24-5
「てんこ殿を助けろ!」
バリケードの方でエドガーさんが叫ぶ。
彼とはなんだかんだで付き合いは長いから、私が世間の噂ほど強くないって事は知っている。
最初に倒した山賊は私を舐めていたみたいだったから何とかなったけど、親分の相手は厳しいと思ってくれたのだろう。
配下の騎士達が、再び防衛線の突破の為に動く。
山賊達も応戦する。
時間を掛ければ突破出来そうだけど、ちょっと間に合わないかな。
まあ、私の行動が打ち合わせとは違うイレギュラーだから、仕方ない。
兎に角、目の前の敵は自分でなんとかするしかないだろう。
こちらに近付く山賊の親分を見て、戦い方を考える。
短剣を抜くか、それとももう一度徒手格闘で挑むか悩む。
長剣相手にはどちらもリーチが短い。
短剣でも武器が有れば心強いが、逆に武器が有る分、今まで練習して来た徒手格闘の動きに制限が出る。
しかし、素手の格闘は一度見られているので、動きを読まれる可能性もある。
山賊の親分は顔と全身に怒りを表しているが、最初の山賊の様に走っては来ない。
子分達の統率の為に怒って見せているだけで、割りと冷静な様だ。
流石、これまで山賊達を率いて、エドガーさん達の裏をかいてきただけの事は有る。
これはやり難い。
勢いで突進して来る奴ならその隙を突くことも出来るが、冷静に対処されると、武器の違いや実力差がもろに出る。
私の戦い方は相手の隙を突いたり裏をかくのが主だから、こう言う相手には不利だ。
私は考える。
結論は直ぐに出た。
身も蓋も無いのだが・・・
「勝てないなら、逃げるだけ!!」
私は親分に背を向けて走り出す。
「ふざけるなっ!!」
山賊の親分が叫んで追い掛けて来る。
逃げようとする私だが、敵の陣地の中なので直ぐに行き止まりになる。
「別に、ふざけてなんかない!」
被っていた鍋を相手に投げ付ける。
いつも使っている鍋と違って顎に固定する紐も無く走っていれば直ぐに落ちてしまう様な物だから、惜しくはない。
親分はそれを剣で叩き落とす。
その隙に相手の横を擦り抜ける。
「くそっ!」
彼が悪態を吐く。
苛立っている様だが、それでも闇雲に襲い掛かって来ない。
そうなったら反撃の目も有るんだけど・・・
まあ、私の目的は目の前の敵に勝つ事じゃないから良い。
私は自分一人の勝利とかには興味が無い。
それよりも味方全体の勝利の方が重要だ。
もっと言うと勝利よりもこの地に住む大多数の人の幸せを望む。
私がみっともなく逃げ続けても、この山賊の親分を引き付けていれば、その分正面の戦力が減るから、エドガーさん達が有利になる。
実際、この男は山賊の中でも最強の個人戦力だろう。
例の鵯越の戦いも義経の功績は敵を討ち取った数より後方攪乱の方が大きかったと思う。
この山賊の親玉、それなりに考える頭は有るみたいだが、こう言う時に全体を見る力は無い様だ。
そうなる様に奇襲して判断力を奪っているんだけどね。
これで、せっかく作った山賊の第二防衛線も突破出来るだろう。
降伏しない限り、山賊達はこのまま討ち取られる。
ランディさんの話を聞いているから、彼等に同情する気持ちも無い訳では無い。
食べる事に困って山賊に落ちた人達だ。
この地方がもっと豊かで、山で獲物が沢山採れたり、もっと多くの畑が有ったりすれば彼等の食い扶持も何とかなっていたかもしれない。
それとも、彼等はそれでも山賊になると言う楽な道を選んでいただろうか。
もしもの話は分からない。
私達の村では冬の準備として、豚などの家畜を間引いて肉にした。
もちろん肉にする為に育ててきた家畜だから当たり前の事なのだが、そうしないと全ての家畜が冬を越せるだけの餌を用意できないと言う理由も有る。
もっと餌を用意できれば屠畜する数を減らせるかもしれないけど、そうではない現実はどうしようもない。
無理に多くの家畜を残しておくと全滅しかねないから、どこの家もギリギリの数を見極めて屠畜する。
みんな家畜は大切に育てているけど、屠畜する際は特に何の感情も無い。
村の人達はそれを毎年の仕事としてこなしている。
私もこの世界に来てそれに慣れてしまった。
山賊達が死ぬ事に対しても同じ感じだ。
家畜の方は肉と言う利益を得る為で、山賊の方は社会の害悪を排除する為だと言う違いは有るけど、大元は同じなのかもしれない。
それはそれとして、私は追い詰められていた。
投げ付ける物はもう無いから、低レベルの攻撃魔法で目くらましをしているが、そう何度も上手くはいかない。
崖に追い詰められる。
ユキが上から魔法で援護してくれるけど、私が近くに居るから強力な攻撃魔法は使えない。
私と違って細かく連発も出来ない。
バリケードの方の山賊を攻撃しようにも、あちらも味方が戦っているから同じだ。
エドガーさん達はもう少しで突破出来そうだけど、ちょっと間に合わないかもしれない。
私は下に降りて来た事を少し後悔する。
とは言え、私がここで攪乱しているお陰で、領兵達は有利に戦えている。
全体では勝てそうだ。
あとは自分の身の安全をどうにかしたい。
「覚悟決めるしかないか」
私は腰のホルダーから短剣を抜いて構える。
山賊の親玉が長剣を手にして近付いて来る。
その時、馬の蹄の音が聞こえてきた。
エドガーさん達が乗って来た軍馬達の音とは少し違う。
複数ではなく一頭分だけだ。
一頭分だけだけど、普通の馬よりもかなり重い音だ。
「遅くなってごめんなさーい!」
リーナの声が聞こえてきた。
私達所有の黒毛のマーサの背にリーナとカレンが乗ってこちらに走って来ている。
大型馬のマーサは二人乗りしても何ともないけど、普通の軍馬に比べて足は遅い。
二人乗りじゃなくて一人乗りだったとしても、同じくらい遅れただろう。




