4-17
次の日。
「そう言えば、氷魔法とかないよね」
リーナが机に肘を乗せ頬杖を突きながらそう言った。
「漫画とかで良くあるのは、水魔法と風魔法を組み合わせると冷却系の魔法になるとか、そういう感じだったかな」
隣の席で私がそう言う。
「でも、私は風魔法と水魔法両方使えるけど、氷とか作れないよ」
リーナの向こうの席のカレンが言って来た。
「うーん、私達の世界でも物を温めるための火は大昔からあったけど、冷やすための冷蔵庫とかエアコンとかが出来たのって最近の事じゃない、そういう関係じゃないかな?単純な魔法だけじゃなくて、ああ言う装置が要るんじゃない」
ぼんやりとした感じだけど、私はそう言った。
今、私達が居るのは魔法学院の使っていない教室の中だ。
教室の後ろの方には、例の魔法装置『冷蔵庫』が置かれている。
結局、私達も修理の手伝いをすることにした。
ユキが食堂でうどん作りを教えるのは後回しになった。
装置は昨日の内にここに持ってきていた。
元学長先生の家で修理してから持ってくるとすると、輸送中にまた壊れかねないので、先にここに持って来てここで修理することにしたのだ。
発表会は明日の昼からなので、期間はもう一日半しかない。
「お待たせしました、修理のための材料を持ってまいりましたわ」
そう言いながら、ベティさんが教室のドアを開けて入って来た。
だが、実際に重そうに荷物を抱えているのはサムソンさんだった。
そのあとにお友達の女子達が続く。
「とりあえず、それはそこら辺に置いといて。先に原理の説明から始めるからみんな座って」
一番最後に入って来たユキが、ベティさん達を席に座らせる。
「さて、物を冷やすにはどうしたらいい?」
教壇に立ったユキが、先生のような口調でそう聞く。
アーネさんは、今日は王宮でお茶会が有るそうなので学院には来ていない。
「雪や氷を貯め込んだ氷室に入れますわ」
ベティさんがそう答える。
「そうだね、でも雪や氷が無い場合は?」
「水を撒いて、それが蒸発するときの気化熱で冷やす?」
今度はカレンが答えた。
「確かに気化熱が奪われることによって冷えるけど、打ち水をしたくらいじゃ氷点下までは冷えない。もっと効率的に冷やすには?」
それってつまり、冷蔵庫とかエアコンとかの仕組みがどうなっているかって事だ。
「冷媒を循環させて、冷やす側では圧力を下げて気化させて、放熱する側では圧縮して液化させる」
私は科学漫画だったか、ネットの動画だったかで仕入れた知識でそう答えた。
「そう、その通り!」
ユキがそう言ってくれた。
「でも冷媒はどうするの?フロンとか代替フロンとか無いだろうし、確か昔はアンモニアとか使ってたらしいけど濃度の高いアンモニアって結構な劇物だった気がするけど」
私は疑問に思った事を口にした。
「そこはアルコールを使うんだ。フロンに比べれば効率は落ちるけど、水よりは沸点が低いし、割と簡単に手に入る」
「ああ、そっか、じゃあ、あれは蒸留したアルコールか」
サムソンさんが持って来てくれたコルクみたいなので蓋がされた大きなガラス瓶を見てそう言った。
「当たり、まあ、アルコールを使うのを思いついたのはお爺ちゃん先生でね、色々試して行き着いたみたい」
私とユキが話していると、周りがポカーンとしているのに気付いた。
普段何気なく使ってた冷蔵庫だけど、原理を気にする人はそんなにいないのだろう、リーナとカレンも付いてこれてない感じだ。
ベティさん達に至っては、まるで理解できていないような顔だ。
「あ~、もう少し簡単に説明するね」
そう言って、ユキは黒板に絵を描いたりしながら、この世界の人達でも理解しやすいように説明しだす。
数式とかは省いて、液体が気化するときに熱を奪う事、圧力によって気化したり逆に液化する事などを話す。
この世界、手押しのポンプとかは有る様で、圧力とかの概念は何とか分かってもらえた。
原理の説明が終わると、実際の修理に取り掛かる。
冷蔵庫本体の方は問題なくて、放熱側の金属のパイプが圧力で壊れてしまっている様だ。
繋ぎ目の所が歪んで気密が抜けてしまっている。
金属加工のスキルを持っている私とベティさんの友達の火魔法が使える子で修理することにした。
取り外したパイプを教室の外、中庭の方に持っていき、そこで火魔法を使って熱してもらい、私がハンマーで叩いて歪みを修正する。
ある程度治ったら、合わせ目の部分をやすりで削って平らにした。
道具は学院の工作室から借りて来た。
他の人達は薄いゴムの板を切ってパイプの繋ぎ目のパッキンを作ることになった。
アルコールやゴムはベティさんの実家のローゼス商会から手に入れた。
ゴムは馬車の車輪の表面に張り付けて使う用に外国から輸入されるらしい。
材料費はアーネさんが払うと言っていたが、結局ベティさんが持つことになった。
パイプは全部ハンドメイドで作られていて、統一された規格が無く、太さが微妙に違ったりしているので、現物合わせでパッキンを作らないといけないのが大変そうだ。
「圧力が抜けるとどうしようもないから、パッキンは丁寧に作ってね、あと、アルコールは引火する危険があるから、最後に入れるよ」
ユキがみんなの周りを回って指導している。
「魔法装置って言うからもっとファンタジーなものを想像してたけど、がっつり機械だなこれ」
作業しながら、カレンがそう言う。
「動力が無いから、水魔法と風魔法の応用で冷媒を循環させるけど、それ以外はほぼ冷蔵庫と同じ原理だからね」
ユキがそう言った。
修理作業は夜中まで続いた。




