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春日部てんこの異世界器用貧乏  作者: O.K.Applefield
5章
55/215

5-1


 私は雪の積もった森の中を一人で歩いていた。

 カンジキと言うかスノーシューと言うか、手作りの雪に足が沈み込まない様にする道具を靴に取り付けているので、深く積もった雪の中でも楽に進める。

 ただこれも、ゆっくりと歩くのならいいが、ある程度以上のスピードで走ろうとすると、雪を跳ね上げてしまって抵抗が大きくなるので、走る時はかえって邪魔になる。

 雪質はパウダースノーと言う程サラサラではないが、湿っていてべっちゃりと着くほどではない。

 カンジキなしで歩いても、足が膝まで埋まらない程度で、ちょうどいい固さである。

 鹿の毛皮で作った上着のお陰で寒くはない。

 唯一露出している顔に冷たさは感じるが、お腹の辺り体の芯は暑いくらいだ。

 ゆっくりと歩いているが少しずつ体力が削られていくのが分かる。

 それでも休憩なしでも一時間以上は歩き続けれるだろう。

 自分の力で自然の中を踏破していく感覚が何故か心地よい。

 私の名前は春日部天呼。

 天が呼ぶと書いて天呼てんこと読む。

 東北出身、歴史マニアで中二病でシステムエンジニアの父が付けた名前だ。

 なぜこの名前を付けたのかその理由は一応聞いてはいるが、それでももう一度、小一時間問い詰めたい気分になる。

 しかし、それはもはや叶わない。

 私達のクラス全員、元の世界では死んでしまった事になっているはずだ。

 お母さん、悲しんでいるかな?

 もう一年近く経っているから、元気になってくれてるといいな。

 私は今、異世界で元気に生きています。


 私は雪の中に続く足跡を追って歩いていた。

 兎や鹿の足跡ではない。

 大きさ、形、歩幅から見て、どう見ても熊だ。

 去年の春、この世界に飛ばされて来てすぐの頃に倒した奴よりは小さいだろうという事が足跡から推測される。

 何故分かるのかと言うと、この世界に転生するときに神様から貰ったスキルの内の狩猟スキルのお陰だ。

 いや、私がこの世界に来てから、この森の中で狩りをしてきて、その中で覚えた知識もある。

 もはや、神様から貰ったものなのか、自分で獲得したものなのか、その区別は曖昧に成りつつある。

 しばらく進んで行くと、目標を発見した。

 木の根元にうずくまる黒い塊。

 熊だ。

 まだ若い個体らしく、以前のものより大分小さい。

 この大きさなら魔石も持っていないだろう。

 普通なら冬眠している時期だが、若い個体故、他の熊に山奥の縄張りから追い出され、冬眠し損ねたのか?

 ともかく、ここは人里も近いので、放っておくことも出来ないだろう。

 私は木の棒に短剣を括り付けた手製の槍の鞘を外した。

 狩りに出るときは槍状態にして持ち歩いている。

 背を低くして、ゆっくりと熊に近付く。

 念の為カンジキは外したので、膝まで雪に埋まる。

 槍は積もったばかりのふわふわの雪の表面に隠すように持って移動する。

 全身を毛皮の外套で覆っているので、小鹿くらいに見えるかもしれない。

 熊が気付いた。

 腹が減っているのだろう、こちらを獲物として認識して背を低くして待ち構える。

 双方の距離が一息で相手に襲い掛かれる距離になった時、熊が動いた。

 雪を蹴立てて、こちらに向かって全速力で襲い掛かって来る。

 私は雪の中に見えないようにしていた槍を持ち上げ、まっすぐに突っ込んでくる相手めがけて突き出した。

 良く研いでおいた穂先の短剣が熊の胸に突き刺さる。

 手袋越しの両手から重い衝撃が全身に伝わり、両足が雪にさらに深く埋まる。

 さほど大きくない熊はその一撃で絶命した。

 お腹が空いていて獲物だと思って襲い掛かったら、逆にブスリとやられるとか、少し可哀そうかもしれない。

 しかし、これも弱肉強食の掟。

 熊に近くに居座られると、私達が捕る獲物が減ってしまうので、死活問題なのだ。


 離れたところに置いておいた獲物を運ぶ用のそりを持って来て、熊を乗せて山小屋まで運んで来た。

 迎えに出て来たユキがびっくりした声をあげた。

「鹿かと思ったら、熊とって来るとか、そりゃびっくりするでしょう。カレンちゃんとか他の人呼ぼうとか思わなかったの?」

「いやあ、見失ったら面倒そうだったし、小さい奴だったから何とか成るかなって。もちろん一人で無理そうだったら、諦めたけどね」

 熊の死骸をそりから降ろし、引きずって作業小屋に入れてから、私はそう言った。

 血抜きはしてあるし、この寒さなら内臓とかも痛まないだろうから、解体作業は明日からにしようと思う。

「それに、カレンとリーナは今街に行ってて居ないじゃない」

 二人は今、鞣し終わった鹿などの革を街の革細工屋さんに卸しに行っている。

 雪の中を荷物を持って行くから日帰りは無理なので、昨日出発して街に一泊して、今日の夕方くらいに戻って来る予定だ。

「確かにそうだけどさ・・・。まあ、私達の中で一番スキルが高くて経験値があるてんこちゃんが大丈夫だと思ったなら大丈夫なんだろうけど・・・」

 ユキが少しふくれる。

「ともかく中に入って、服に着いた血とか落とさないといけないし」

 ユキにそう言われて、私は手袋や毛皮に着いた返り血を見た。

 一度雪で洗ってきたのだが、今運んだ時にまた付いたようだ。

 山小屋の中に入り、脱いだ上着や手袋を壁に掛ける。

 ユキが濡らして固く絞った布を持って来て、毛皮に着いた血糊を拭きとってくれる。

 私もやろうとしたけど、いいから先に暖まりなさいと、暖炉の前に追いやられた。

 仕方なく椅子に座り、背中をあぶりながら、作業するユキを眺めた。

 なんか、ユキがおかんみたいだ。

 彼女の名は冬野由紀。

 私と同じく、この世界に転生してきた元クラスメイトだ。

 今ここには居ないが、夏木梨衣奈と秋元可憐の全部で四人でこの山小屋で共同生活をしている。

 皆、別々の場所に転生したのだが、なんやかんや有ってここに集まって、色々大変だけどそれなりに楽しい生活を送っている。


 夕方、リーナとカレンの二人が戻って来た。

 私が使っていたのとは別の荷物運び用のそりに、色々と買ってきた日用品を積んでいる。

 行くときは、革と村の人達に配るお肉を乗せて行った。

 冬場は足元が雪でぬかって歩きにくいが、そりを使って重い荷物を運べるので他の季節より楽かもしれない。

「へえ、また熊を狩ったの?」

 ユキから話を聞いたリーナがそう言った。

 またと言っても、まだ二匹目だが。

「凄いじゃん、てんこちゃん熊殺しだね」

 カレンもそう言う。

 そんなお酒の名前みたいに言われても、嬉しくはない。

 大体、一人でではないけど、リーナとカレンも前の仲間と一緒だった時に熊とかモンスタークラスの野生動物を狩っているはずなんだが。

「いやあ、流石に一人で戦ったことないし、基本私ら後衛だったからね」

 カレンがそう言うと、リーナもうなずく。

 もし私達四人でパーティを組むとなると、弓使いのカレンとヒーラーのリーナ、それに魔法しか使えないユキは必然的に後衛と言う事になるだろう。

 そうすると弓も魔法も使えるのに、狩猟スキルのおまけで付いてきた槍スキル持ちの私が一人で前衛になってしまう。

 なんてバランスの悪いパーティだ。

 まあ、この四人でモンスター狩りすることなんて無いだろうから良いんだけど。

「とりあえず、ご飯にしようか」

 そう言ってユキが暖炉にかけていた鍋のふたを開ける。

 テーブルが小さくて鍋を置くスペースが無いので、鍋は暖炉にかけたまま、それぞれで器によそって持ってくる。

 今夜のメニューは兎肉のシチューだ。

 数日前に捕って来た兎の肉と村の人から貰った野菜を煮込んで、最後に小麦粉を入れてある。

 味付けは塩とバター、あとはニンニクが少し入っていた。

 兎肉は骨ごとぶつ切りにしてあるが、良く煮込んであるので、するりと骨から肉が外れる。

 今日の食事当番はユキで、私達の中では一番料理が上手なだけあって、流石の美味しさだった。

 最後にデザートにりんごを四つ切りにして、四人で一切れずつ食べる。

 冬になってから、りんごはおやつやデザートで毎日食べている。

「そう言えば、『一日一個のりんごは医者を遠ざける』とか言うけど、やっぱり健康にいいのかな?」

 リーナがそう聞いてくる。

「ああ、聞いたことあるな、そこらへんどうなの?てんこちゃん」

 カレンもあたしに向かってそう言う。

 いや、確かにうちのお爺ちゃんはりんご農家だけど、私が何でも知ってるわけじゃないんだけどな。

「ええとね、例えばビタミンCの量で言えばミカンとか柑橘類の方が多いんだけど、りんごの場合多いものが有って・・・」

「あ、あれでしょ、ポリフェノールでしょ」

 ユキがそう言ってくれる。

「ああ、抗酸化物質だっけ?」

「それが体に良いの?」

 カレンとリーナが続ける。

「もちろんそれもあるんだけど、ポリフェノールとかの抗酸化物質のお陰でりんごって果物の中ではかなり長持ちするんだよね。涼しい所に保管しておけば、秋に収穫して春までもつし」

 ただしこれは品種によって保存できる期間は違ってくる。

 ここからは私の考えたことで、ほんとの事かどうかは分からないのだけれど。

「それで、冷蔵庫が無い時代に長期保存できる野菜って大体過熱しないと食べられないのばかりでしょ。特にビタミン類が不足する冬の間に、生で食べられて長期保存できる果物ってのは貴重なのよ」

「でも、野菜もお漬物にすると一応過熱しないで食べれるんじゃない?」

 リーナが聞いてくる。

「でも、塩漬けや酢漬けだと味が濃くて沢山は食べられないでしょ。塩抜きとかするとその分ビタミンとかも抜けちゃうし」

「ああ、聞いたことが有る、その点糠漬けだと極端に塩辛くならない上に糠からビタミンがプラスされるか良いって話」

 ユキがそう言う。

「そうだね、でも、ヨーロッパに糠漬けは無いからね」

「つまり、昔はりんご以外に冬場のビタミン補給できるものが無かったって事?」

 カレンがそう聞く。

「他に全く無かった訳じゃないけど、りんご程効率が良いものはあんまり無かったんじゃないかな」

 ヨーロッパとかの食生活とかあまり知らないから、これは推論でしかないけど。

「私達も大きめの木二本から四人で一冬持つくらいの量が採れたし、りんごよりビタミン豊富な食べ物は他にも有るだろうけど、生のまま長期保存出来て毎日食べられるのはりんごくらいだと思うな」

「結局、どんなにすごいスーパーフードが有ってもすぐに腐って食べられなくなるより、りんごみたいに長期保存が出来て必要な時に必要な量が有るってのが一番なんだね」

 ユキがそう纏めてくれた。

「そんな訳で、私達もお肉中心の食生活になりがちだから、なるべく毎日生でりんごを食べること」


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[一言] ここまで楽しく読ませて頂いてます。
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