3-ex
ロナルド・ベルフォレスト卿は森の中を進みながら訝しんでいた。
隊列を整え、敵襲に備えながら進んでいるが、一向に敵の攻撃が無い。
敵は既に撤退していて、自分等は無駄な警戒をしているのではないかと言う気がしてくる。
最初にガツンと食らわせて、こちらを警戒させて進撃のスピードを鈍らせる。
有り得る手段だ。
しかし、隊列を崩してスピード重視で進むとすると、そこを狙われて再び攻撃を受けるかもしれない。
数的に負けることは無いが、不意を打たれるとそれなりの損害は出るだろう。
自分が敵だとすれば、こちらをあざ笑ってとっとと撤退することも、そう見せかけて奇襲することも、どちらもやり得るだろう。
「まいったね、相手にイニシアチブを渡すもんじゃないな」
自慢の髭を撫でながら、そう、ひとりごちる。
どちらにしろ、最悪の場合を想定して、警戒しながら進むしかないのが歯痒い。
結局敵襲は無かった。
当初の予定より一時間ほど遅れたくらいに森を抜け、敵陣を見下ろす丘の上に出る。
そこから見た光景は予想していたものとは違っていた。
「なんでもう始まってんだ!」
自分達別動隊の存在はバレてしまっているので、迎え撃つ敵部隊が居るものと思っていたが、そんなものは無く、川を挟んで両軍が衝突してしまっている。
しかも、味方が守勢に回っていて、敵の半数以上が向こう岸に押し寄せている。
こちらの部隊の不在を突いて、一気にカタを付ける気か?
「思い切ったことをする」
自分たちの分、本隊の戦力は減っているが、それでも200人程度だ。
守る方が有利だから、普通押し切れるとは思わないだろう。
それにしては大分押されているように見える。
もしかして、先に味方から仕掛けて、逆襲されているのか?
味方が先走ったのでなければ、偽報でも出されたか?
「っと、考え込んでても仕方ないか」
今は、劣勢の味方を援護するために、敵の後背を突かなければいけない。
「敵陣の背後に仕掛ける!進め!」
隊列を組んで、丘を降り始めようとした。
しかし、先頭の兵が数人いきなり躓いた。
「なんだ?落とし穴か?」
片足がくるぶし程度まで入るくらいの穴が地面に空いていた。
土魔法を使ったのだろう、地面の表面だけを残し、その下の土を下に圧縮して作った簡単な罠だ。
簡単な罠だが、武装した人間が足を取られて転べば危険極まりない。
それが数十個、野生動物を捕まえる罠の様に絶妙な位置に仕掛けられていた。
「くそ!やってくれる!」
ベルフォレスト卿が悪態を付いた。
その時、川の方で大きな水音とそれに続く歓声が響いた。
見ると、味方の陣地が水に流され、そこに敵騎兵が突っ込んでいくところだった。
「やられた。あれはダメそうだな」
諦めた様に、一つ溜息をつく。
「我が隊はこれより撤退する。本隊への合流は難しいかもしれん。独自に敵国内を突っ切って本国に帰還せにゃならん、総員覚悟せよ」
ベルフォレスト卿の指示で、彼らは元来た道を引き返し始めた。
「この借り、いずれ返せるかな?」
怒りを露わにするわけでもなく、静かにそう呟いた。




