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そんな訳で、私もそのアルマヴァルトに行くことになったのだが、その前に色々準備がある。
と言うか、今昼食の準備をしている所だった。
「と、取り敢えず、エドガーさんとアーネさんもお昼ご飯食べていきますか?」
貴族に出すようなものは無いのだが、一応聞いてみる。
「ありがとう、ご馳走になるよ」
エドガーさんがそう言ったので、みんなを山小屋の中に招き入れる。
今日の昼食はユキ直伝のうどんを作るつもりだった。
魚介類は手に入らないので、鴨のガラを煮たものとキノコで出汁をとっている。
出汁はいろいろ使い回せるので、夕食以降も使うつもりで多めに作っていたので、人が増えても大丈夫だ。
問題は麺で、一人分しか打っていない。
「少し待ってください、今麺を打ちますから・・・」
私がそう言うと、
「何?うどん作ってるの?しょうがないな、私も手伝ってあげるか」
そう言って、さっきはリーナとカレンの後ろに居て何も言わなかったユキが台所に立とうとする。
しれっと、料理を始めようとするが、私には彼女が今回の件の黒幕だと分かっていた。
一週間前の、思わせぶりな言動から考えて間違いない。
ユキはクラスの中でも背の低い方だった。
そして、私は女子の中でも高い方だったので、並ぶと彼女の頭が丁度私の胸の辺りに来る。
彼女の後ろに立つと、頭を両手で掴むのに丁度良い。
なので、捕まえて、こめかみをげんこつでぐりぐりしてやった。
「痛い、痛い、何なにナニ!?」
突然の事に、ユキが叫ぶ。
「ユ~キ~、あんたの差し金でしょ~?」
私はそう聞いてみた。
最後に分かれた時、リーナは拗ねていたし、カレンは表向きは私がここに残る事に納得していた。
そうすると、エドガーさんに私を再度勧誘する様に頼んだのは誰かって事に成る。
「な、何のことかな~?」
ユキは、すっとぼけた声を出す。
このすっとぼけ方、図星だと白状したも同じだ。
「あ~、私らに向かって、てんこちゃんの事、エドに頼むようにって言い出したのはユキちゃんだったな」
さらりと、カレンがネタバラシする。
さっき、恥ずかしいセリフを言ったリーナはまだ横を向いたままだ。
「なんですって?自分でエドガーさんに頼んだんじゃなくて、リーナとカレンにそうするように仕向けただけだったの?」
「い、いや、自分でも頼んだよ。一回でダメなら、三回まで訪問するのが私達の世界・・・じゃなかった、居た国の礼儀だって言ったし・・・」
「三顧の礼か?私は孔明でも半兵衛でもないぞ」
「おお、そこで諸葛亮だけじゃなく竹中半兵衛まで出て来るとは、流石!」
そう言って、私を褒めて来るけど、ぐりぐりは止めてやらない。
「そう言えば、私がこのままアルマヴァルトの領主で満足するのならてんこ殿は必要ないが、天下を望むなら必ず必要になるとも言っていたな。何かの冗談なのだろうが」
テーブルに着いていたエドガーさんがそう言った。
「韓信でもないわ、なんで高々地方公務員になる位の話で、国士無双を持ち出すのよ!」
私はぐりぐりの力を更に強くした。
「痛い痛い、ゴメンって、ちょっとふざけてたけど、てんこちゃんに来て欲しいって思ったのは本気なんだから!」
ユキがそう謝る。
確かにユキもみんなも私の事を思ってしてくれたことだから、これ以上は怒れない。
「まったく、お節介なんだから・・・」
私はぐりぐりを止めて、ユキを後ろから抱き締めた。
要らないお節介と思う事も有るけど、本当は感謝している。
一瞬、ユキも赤面するが、
「うお~、止めろ、胸を押し付けるな!イヤミか!?」
そう言って、さっきより更に暴れだす。
私達のじゃれ合いを見ていたエドガーさんがちょっと気まずそうに視線を逸らした。
いかん、女子ばかりで暮らしてきたから、男性の目を気にしなくなっていたかも。
「ほらほら、お昼ご飯を御馳走してくれるんじゃなかったのですか?なんなら私も手伝いますよ」
そう言って、ロリアーネさんが立ち上がって来た。
流石にお客様に手伝ってもらうのは悪いと思ったけど、アーネさんは庶民のお店を食べ歩きしたり、それを自分で作ってみたりしていたらしく、料理も得意らしい。
なので、私とユキ、アーネさんで小麦粉をこねて、リーナとカレンに具のお肉や野菜などを切ってもらった。
狭い山小屋に六人も入ると、全員が食卓には着けないので、私とユキは寝室に器を持って行って、食べることになった。
昼食後、荷物をまとめ、山小屋を簡単に整理して、私達は村まで下りて行った。
ジョージさんの家に寄り、山小屋を返すことを告げる。
「そうか、嬢ちゃんも行ってしまうのか、寂しくなるな」
「向こうに行っても体に気をつけてね」
ジョージさんとサラさんがそう言ってくれる。
「すみません、森の動物を狩る仕事が出来なくなってしまいました」
「いや、良いんだよ、元々村の連中で出来る奴がやっていたんだ、これからは親父の代わりに俺がやるさ。他にも狩りが出来る奴は何人か居るしな」
「あ、そうだ、それじゃあ、これお返ししますね」
私はジョージさんのお父さんのジムさんが使っていたという山刀を返した。
ジョージさんから貰って熊のモンスターを倒すときに使い、その後一時期リーナが使っていたのだが、リーナが新しい短剣を買ったので、私がまた持っていた物だ。
「おや、渡した時より大分綺麗になっているな」
受け取ったジョージさんがそう言う。
「柄の部分が古くなってたので、新しく鹿の角で造り直しました」
本当は街の刃物屋さんで見たものの様に彫刻も入れたかったんだけど、自分のセンスに自信が無いので表面は無地のままにしてある。
握りやすさ的にはこの方が良いと思う。
「悪いな、手間がかかっただろうに。それに山小屋も大きく使いやすくしてくれただろう。何から何まで世話になった」
そう、礼を言ってくれた。
リックさんに増築してもらい、私達でも使いやすく改造した山小屋は惜しいが、今後はジョージさんや村の人達が森で狩りをするときの基地として使われることになるそうだ。
サラさんにジョナサン君、アンナちゃんが手を振る中、私はジョージさんの家を後にした。
村長さんの家の前に行くと、馬車が三台も停まっていた。
それはそうか、エドガーさんはともかく、ロリアーネさんまでここまで徒歩で来た訳はない。
一台にエドガーさんとロリアーネさんが乗り、もう一台に私達四人、最後の一台に使用人の人達が乗る。
他にもエドガーさんの部下の人達が、王都から直接アルマヴァルトの方へ向かっているそうだ。
この前の執事さんに続き、お貴族様本人の来訪に恐縮している村長に礼を言って、エドガーさんを乗せた馬車を先頭に、私達は村から出発した。
私達が馬車に乗り込むとき、エドガーさんの馬車の御者台に座った女の人が、ちょっと私の事を睨んだような気がした。
使用人の人みたいだが、メイドではなく女執事みたいな恰好をしている。
確かに、私みたいな庶民をスカウトするのにエドガーさん本人が出張って来るなんて、元から仕えている人にしてみればいい気はしないだろう。
田舎道を進む馬車は結構揺れるけど、割とちゃんとしたサスペンションが使われているらしく、それほど不快ではない。
自分の足で歩かなくていいだけ、楽ちんだ。
三台の馬車はゆっくりと進んで行く。




