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エリシアさんと名乗ったその女性は確かに雰囲気がエドガーさんに似ていた。
「エドが約束した報酬は今用意させているから、もう少し待ってね。その前に色々お話を聞かせて欲しいわ」
上品な年配の女性と言う感じだが、どこか気さくな雰囲気もある。
「さあ、座って、お茶のおかわりはいかがかしら」
ソファーから立ち上がって挨拶をした私達にもう一度席を勧めてくれる。
「エドからの手紙も読んだけど、何日か前から噂話も聞こえて来ていたの。『寄せ集めの第三魔法隊、大金星』とか、『フラウリーゼ川の三魔女、ワーリン軍を薙ぎ倒す』とか」
テレビとかネットとかが無いこの世界だけど、噂の広まるスピードは予想以上に速い。
ここまで来る途中も噂話が私達を追い越していくのを感じていた。
『寄せ集めの第三魔法隊』と言うのは、貴族の子弟が所属するのが第一魔法隊、正規兵の中で魔法が使える人達が第二魔法隊、それ以外の傭兵や農民兵から選ばれたのが第三魔法隊だからだ。
本来、エドガーさんは第一魔法隊に配属されるのだが、緒戦で元の第三魔法隊隊長が大怪我をして退場したのと、手柄が欲しかったエドガーさんが立候補したことによって、彼が第三魔法隊の隊長になっていたらしい。
その正規兵ではない第三魔法隊が活躍したことで、庶民の間で面白おかしく吹聴されているらしい。
それから、そこに居た時は気にしていなかったが、あの川の名前はフラウリーゼ川と言うことも後で知った。
それより問題なのは、『フラウリーゼ川の三魔女』の所だ。
ここに来るまでにも何度か聞いたが、なんか私達三人の事を言ってるっぽい。
「あの~、その三魔女の話って、そこまで噂になってますか?」
恐る恐る聞いてみる。
「もちろんよ。知り合いの奥様方の間でも持ちきりよ。敵の別動隊を見つけて全て返り討ちにしたとか、敵本隊の真ん中に突撃して一人で百人は倒したとか」
うわ~、尾ひれ付きまくってる。
「あの~、それは誇大広告と言うか・・・」
私達は何とも言えない顔になって訂正しようとしたが、エドガーさんのお母さんはクスリと笑った。
「分かってるわ、エドの手紙にはそこまでの事は書いてなかったし、大げさに伝わってるだけよね。多分王宮への報告も正確にされているはずだから、そのうち噂も収まるんじゃないかしら?」
そう言ってくれた。
「ともかく、あなた方がその三魔女なわけよね。という事はあなたが『鍋被りの早撃ち魔女』で、・・・」
それでも、お茶目な感じに噂話を元に話をしてくる。
私が足元に隠すように置いた荷物と鍋を見て、そう言う。
鍋を被った農民兵とか他にも結構いたのに、なんか私だけ目立っていたみたいだ。
色々私達の事とか、エドガーさんの活躍とかを話したり、大げさな噂を訂正したりしていたら、突然応接室の扉が開いた。
「お義母様!エドから手紙が来たって本当かしら!?」
小さな人影が部屋に入ってきた。
「アーネさんお客様の前ですよ」
エリシアさんがそうたしなめる。
入ってきたのは金髪の背の低い女の子だった。
え?もしかして今『アーネさん』とか言った?
「あら、これは失礼しましたわ。わたくし、ファーレン伯爵家息女ロリアーネと申します」
彼女はスカートの端を持ち上げ優雅に一礼する。
「え~!」
私達はみんな大声を上げて立ち上がった。
だって、エドガーさんは婚約者の事を確か自分より年上とか言ってたはずだ。
しかし、目の前のロリアーネと名乗る人物はどう見ても私達より年下にしか見えない。
最初の印象はエドガーさんの妹さんかな?と思ったくらいだ。
私達は彼女をまじまじと見るが、同時に彼女も私達の事をじっと見た。
「ああ!」
ロリアーネさんは、いきなり芝居がかったように天を仰いでその場に崩れ落ちた。
え?
「お嬢様!」
後から入って来た彼女のお付きのメイドらしき人が慌てて駆け寄る。
ロリアーネさんは床にへたり込んで何やらぶつぶつと呟いている。
「ああ、なんてこと、エドったら結婚前に愛人を三人も作るなんて・・・」
うげ、そういう勘違いか。
「アーネさん、失礼ですわよ。この方たちは愛人などではなくて、エドガーの元部下で恩人と言っていい人たちです」
エリシアさんがそうフォローする。
「ほ、本当に?」
「は、はい。本当にタダの仕事だけの関係です」
カレンがそう説明する。
それを聞いて、彼女は床から立ち上がった。
「お見苦しい所をお見せしました。そうね、確かに皆さんはエドの趣味とは合わない感じですものね」
エドガーさんの趣味?
目の前のロリアーネさんを見ていると、なんかアブナイ想像が膨らむ。
ロリアーネさんは彼女宛の手紙を受け取るとそれを読むために、別室に行った。
入れ替わりに執事さんが金貨の入った袋を三つ持ってやって来た。
エドガーさんからは具体的な金額は聞いていなかったが、私達が想像していたより大分多い報酬だった。
「遠慮せずに受け取って頂戴。あなた方の活躍でエドの功績が認められて、アーネさんとの結婚も上手くいきそうなのだから」
エリシアさんがそう言ってくれたので、私達はその報酬を遠慮なく貰った。
貰うものも貰ったので、私達が帰ろうとすると、
「待って、街で宿をとる位なら、うちに泊まっていきなさいな。お金だけ渡して帰すなんて当家の名折れだわ。何でしたら何日か泊って王都見物をしてもいいんじゃないかしら」
そう言ってくれた。
私達は相談して、その提案を受けることにした。




