん引き継ぎの件も了解したわ」
そう言って、ディアナさんは微笑んだ。
いつもツンツンしていた彼女が見せたことのない表情だった。
その後、引き継ぎを終え、家に帰って夕食にする。
メニューはもちろん今日貰った鶏を使ったものだ。
お昼休みに一度家に戻ってヴィクトリアさんに渡してあるので、帰宅してすぐに食べられる。
「おお、タンドリーチキンだ」
皿に盛られた鶏肉を見て、ユキがそう言う。
本来はタンドール窯と言う窯で焼く鶏肉料理だが、これは普通にフライパンで焼いている様だ。
調理器具は違うけど、下処理の仕方がタンドリーチキンっぽい感じだ。
年老いて卵を産まなくなった老鶏だったらしく、ヨーグルトに漬けて肉を柔らかくしている。
「有難いね」
カレンがそう言う。
処分した老鶏なんかを渡すなんて、と思うかもしれないが、彼らにしてみればたまにしか食べられない御馳走だったはずだ。
「十分柔らかくて美味しい」
一切れを口に入れたリーナがそう言う。
ヴィクトリアさん達が丁寧に下処理をしてくれたおかげで、老鶏にありがちな硬さはなく、ヨーグルトとスパイスが合わさったソースも絶妙で美味しい。
「これは一羽分?」
みんなの皿に乗った鶏肉の量を見て私は、給仕してくれているメイドさんに聞く。
「いえ、二羽分のもも肉です。他の部分のお肉は明日お出しするつもりです」
メイドさんがそう答える。
「ええと、でも残りのお肉はメイドさん達で分けて持って帰ってください。もうすぐ私達はここから居なくなるから、食料はなるべく使い切った方が良いと思うから」
私はそう言った。
「はい、有難うございます」
料理を出し終わったメイドさんは嬉しそうに、お風呂の準備をしているもう一人のメイドさんに知らせに行った。
「はあ、せっかくここの生活にも慣れたのに、また引っ越しか~」
椅子の背もたれに寄りかかり、リーナがそう言う。
「別にここに残りたいなら、残ってもいいよ。村長は私一人だけでもなんとかするから」
私がそう言うと、リーナは席から立ち上がり、私の席の後ろに来た。
「また、そう言う事を言う~!」
椅子の後ろから、私のこめかみに拳骨を当ててぐりぐりしだした。
「ああ、ごめんごめん!みんなにはぜひ一緒に来て欲しいです!」
私は、慌ててそう訂正する。
「いいぞ~、もっとやれ~」
この前の仕返しか、ユキが無責任に囃し立てた。




