3-10
見通しの悪い森の中、見つかった時点でそれなりに距離があったし、少人数のこちらを捕まえるのは普通は簡単ではない。
矢や魔法を放ってくるが、鬱蒼と茂る木々に邪魔されてそうそう当たらないだろう。
しかし、
「痛っ!」
私の少し後ろを走っていたカレンが急に転んだ。
まぐれなのか何なのか、彼女の右の太ももに矢が刺さっている。
この状態では走れそうにない。
最悪の事態だ。
「待ってて、今、治癒魔法を掛けるから」
リーナが駆け寄る。
「ダメ!すぐに敵が来る。逃げて!」
カレンが叫ぶ。
エドガーさんは一瞬躊躇した。
私達を見捨てて、このことを本隊に知らせに走るべきか迷ったのだろう。
軍人としては正しい判断だが、しかし、
「僕が敵をくい止める。君は先に戻って本隊に知らせてくれ!」
私に向かってそう言い、剣を抜いてカレンとリーナを守るように立った。
フラグを回収しそうな勢いだ。
私は頭の中でいろんなことがグルグル渦巻いた。
「奇襲がバレたらまずい」「捕まえろ!」「いや、殺しても構わん」
敵兵が迫って来る。
私は逃げるべきか?。
春日部天呼は利己的な人間である。
自分の命を危険に晒してでも誰かを助けたいかと聞かれたら、ノーと言う人間だ。
平和な日本で暮らしていれば、そういう事態にはめったに遭遇しなかっただろう。
それでも有るとしたら、例えば駅のホームから誰かが線路に転落し、そこへ列車が迫って来た場合とかだろうか。
他人を助けるために、危険を顧みず自分も線路に降りる事はしないだろう。
だが、だからと言って、天呼は冷酷な人間でもない。
非常通報ボタンが近くに有ったなら、迷わず押すくらいの事はする。
いや、近くに無くても冷静に探し出し、そこまでダッシュするだろう。
春日部天呼は利己的な人間である。
頭に血が上って、誰かの為に周りも見ずに危険に飛び込むことはしない。
だから、色々と考える。
こんな時だが、お爺ちゃんの話を思い出す。
リンゴ農家はリンゴの実を作るのが目的であって、リンゴの木を作るのはその為の手段でしかない。
まずは目的を見極める事が大事。
今、この状況での目的は何だ?
本隊のところまで逃げる事?
いや、それも手段に過ぎない。
本当の目的は、全員が生き残ることだ。
目的が決まれば次は手段だ。
目的だけが有っても、手段がちゃんとしていないと、目的を達成できない。
逃げるという手段は、カレンが怪我をしたことで、私一人ならともかく、全員が生き残るという目的には叶わなくなっている。
それでは、別の手段として、迫って来る敵を倒すというのは?
こちらの戦力は四人、相手は200人は居る。
一人二人倒したところで、全ての敵に勝てるわけがない。
歴史好きの父の話を思い出す。
室町幕府の足利ナントカと言う将軍は剣豪将軍と言われるほど強かったが、部下に襲われて多勢に無勢で殺されてしまったという話だ。
畳に刺した何本もの名刀を取り換えながら大立ち回りをしたと言うが、結局はやられてしまった。
まあ、これは後世の創作だという話だが、死んでしまったのは事実だ。
どんなに個人で強くても数の差を覆すのは厳しい。
なので戦う選択肢もダメだろう。
逃げる、戦う、どちらもダメそうだ。
敵の雰囲気からして、話し合うのも無理そうだろう。
他に手段は無いのか?
そういった考えが一瞬のうちに頭の中を駆け巡る。
パニックになっているようで、その実どこか冷静に周囲の状況確認と、目的・手段の選別を行っていた。




