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馬車は街道を進んで行き、やがて私達が戦ったフラウリーゼ川までたどり着いた。
戦争時は敵をくい止めるために落とされていた橋がもう再建されていた。
石造りの橋げたは残っていたので、木製の人や馬車が通る部分だけを急ピッチで修復したらしい。
今は欄干の部分を取り付けている所だ。
そんな作業をしている人たちの中に見知った顔を見つけた。
「リックさん!」
馬車を止めて貰い、その人に声を掛ける。
「おう!お嬢ちゃん達、こんな所でどうした?随分いい馬車に乗ってるじゃないか?」
山小屋を増築してくれた大工のリックさんが作業の手を止めて、私達を見た。
リーナがこれまでの経緯を説明した。
「そうか、貴族のお抱えになるなんて、大したもんだ」
リックさんはそう言ってくれた。
「リックさんはお仕事ですか?」
私が聞く。
「ああ、嬢ちゃん達が手を治してくれたお陰で、こうして王国発注の仕事が貰えてる。有難いもんだ」
あまり仕事の邪魔をしても悪いので、簡単に別れの挨拶をして、御者さんに馬車を進ませてもらった。
さらに進み、ワーリン王国との元の国境を越え、今回奪い取った領地に入って行く。
山の中を進む道は険しくて進みにくい・・・と思ったら、割と広く整備されていて快適に進めた。
途中、最近作られた宿場の様な所で休憩した時に、エドガーさんに聞いてみたら、領土の拡張が決まった後にすぐさま街道の整備が始まったそうだ。
リックさん達が直していた橋も含めて、新領地に続く道の整備を行っているそうだ。
この宿場も作業員の宿泊の為に新しく作られたらしい。
道具や資材の仮置き場にもなっているらしく、多くの人達が忙しそうに動き回っている。
「これだけ大掛かりにやってるってことは、新領地を本気で王国に取り込むつもりなんですね」
作業員用の食堂の一角で、お茶とおやつを頂きながら、新領主のエドガーさんに聞く。
「そうだね、何かあった時の軍の移動だけではなく、平時の物流の為にも街道は重要だからね」
急造で粗末な食堂の中でも特に不満げも無くロリアーネさんと並んで座ったエドガーさんがそう答えた。
その対面に私達が座り、他の従者の人達は別のテーブルに着いている。
例の女執事さんが私達にお茶やコーヒーを淹れてくれた。
主人の目があるからか、今は普通にしている。
「費用はエドガーさん持ちなの?」
私の隣に座ったユキがそう聞く。
「いや、ほとんどが王国持ちだ。まあ、ゆくゆくは税として国王陛下に返すことになるだろうが」
「先行投資って訳だ。経営の素質がある王様だな」
ユキがそう言う。
「その言い方、不敬ですわよ」
ロリアーネさんが窘める。
「ああ、失礼。元々別の国の人間なもんで」
ユキはあまり悪びれもせずそう言った。
「まあ、確かに我が国の王は戦争は不得手だが、そう言った経営と言うか政治の才を持っておられる」
そう言えば、前回の戦争の時も王様はあの戦場には居なくて、貴族の一人を将軍に任命して現場を任せていたらしい。
そこら辺のお偉いさんには会ってないから良く分からなかったけど。
「国王陛下がまだ王太子だった頃に参戦した戦争で一度大敗を喫して、それ以降は戦場には出られなくなったのだ。他国からは臆病者だと言われるが、逆にそれ以降に我が国が戦争で大きく負けたことはない。戦争は得意な者に任せ、自分は自分の出来ることをする、実際賢王だとは思うよ。我が国の冷害に強い小麦の開発も陛下の指示だったしね」
エドガーさんがそう解説してくれた。
「もしかして、労働者に捕虜にした敵国の兵士を使っているのも、王様の指示?」
リーナがそう聞く。
戦争の時に彼女が治癒魔法を使って助けた敵兵の姿を作業員の中に見つけたらしい。
「ああ、経費削減の為にそうしている」
その答えに、カレンが少し考える。
「あ~、一つ提案だけど・・・」
そう言いかけたところで、
「アルマヴァルト出身の農民兵だった者は作業が終わったところで解放される予定だ。更に僅かばかりだが賃金も出る」
先を読んでエドガーさんが言った。
「そうか、良かった」
カレンが胸を撫で下ろす。
アルマヴァルト以外からの捕虜はその後奴隷として売られるらしいが、一部の人だけでも自由に成れるのなら良い事なのかもしれない。
もちろん、戦死した人は帰って来ないし、全部の人達を助けられないなら、良かったと思う事自体偽善なのだろうけど。
「ふむ、アルマヴァルトでの人心掌握の為って訳だ」
したり顔でユキがそう言う。
「ああ、アルマヴァルトは二十年前までは我が国の領土だったからな、大事にしなければならない」
どうやら、この新領地は数百年にわたりベルドナ王国とワーリン王国の間で取ったり取られたりを繰り返してきたらしい。
それが、今回二十年ぶりに取り返せたそうだ。
「それにしても、流石だな」
ミルクと砂糖をたっぷり入れたコーヒーを一口飲んで、エドガーさんが言った。
「道を見ただけで、これだけの議論が出来るとは、君達をスカウトして正解だった様だ」
そう私達を褒めてきた。
というか、エドガーさんもだけど、この国の王様とかも新領地の事をちゃんと考えていて、私達が何か言う事も無い。
私達はもう少し文明が進んだ世界からの転生者だから色々見えるけど、この世界の人達も自分達なりにと言うか、当事者であるからこそ私達よりしっかりと考えている。
アルマヴァルトはベルドナ王国とワーリン王国の間に横たわる山脈の中にあるちょっとした盆地だった。
盆地の中央の街とその周辺の耕作地、そして山脈に点在する小さな村々が領土だ。
範囲は広いが人が住める土地は少なく、当然人口も多くはない。
それでも二国間の戦略的要衝であり、ここを抑えておく意味は大きい。
そんな場所であるので、王国としても信頼できる者を領主に据えたいのだが、先述の様に辺境で人も少なく税収も多くは見込めないので、貴族たちは誰も領主に成りたがらなかった。
そこで、まだ若いが先の戦争での功労者であるエドガーさんが指名されたのだ。
実際、エドガーさんがここの新領主に成るのは大抜擢であると同時に、ある意味貧乏くじでもある。
それでも、貴族の次男坊で本来領地を持てない彼にとっては、断る選択肢などなかったのだろう。
王都から整備された街道を馬車で来ても十日はかかる街に私達はようやく到着した。
『アルマヴァルト』と言う地名はこの地方の古い言葉で、『りんごの森』と言う意味らしい。
街を見下ろす丘には、まだ花も咲いていないりんごの木が何本も植えられているのが見えた。




